天邪鬼な皇子と唐の黒猫

渡辺仙州

天邪鬼な皇子と唐の黒猫

唐の黒猫

 倭国では、おれさまのようなのを「ネコ」とよぶらしい。「ネズミを好む」から「ネコ」なのだそうだ。

 おれさまはネズミをとるのは得意だが、だからといって別段ネズミが好きなわけではない。

 ちょろちょろうごきまわるのでつい追ってしまうが、骨はかたく、肉は筋ばっていて、正直おいしいと思ったことはない。腹がへって食うものがないときに仕方なく食うだけで、おれさまとしては鳥や魚のほうが好ましい。

 だが倭人にとっておれさまたちは「ネズミをとる道具」でしかなく、「ネコ」というよび名がかわることはない。だからおれさまも便宜上、同族を「ネコ」とよぶことにする。

 さて、この倭という国だが、天朝の東にある小島だそうだ。

 天朝の朝貢国だったが、いつしか強い独立意識がめばえ、対等であらんがために「天子(中国の皇帝)」に対抗して、「天皇」などというものをつくりだした。

「倭国」というよび名も気に食わなかったようだ。天朝から東にあることから「日の本の国」――すなわち「日本」と名のった。

 隋のころ、倭国が使者をよこして、

「日の出ずるところの天子、日の没するところの天子に書をいたす。つつがなきや」

との書簡を煬帝におくって激怒せしめたらしいが、とうぜんといえばとうぜんだ。東の未開の小島が、天朝を「日の没する国」などと斜陽国あつかいし、みずからを「日の出ずる国」ともちあげたのだ。怒るなというほうがむりである。

 なぜ天朝の猫であるおれさまが、その未開の小島の話をはじめたかといえば、いままさにその倭国へ向かう商船のなかにいるからだ。

 

 おれさまは蘇州で生まれた。名前もなく、いつごろ生まれたのかもわからない。

 物心つく前に両親はいなくなっていて、兄弟も友人もいないおれさまは、蘇州の街をひとりで生きてきた。

 こういうと「さぞ苦労したのだろう」と思われがちだが、蘇州は暮らしやすい街で、食うにこまったことはほとんどない。

 海のむこうから多くの貿易商があつまるさわがしい街。

 多種多様の民族があつまり、食堂や料理の種類も多種多様だ。

 おれさまはその多種多様の食べのこしにありつける。

 食堂にはいってうろうろあるき、たまに客の足に頭をこすりつけてゴロゴロとのどを鳴らしてあまえてやれば、客はよろこんでおれさまに食いものを落としてくれる。

 とくに倭人は猫がめずらしいのか、はたまた猫好きが多いのか、おれさまの頭やあごをやたらとなでてくれるのだ。

 おれさまの全身はつやのあるまっ黒な毛でおおわれていて、日の光の下でキラキラとかがやくことから、街の人間どもからは「黒珠(ヘイズゥ)」とよばれていた。

 自分でいうのもなんなのだが、ほかの猫よりもりっぱないでたちで、頭がよくてケンカも強い。

 おれさまは体も大きくなく、どちらかといえば力も体力もない。それでも負けたことがないのは、たたかい方をうまれつき理解していたからだ。

「地の利を利用しろ」とか、「話術で心理的優位に立て」とか、「たたかわずして勝て」とか――。

 つまるところ、おれさまは「兵法」を知っていた。

 ただ、おれさまはあらそいが好きなわけではない。それでも生きていくうえで、どうしてもたたかわざるをえない事態が発生する。そのたたかいに勝てば、負けたやつの仲間がおそいかかってくる。それに勝てば、またべつのやつにねらわれる。ついには猫の勢力あらそいにまでまきこまれる。

 連勝をつづけるおれさまは、いつしか『覇王』とあだ名されるようになった。

 おわりなきたたかいをおわらせるため、おれさまはとにかくたたかいつづけた。

 たたかって、たたかって、そしてたたかう相手がいなくなったころには、おれさまは蘇州にある二十以上もの勢力をたばねる『猫の王』になっていた。

 

 奇妙な話をしよう。

 おれさまはどういうわけか、うまれつき人語が理解できた。

 兵法を知り、言葉を知る。生前は人間だったのかもしれない。

 たまにこんな夢を見る。黒馬にまたがり、兵をひきいて戦場をかけまわる夢だ。

 おれさまは剣を手に、馬上から右に左につぎつぎと敵兵を斬っていく。夢のことなので細かいことはおぼえていないが、鬼神のごときその強さからして、きっと名だたる英雄なのだろう。たたかい方を知っているのも、猫たちをまとめられるのも、生前の記憶からなのかもしれない。

 ただ人間どものいいつたえでは、生前ろくなことをしなかったやつが、うまれかわったとき畜生に身をおとすとのこと。猫の身であるおれさまとしては、人間が猫よりすぐれているとは、つゆほども思っていないが。

 多くの人間どもがあつまる蘇州の港町で、おれさまは自然と多くの情報に接し、外国の言葉もいくつかおぼえた。倭国の言葉もそのうちの一つだ。

 ただ人語を話せるのが人間どもにばれると、まちがいなくろくなことにはならない。利用されるか、化け猫あつかいされて殺されるか。隠しておくのが一番だ。俗にいう「能ある猫は爪をかくす」である。

 とにかくおれさまは街の人間どもに愛され、同族には王としてあがめられ、蘇州の有名猫になっていた。

 同族たちは王であるおれさまに、毎日のように食事を貢いでくれた。そのため、元来なまけぐせのあるおれさまは、以前にもましてぐうたらするようになった。

 食事の心配もなく、たたかう必要もなく、おそわれることもなく――。

 ああ、これこそが、おれさまのもとめたものだ!

 たびかさなるたたかいは、この安寧を得るためだったのだ。

 毎日をだらだらと寝てすごせる生活こそが、富や権力や名誉にもまさるしあわせなのだ。

 こうしておれさまは、日に日に野性をうしなっていった。

 生きるための危機感がなくなればなくなるほど、猫というのはどんどん駄目になるものだ。

 寝てばかりのぐうたら猫と化したおれさまに罰があたるのは、時間の問題だった。

 

 十日前のことだ。

 何十隻もの船のならぶ港ちかくの路地裏で、だんごのようにまるくなってまぬけに寝ていたところを、杭州からきた商人にとっつかまってしまった。

 麻袋のなかにほうりこまれたときに目が覚め、あわてて大あばれしたのだが、しょせんはおれさまのちっちゃな爪。袋をやぶることは不可能だ。

 それにずっとだらけていたせいで、力も体力もおとろえていた。

 やがて息を切らせ、むだだとさとってあきらめた。

 

 おれさまは船にはこびこまれ、積み荷とともに船底の倉庫にほうりこまれた。

 倉庫はせまく、絹をおさめた木箱がぎっしりとならんでいる。隅のほうには土の盛られた箱があった。猫が用をたすためのものだろう。積み荷をネズミの害からまもるために、人間どもは猫を船にいれる習慣があるようだ。

 船はまもなく出港し、おれさまは蘇州を離れた。

 倉庫は明かりがないのでやたらと暗い。天井板の隙間から月明かりがさしこんでいる。

 なにもかもあきらめたおれさまは、波の音をききながら、木箱の上でまるくなって眠った。

 天朝と倭国のあいだの海は波があらく、上下左右にひっきりなしにゆれる。たまに木箱が床板の上をすべって、船壁に音を立ててぶつかる。

 さいしょはこのゆれにたえられず、船酔いして吐いたものだが、何日かたてば慣れてくるものだ。

 しかし船酔いなどよりも、もっと大きな問題があった。

 さきほどもいったが、おれさまは別段ネズミが好きなわけではない。ただ人間どもは食事をあまりあたえてくれないので、必然的にネズミをとらなければならなくなる。

 しかし船内にいるネズミの数などたかがしれたもの。さいしょの数日でほぼ狩りつくしてしまって、その後はつねに空腹を感じていた。

 そんなおり、おれさまの糞尿の処理をしてくれていた李という下っぱの水夫が、おれさまのみすぼらしい様子を見て、自分の食事をわけあたえてくれた。「どうせ船の上なら逃げ場もない」と、甲板にもだしてくれた。

 おれさまはそのときに、はじめて「周囲がすべて水」という光景を見た。

 どこを見ても水平線しか見えない。海は太陽の光をうけ、まぶしいぐらいにかがやいている。

 倉庫からでた解放感から、おれさまは甲板を走りまわった。ほかの水夫たちもおれさまを可愛がってくれた。おれさまは日中は甲板でごろごろし、寒くなる夜は倉庫のなかですごした。

 おれさまに食事をわけあたえてくれた李だが、やつは要領がわるい男で、仲間の水夫たちからいじめられているのを甲板でよく目撃した。罵倒されたり小突かれたりといったことも多々あった。それでも李は怒るでもなく、にこにこと笑っているだけだった。

 ある朝のこと、船が嵐にまきこまれた。

 荒れ狂う波のなか、船ははげしく上下にゆれる。水夫たちは船の柱につかまって、海になげだされないようにした。

 李はおれさまをふところにいれ、腰に縄をまき、甲板の柱を抱いて必死に耐えた。高い波がおしよせ、おれさまたちは頭上から海水をなんどかぶったかわからない。

 やがて李は、抱いた柱から腕をすべらせた。体がなげだされ、傾斜した甲板の上をころがる。腰にまいた縄だが――やはり李は要領がわるいのだろう――縛りがあまかったようで、ほどけてしまった。

 李のふところにいるおれさまも、ともに甲板をころげ、海のなかにほうりだされそうになった。

 ――おわった。さらば、猫生。

 おれさまが覚悟したとき、李はなにを思ったのか、ころがりながらもふところからおれさまをとりだし、落ちるまぎわに甲板になげた。

 それはなんの迷いもない行動だった。

 宙を舞うおれさまは、前方にあった縄に爪をひっかけて事なきを得た。

 いっぽうの李は、そのまま海のなかへころがりおちてしまった。

 ほんとうに要領がわるいやつなのだ。

 嵐がやんだのち、李がいなくなったことで、甲板にいた水夫たちは皆泣いていた。李をいじめていたやつらも大泣きして悲しんでいる。

 ああ、とそのときにおれさまはわかった。

 あの要領がわるい善良な男は、これだけ多くの仲間たちに愛されていたのだ、と。

 おれさまが死んだところで、誰も悲しんではくれないだろう。だから死ぬべきはおれさまだったのかもしれない。そもそも猫をたすけて死ぬ人間などきいたことがない。どこまでもお人よしなのだ、あの李という男は。

 ぐうたら生活をしたいというおれさまの気もちにかわりはないが、すくなくとも李のためにすこしでも長く生きようと、静かになった海を眺めて思った。恩がえしというわけではないが、こまってどうしようもない人間がいたら、ひとりぐらいはたすけてやろう、と心のなかで誓った。

 

 李がいなくなったことで、おれさまの食生活はまたもや貧しくなった。

 李以外の水夫はケチくさくて、そもそもおれさまが腹をへらしているのに気づいてくれない。

 船での暮らしにも慣れ、空腹で目がまわってきて、何日たったかわからなくなったころに、おれさまは倭国の筑紫洲(九州)にたどりついた。

 ひさびさに大地を踏みしめることができると期待したが、そうあまくはなかった。

 おれさまは竹籠にいれられ、大宰府とかいうところの役人にひきわたされた。

 この役人のなかに源精(みなもとのくわし)という者がいて、ちょうど任期をおえて都にもどる予定だった。

 源精はおれさまの黒ぐろとかがやくりっぱな毛なみを見て感心し、天皇への手土産として、都へおれさまをつれていくことにきめた。

 ここからまた積み荷とともに陸路をすすんだり海をこえたりの長い旅がはじまるのだが、その話は省く。水も食事もほとんどあたえられない劣悪な状況だったので、正直思いだしたくもない。

 

 倭国の都である平安城にたどりついたおれさまたち一行は、城の南から羅城門をくぐり、朱雀大路という長くて幅ひろい道をすすんだ。おれさまは荷車の上の、ちいさな籠のなかにいた。そこから街なみをながめていた。

 蘇州とはちがってやけに静かな街だというのが、おれさまの第一印象だ。

 倭人がおとなしいからなのか、それともただたんに人がすくないのかはわからない。いずれにせよ、天朝とはあきらかにちがう空気がこの都には漂っている。蘇州を「騒然」とあらわすなら、ここは「寂然」だ。

 都の道は碁盤の目のようにはりめぐらされている。源精は「唐土(もろこし)の都に倣ってつくったものだ」といっていた。じっさいにそのとおりで、倭国は天朝から文化や技術を多くとりいれた模倣国ともいえる。だが倭人たちは独自の文化をつくりあげ、独立国としての道を模索しているようだ。

 やがて高い壁にかこまれた宮殿にたどりついた。『大内裏』といい、政務をおこなう場所だ。これも天朝の朝廷を模倣したものだろうが、やはりどこか雰囲気がちがう。街同様、静かなのだ。

 大内裏の南にある朱雀門をくぐり、あれこれ長ったらしい手つづきをすませたのちに、おれさまは『清涼殿』というところで天皇にひきわたされた。

 天皇は五十半ばぐらいの男だった。今年天皇になったばかりなのだという。

 髪や眉は白く、顔の皮膚はたるんでおり、まぶたは厚くて閉じているのかあいているのかわからないといった様子。

 どうせ長にするのなら、もうすこし若くて丈夫そうなのがいいのではないかとも思うが、どうやら政争の具として朝廷内の有力者によって就任させられたようだ。

 道中で源精が従者たちにした世間話によれば、朝廷では太政大臣の藤原基経と、その妹である皇太后(先帝の母親)・藤原高子(たかいこ)が対立しているとのこと。

 ようは兄妹ゲンカともいえるが、権力者どものケンカのやっかいなところは、まわりにいる「その他大勢」をもまきこんでしまうことだ。

 猫どうしのケンカならひっかきあいですむところだが、人間どもはとかく多くの者をケンカに参加させたがる。それがとことんまで大きくなればいくさになり、国中の人間をもまきこむことになる。

 先帝である高子の子・陽成天皇は、わずか九歳で即位した。幼帝というやつで、老体の現天皇とおなじくこれもまた極端な話だ。

 もちろん九歳の餓鬼に政治ができるはずもない。基経や高子がうしろであやつっているのは、誰の目からもあきらかだ。

 このような事態は天朝でも多々ある。たとえば蘇州の講釈師たちがよく談じる『三国の物語(三国志)』においては、董卓や曹操などが若い天子を傀儡にし、権力をほしいままにした。

 子が天皇になったことで高子は兄・基経を軽んずるようになり、対抗するように基経も政務を放棄して朝廷を混乱させた。まったくもって迷惑な兄妹だ。

 そして陽成天皇が十七歳になったときに、事件が起きた。乳兄弟が何者かによって宮中で殺害され、基経は「帝がしくんだことだ」として退位をせまったのである。

 事件の経緯などはくわしく伝わっておらず、ほんとうに陽成天皇がかかわったのかもあやしいところだが、結果だけをいうと基経の思惑どおりに陽成天皇は退位し、そのあとを継いだのが五十半ばのご老体、現在の天皇というわけだ。

 人畜無害のあやつりやすい老人、と基経は思ったのだろう。おれさまもそう思う。

 天皇は見るからに好々爺然としており、籠からでてきたおれさまのあごを微笑みながらやさしくなでてくれた。

 あらそいごとをきらう気のいい老人――それがおれさまの、この老人に対する印象だ。

 

 おれさまは、天皇のもとで暮らすことになった。

 大内裏内にある天皇の居住区を『内裏』という。おれさまは籠に閉じこめられることなく、内裏を自由を散策してよかった。

 旅の疲れからか、おれさまはあちこち走りまわりたいという気もちは起きず、夜はあたりをてきとうにぶらぶらし、昼はごろごろと惰眠をむさぼった。倭国へきても、けっきょくだらけた生活がつづくだけだった。

 倭国でもおれさまは好かれるらしく、後宮にいる女どもはおれさまを可愛いとほめたたえ、あらそうようにして食事をあたえてくれた。おれさまも気をつかってやつらに頭やあごをなでさせてやったり、ひざの上でまるくなって眠ったりしてやった。蘇州とおなじく、おれさまは異国の地でも人気猫だった。

 なんだかんだで倭国も暮らしやすい。おれさまの猫生の目的はぐうたら寝てすごすこと。それができるのであれば、どこでもいいのかもしれない。

 

 何日かすぎたころの昼下がり、清涼殿にいる天皇のもとに、ひとりの青年がやってきた。

 歳は十八ほど。眉は細く精悍な顔つきをしており、いかにもまじめで賢そうな男だ。体もがっしりとしていて、力もありそうである。

 青年は神妙な顔でひろい殿中にはいってくると、天皇と向かいあってすわった。天皇の身内かなにかだろうか。顔もどことなく似ている。息子なのかもしれない。

 おれさまは天皇のそばで、だんごのようにまるまって寝ていた。青年は猫になど興味がないふうをよそおいながらも、ちらちらとおれさまのことを見ている。おれさまは気にしないふりをして大きなあくびをした。

 それにしてもこの国の建物は、天朝とちがって壁がすくない。この清涼殿も、庭に面したほうはそもそも壁がない。

 今日は天気もよく、庭から吹く暖かい春風がおれさまの黒毛をゆらす。これほど風通しがよいと冬はかなり寒いのではないだろうか。

「父上、ご就任おめでとうございます。今日までごあいさつにうかがいもせず、まことにもうしわけありませぬ」

 しばらくの沈黙ののち、青年はそういって両手を床につき、深ぶかと頭を下げた。

 やはり天皇の息子のようだ。しかし青年の顔や口調はすこしもめでたそうではない。

 青年は顔をあげてつづける。

「しかし此度のご就任、基経めが父上を利用せんがために――」

 いいおわらないうちに、天皇は右てのひらを青年に向け、

「言葉に気をつけよ、定省(さだみ)」

とさえぎった。青年の名は「定省」というようだ。

「しかし、父上」と定省は食いさがる。

「わかっておる。かような老齢になって天皇に就任するなど、わしの才を期待してのことではない。だが、せっかくころがりこんできた機会だ。むだにはせん。わしはこれを利用して、朝廷内の権力あらそいをおさめ、都に平穏をもたらしたい。このまま皇太后と基経の対立がつづけば、いずれ大きな内乱になりかねん。わしにはそれを避ける策がある」

「それは、いったい」

「いずれわかるときがくる。おまえたちに苦労をかけるかもしれないが」

「おまえたちとは、わたくしもまきこまれるのですか?」

「ここで話すわけにはいかぬ。宮中といえど、安全ではない。わしも先帝のように基経に難癖をつけられ、退位させられる可能性はじゅうぶんにある。いまは耐えるべきときだ」

「......わかりました。この定省、父上を信じましょう」

「うむ。それと藤原高藤が、娘をおまえにとのことでな。うけてはもらえぬだろうか。そのために今日、おまえをよんだのだ」

 えっ、と定省はおどろいた顔をする。

「つまりそれは、婚姻を結べとのことですか?」

 そうだ、と天皇はうなずく。

「きゅうにそんな話をされてもこまります! わたくしにはすでに義子という妻がいます。それは父上もご存じのはず」

「いざというときのために、藤原北家とのつながりを強めておくべきだ。わしとしては、なるべくいそぎたいところ。たのんだぞ、定省よ」

 定省はあわてて、

「お待ちください、父上。たのんだぞ、とおっしゃられましても――」

「じつのところ、まようひまなどないのだ。できれば今月じゅうにまとめてしまいたい。これはおまえのためでもある」

「なぜそのように、おいそぎになるのですか。これも父上のいう『策』とやらなのですか」

「いまは話せぬ。とにかく婚姻をむすべ。それがかならずおまえのためになる。わしは厠へ行ってくる。唐土の猫でもながめて、ゆるりとしておれ」

 天皇は話を強引にうちきって立ちあがり、背を向けてこの場をあとにした。

 倭国では、用をたすことを「厠へ行く」という。「カワヤ」とは「川屋」のことであり、倭人は川で用をたしていた。

 ただ内裏には川がないので、とりあえず「樋箱」とよばれる箱に用をたし、あとで使用人が中身を川かどこかへすてに行く。おれさまたちのように穴を掘ってそこにすればいいとは思うが、そのあたりは習慣のちがいだろう。

 天皇がいなくなると、あたりは静まりかえった。

 庭からさしこむ昼下がりの日光が、おれさまの黒毛を照らす。

 薄っすらと目をあけると、さきほどの慇懃な態度もどこへやら、定省が腕ぐみをし、ぶつぶつと不満をもらすのが視界にはいった。

「くそっ、父上め! いつもながら強引に物事をきめようとする。策だかなんだか知らぬが、こちらの意思などおかまいなしだ。外面はいいのに、わたしに対してはなにかときびしくあたってくる。なんなのだ、いったい!」

 おまえも外面だけはいいな、とおれさまは思った。父子というやつか。

 定省はひととおり不満をつぶやいたあと、おれさまのほうに目を向けた。

「それにこの黒猫だ。唐土の猫だかなんだか知らぬが、女子供でもあるまいし、こんなとるにたらぬものを飼っているばあいではなかろう。帝になった以上、すべきことは多いはずだ。猫になどにうつつをぬかしているばあいではない」

 そこまで可愛がられているわけでもないのだが。とりあえずおれさまを八つあたりの対象にしないでほしい。

 定省は文句をいいながらも、じっとこちらを見る。

「ううむ。しかしこの黒さはなんなのだ。つやもあるし、まるで墨のようだ。都でこれほど黒い猫は見たことがない。唐土の戦国時代、韓に盧(ろ)という黒毛の名犬がいたというが、このようなのかもしれない。いや、この姿は黒竜ともいうべきか」

 定省は自分のあごに手をおき、ぶつぶつとつぶやきはじめた。倭人ながら天朝の歴史や文化に精通しているようだ。

 思えばおれさまは、これまで教養のあるやつにあまり会ったことがない。知る人間といえば、欲の皮のつっぱった商人どもや、ガサツな水夫どもがほとんど。まあ、やつらはやつらで面白みがあるだが。

 定省は長ながとおれさまの容姿をほめてくれたが、さいごにケチをつけてきた。

「高価な猫であることはまちがいない。しかし父上には猫を飼う趣味などなかったはず。ならばこれは、おそらくどこかの客人が献上したものだろう。たしかにみごとな黒毛だが、このようなとるにたらぬ畜生を愛でるのは女子供のすることで、いい歳をした大の男がするのはいかがであろう。いまや帝となった父上にはふさわしくないのではないか。やはり注意したほうがよい」

 どうやらこの男は、おれさまのことを「とるにたらぬ畜生」と蔑んでいるようだ。

 おれさまは蘇州の有名猫であり、街の皆から愛されていた。この内裏でも後宮の女どもには人気がある。馬鹿にされたままでは腹の虫がおさまらぬ。

「とるにたらぬ畜生」をこの男に愛でさせてやろうと思い立ち、おれさまは四つ足ですっと立ちあがった。しっぽをぴんと立て、弓のように体をそらして大きく伸びをしたあと、定省のほうへあるいていく。

「なんのようだ。こっちへくるな。しっ、しっ!」

 定省は追いはらうように手を振った。

 ――ふん、これでもくらうがよい!

 おれさまは、あぐらをかく定省の右ひざに頭を何度もこすりつけ、ゴロゴロとのどを鳴らす。若造よ、人間のよろこばせ方を熟知したおれさまに勝とうなどとは笑止千万。

 定省は、ごくりと生唾をのんだのち、ふるえる右手をおれさまの頭にのばしてきた。躊躇しているようだが、おれさまの可愛らしさにあらがうことは容易ではない。蘇州でこの技を披露して、おれさまをなでなかった人間はいないのだ。

 おれさまはさらに右前足をつかって自分の顔を洗う。このしぐさも人間どものうけがよい。

 定省のふるえる右手が、どんどんおれさまの頭にちかづいてくる。

 さあ、定省とやら。とるにたらぬ畜生をぞんぶんに愛でるがよい。

「待たせたのう」

 その言葉とともに、天皇が厠からもどってきた。

 定省はあわてて右手をひっこめ、頬を赤らめてせきばらいをする。

「おや、おまえもその猫が気にいったようだな」

 天皇がいうと、定省はあきらかに動揺した様子で、

「な、なにをおっしゃられますか、父上! この黒猫が勝手によってきただけで、わたくしがどうこうしたわけではございませぬぞ!」

「しかしこの黒猫は、他の猫とちがって風格がある。愛でてみたいと思うのもむりはない」

「たしかにりっぱないでたちの黒猫ではありますが、猫は猫です。帝になられた父上が、かようなものをそばにおいておくのはいかがなものかと。女子供でもあるまいし、このようなとるにたらぬものを愛でるなど、大の男のすることではございませぬ」

「おまえのいうとおりかもしれんが、この猫は源精からの贈りもの。無下にはできん。なんだったら、おまえがあずかってはくれぬか?」

「え?」

「おまえがいいだしたことであろう。家族以外の者に猫をあたえれば、源精もいい気はせぬ。おまえが適任だ」

「しかし......」

 おれさまは、定省のこまった顔をながめながら思う。いつまでもこのせまい内裏にいるのも退屈だ。定省がひきとってくれれば、ここからおさらばすることができる。猫にとって自由は必要。もっと自由な場所でぐうたらするのがよい。ならば行動を起こすべきだ。

 おれさまは定省のひざの上にのり、そこでまるくなった。

「こら、離れろ! 衣に毛がつくではないか!」

 定省はおれさまの両わきをもって、もちあげようとする。

 おれさまは定省の衣に両前足の爪をひっかけ、ひきはがされないように抵抗する。

 そのひっぱりあいを見て、天皇は笑った。

「定省よ。黒猫もおまえを気にいったようだな」

「これを見てどこが気にいっているように見えるのですか! はがそうとしてもはがれないんですよ、この猫! なんか妙に力が強いし!」

 定省がおれさまをひっぱがそうとしながらいった。

 おれさまも意地になって、爪を立てて前足に力をいれる。あまり長くこの体勢でいると前足がのびそうだ。

「定省よ。やはりその猫はおまえになついているようだ。さきほど『帝が猫を飼うのはいかがなものか』ともうしたのだから、おまえが責任をもって飼うべきではないか。唐土に『綸言汗のごとし』との言葉がある。いちどでた汗がもとにもどらぬように、大丈夫(立派な男)の発した言葉は取り消せぬぞ」

「わたくしのもうしたことはあくまで一般論でして、わたくしが飼うとはひとことももうしておりませんぞ! そもそも『綸言』とは《礼記》のなかの語で、君子の発する言葉の重さのたとえ。それをわたくしの言葉にまであててくるとは、拡大解釈ではございませぬか」

「おまえもいまや天皇家の者であろう。自分の発言に責任をもてぬのか」

「だから注意しただけで、飼うとはもうしていないではないですか! くそっ、この猫、なかなかしぶとい。ぜんぜんはがせぬ」

 天皇とのいいあいと、おれさまとのひっぱりあいのすえ、さいごには定省が息を切らしながら観念した。

「......わかりました、父上。飼えばいいんでしょ、飼えば。いっておきますが、わたくしはこんなとるにたらぬものを飼いたくはないのです。父上がどうしてもとおっしゃるので、しかたなくあずからせていただくのです。ほんとうにしかたなくです。猫好きとかなんとか、妙なことをまわりの者にふれまわらないでください」

「うむ。たのんだぞ、定省。たいせつにしてやってくれ。これで源精にも顔が立つ」

 天皇はにこりと笑った。

 こうしておれさまはこの若造、定省とともに暮らすことになった。

 この若造が三年後に、天皇として即位させられることになるのだが、それはおいおい話すとしよう。

 それよりも、内裏をぬけだして自由になったと思ったおれさまだが、どうやら考えがあまかったと、すぐ気づかされることになる。

* * * *

いやそうな定省の家につれて帰られたおれさまが、いったいどんな目に遭い、そして定省のためにどんな活躍をするのかは...『天邪鬼な天皇と唐の黒猫』をぜひ読んでほしい。

と、黒猫様はおっしゃておいでです。

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『天邪鬼な皇子と唐の黒猫』渡辺仙州

装画 丹地陽子

Profile

渡辺仙州

1975年東京に生まれ、小中学生時代を北京ですごす。同志社大学大学院工学研究科を経て、京都大学大学院工学研究科満期退学。著書に、『文学少年と運命の書』、「封魔鬼譚」シリーズ、編訳書に『封神演義』『三国志』『西遊記』『浮き橋のそばのタンムー』などがある。

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
  • ビオレタ
ポプラ社一般書通信 note

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