隣の人より美味しく食べたい!

植野広生

隣の人より美味しく食べたい!

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僕が「隣の人より美味しく食べたい!」と思う"食いしん坊"になったのは......

 安月給の新聞記者であった父は、酒飲みで、本当にカラの給料袋を母親に渡すような人であった。だから、休日の家族の昼食はインスタントラーメンだったり。でも、まだ幼かった僕を、時折、鰻屋や焼肉屋などで美味しいものを食べさせてくれた。栃木の宇都宮に住んでいたのだが、上野の鈴本演芸場で落語を聴いた後に、浅草の天麩羅屋やすき焼き屋などにも連れて行ってくれた。植野少年は、ギャップだらけの食生活に「ウチは貧乏なの? 金持ちなの?」と母親に聞いたそうだ。
 新聞記者を辞め、祖父が営んでいた飲食店を継いだ後も、父は毎日夕方になると近所の寿司屋に飲みに行っていた。「夕飯にするからお父さんを呼んできて」と母親に言われると、ウキウキして寿司屋に向かう。カウンターの椅子にちょこんと座ると、「これ食うか?」と言って、刺身やちょっとした肴を食べさせてくれるのがわかっていたから。
 そんな環境で育ったから、食(と酒)に興味を持たないわけがない。七五三で神社をお参りし、お神酒を頂いたときに「お代わり!」と元気に叫んだそうだ(「恥ずかしかった」と今でも親に言われる)。
 小学生になると、日曜日の昼食は自分でつくった。「ピーマンの中に何を詰めて焼いたら美味しいか」などを考えて試していた。
 大学に入るために東京に出てきて、1週間後には「モンテカルロ」という銀座の高級キャバレーで黒服のバイトをしていた。毎日、終電で帰ると、家の近所のスナックに立ち寄り、常連さんにご馳走してもらったり、そこからまた居酒屋に連れて行ってもらったり。料理をつくるのも好きだったから、休みの日には家でオリジナルのパスタなどをつくってみたり、次のバイト先の鰻屋では、まかない当番だった(他にもサーティーワンアイスクリームやコーヒーショップなど、バイトは食関係ばかりであった)。
 彼女の誕生日にはいいレストランに行きたくて、あるいはクリスマスの夜にはいいワインを飲みたくて、そのために日雇いのバイトもした(当時は70年代のグランヴァンが日当程度で買えた)。
 社会人になると、先輩が毎日銀座に連れて行ってくれた。時代はまさにバブル真っ只中。自分はカネがなかったのに、なぜか毎晩、銀座で飲み食いしていた。その後も給料が入ると、ほぼ飲み食いに使ってしまう日々。エンゲル係数はかなり高かった。
 そんな食べるのも飲むのも、つくるのも大好きな"食いしん坊"であった僕が、あるとき、1冊の雑誌に出会った。それが「dancyu」だ。1990年12 月に出た創刊号を手にとって、「自分のための雑誌ができた!」と思った。
 当時は、別の出版社で財テク雑誌の編集者であったが、dancyu創刊から1年ほど経ったときに、編集長にお会いする機会があり、「そんなに食が好きなら、ウチで書いてみないか」とお誘いいただき、ライターとしてdancyuに関わることに。そこから、大石勝太というペンネームで食のことを書き始めた(あ、ちなみにこれは「おいしかった」のシャレです)。
 その後、さまざまな媒体に食のことを書かせてもらうようになり、さらに飲食の経験値を重ね(ただ飲み食いしていただけだが)、ついには2001年、当時の編集長に誘われてプレジデント社dancyu編集部に転職してしまった。ちなみに、プレジデント社に入るためには試験や面接を重ねることが必要だが、健康診断だけで入ったのは僕だけだ。
 以来、食が"本業"になっているわけだが、子供の頃からの食遍歴を経て、自分なりに辿り着いたポリシーがある。それは「隣の人より美味しく食べる」ということ。同じ店に行って、同じ料理を頼んで同じ代金を払うとしても、僕は隣のお客さんより美味しく、楽しく食べたい。そして、それができる自信もある。
 食の雑誌をつくっているけれど、自分は食の評論家ではないし、グルメでもグルマンでもなく、ただの"食いしん坊"でありたいと思っている。実際、dancyuはグルメ雑誌でなく"食いしん坊"のための雑誌だ。
 では"食いしん坊"ってなんですか? と聞かれることも多いが、そんなときには「300円の立ち食い蕎麦も3万円のフレンチも同じように楽しめる人」と答えている。高級とかB級とか関係なく、食べることを楽しんでしまうのだ(ちなみに、僕自身は「B級グルメ」という言葉は使わない。食にA級もB 級もないと思っているから)。
 そして"食いしん坊"は欲張り。いろいろなものをたくさん食べたいだけでなく、食を楽しみたいという欲望が人一倍強いのだ。
 この連載では、そんな"食いしん坊"の一人として、「隣の人より美味しく食べる」ための方法や考え方などを紹介していきます。この連載を読み終える頃には、きっとあなたも、隣のお客さんに羨まれる"食いしん坊"になっているはずです。


▼今月のdancyu
6月号の特集は「羊好き。」。羊というと匂いの強いジンギスカンを思い浮かべる人も多いと思いますが、いまやフレンチ、イタリアン、中国料理、エスニックなど幅広い分野で軽やかで美味しい羊料理が楽しめます。国内外の産地の上質な羊肉も手に入ります。羊料理が本当に美味しいお店や家庭でも味わえるクッキングなど、いまの羊料理のすべてをご紹介しています。第2特集は家でのサラダライフが変わる「あたらしいサラダとドレッシング」です。

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Profile

植野広生

1962年、栃木県生まれ。七五三で神社にお参りした際にお神酒をお代わりする。法政大学法学部に入学。上京後すぐに、銀座のグランドキャバレー「モンテカルロ」で黒服のアルバイトを始める。その後、鰻屋や珈琲屋、アイスクリーム屋など多数の飲食店でアルバイトを経験。卒業後、新聞記者を経て、出版社で経済誌の編集を担当。その傍ら、大石勝太(おおいし・かつた。「おいしかった」のシャレ)のペンネームで「dancyu」「週刊文春」などで食の記事を手掛ける。2001年、プレジデント社に入社、以来「dancyu」の編集を担当し、2017年4月に編集長に就任。趣味は料理と音楽。食と音楽のイベントを手掛けるほか、ラジオパーソナリティーなど幅広く活動。「情熱大陸」「人生最高レストラン」などテレビやラジオの出演多数。いまだに「大きくなったら何になろう」と真剣に考えている。

Pick Up Book

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