生活保護は「誰」を支えているのか?

210万通りの貧困のかたち

生活保護は「誰」を支えているのか?

2017年12月7日、厚生労働省は来年度の生活保護費を見直し、最低限の生活費をまかなうための生活扶助を、最大で1割ほど引き下げる検討に入ったようです。生活扶助の支給水準は5年に1度見直されており、2013年度にも「引き下げ」となりました。つまり、2回連続での引き下げとなる見通しです。でも、そもそも「生活保護」って何でしょうか。ニュースではよく見るけれど、実感をもちづらいこの言葉。今回は2015年に出版された『すぐそばにある「貧困」』(ポプラ社)から、「生活保護」について考えるヒントになるような箇所をほぼ全文公開させていただきます。著者の大西連さんは、日本の貧困問題に取り組む認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやいの理事長です。

2012年からはじまった「生活保護バッシング」

「自分の母親が生活保護を受けているということについてどんな気持ちですか?」

 テレビの生放送の記者会見で、レポーターが興奮気味に尋ねた。おびただしいカメラのフラッシュにさらされて、お笑い芸人の男性は涙ながらに謝罪した。

「むちゃくちゃ甘い考えだったと深く反省しております」
「自分の母親が生活保護を受けているということは、正直、誰にも知られたくなかった」

 2012年4月、女性誌が、匿名でお笑い芸人の母親が生活保護を受給していることを報道した。その後、各週刊誌やワイドショーなどでの報道が相次ぎ、やがて実名での報道がはじまった。
 5月に入ると、国会議員がブログやTwitterで言及する事態にまで発展し、同月25日には、テレビで全国中継されるなか、渦中のお笑い芸人が記者会見をおこなった。

「税金を負担してくださっている皆さんに申し訳なく思っています」

 会見に同席していた弁護士の男性は、今回のケースはいわゆる「不正受給」にはあたらず、あくまで「道義的な問題」と説明していた。もちろん、民法上に「扶養義務」という規定はあるが、家族の状況はそれぞれだ。
 実際の生活保護法上の運用でも、「扶養は可能な限りおこなう」のが一般的だし、このお笑い芸人の場合は仕送りなども所轄のフクシ(福祉事務所)と相談しながらおこなっていたというから、法律上は不正受給にはあたらない。
 だとすれば、この「道義的な問題」とはなんだろうか。

 生活保護を受給すること自体が道義的な問題なのか。それとも、高額所得者でありながら母親を援助しなかったことが問題なのか。母親と親密な関係であったのに援助しなかったことが問題なのか。もしくは、母親からの暴力があるなど、劣悪な関係性であったのならば認められたのか。

 結局、いくら考えても納得のいく答えはでなかった。

 2012年4月にはじまったいわゆる「生活保護バッシング」は、その後の生活保護をめぐる法改正への布石となった。でも、当時の僕はそんなことを知る由もなく、画面の中のお笑い芸人が涙ながらに絞り出す言葉を聞きながら、ただただ暗い気持ちになっていた。


「私たちは恥ずかしい存在なのでしょうか?」

 同時期からメディア等で爆発的に取り上げられるようになった例のお笑い芸人の不正受給問題は、僕たちにとって脅威以外のなにものでもなかった。

 報道合戦が連日繰り広げられ、国会議員までもがそれに参戦し、国会質問のなかでまで取り上げられるようになった。あるワイドショーでは生活保護についての街角インタビューなどもおこなわれたし、お笑い芸人の事例を超えて、生活保護という制度自体についての報道も増えていった。

 ○○市で不正受給があった、××区で生活保護受給者がタクシーで通院していたなど、実際にそれが適法なのかどうかといった検討をおこなうこともなく、「生活保護」や「不正受給」といった言葉がひたすら消費されていった。
 それにともなってか、「不正受給が増えている」「悪質な事例が増えている」「生活保護受給者は怠けている」などの言説が、ネット上にもあふれかえるようになっていた。

 もやい(著者が代表を務める認定NPO法人)でおこなっている居場所づくりの活動「サロン・ド・カフェこもれび」には元路上生活者や生活保護の利用者の人たちが多く訪れてくる。彼ら・彼女らは、みんな不安な声をあげていた。

「テレビをつけるのが怖くなりました。出かける時も、周りの人に後ろ指をさされていないかが気になって。最近は引きこもりがちになりましたね......」
「大家さんに家賃を納めに行ったら、あんたたちは社会の恥だ! って、怒鳴られちゃって......」
「この前、テレビのクルーがD区のフクシに来ていて、支給日に並ぶ人たちを撮っていたんです。もちろん、モザイクは入るんでしょうけど、それ以来、テレビを見るのが恐ろしくなりましたよ」

 もちろん、なかには深刻に受け止めすぎていたり、なかば妄想じゃないかと思うようなものも含まれていたりしたのだが、でも、現実に彼ら・彼女らの多くが生活保護バッシングに本気で怯え、不安を覚え、日常生活に支障をきたしていた。

「担当のフクシのケースワーカーから、扶養照会について厳しくすると言われました。でも、私はDVで逃げてきたんですよ? 旦那に連絡されるんじゃないかと心配で......」
「私たちは、恥ずかしい存在なのでしょうか。迷惑な存在なのでしょうか。苦しいです」

 電話、ネット問わず、全国からも多くの声が寄せられた。なかには、「死にたい」と言ったきり電話越しで泣き崩れてしまう人もいた。統計で見ると、生活保護利用者の多くは高齢者や傷病・障がいをかかえた人たちだ。精神的な不調に悩まされている人も少なくない。過熱する報道や世間の眼差しによって、健康をより一層害してしまった人もいた。

 そして、もやいにも、「不正受給をほう助している」「生活保護の受給者を増やして税金を無駄使いしている」といった中傷が届くようになった。

「あなたたちは、なんでも生活保護、生活保護って。言ってて恥ずかしくないんですか?」
「税金を使って生きているやつらを囲って金を巻き上げてるんだろう! 偽善者め!」

 こういった誹謗中傷は、相談窓口の電話にまで紛れ込んできた。電話対応をしているスタッフやボランティアたちも、どんどん疲弊していった。


「支給基準10%カット」の意味するもの

 でも、何より大きかったのが、政治的な動きが目に見えて加速したことだ。

 この一連の生活保護バッシングに大きく関わった国会議員が所属する政党が主宰する生活保護に関するプロジェクトチームでは、生活保護に関する改革案を4月に提言していた。そこでは、支給基準を10%カットすることや、お金ではなく食料などの現物給付にすることなどが盛り込まれたほか、議論のなかでは、就労可能な人は生活保護受給期間を有期にする、などといった話も出たそうだ。

 まず、「支給基準の10%カット」。これは、とても大変な話だ。確かに、生活保護が財政を圧迫しているという議論はある。しかし、ある日突然あなたが、会社から給料を10%カットすると言われたら、きっとたまったものじゃないだろう。
 しかも、生活保護基準というのは生きていくための、ただでさえギリギリの額だ。都内で言うと、生活費だけでも1か月で約7~8万円かかるだろうか。その10%といえば、相当な重みを持ってくる。多くの人がまっさきに食費を削るだろう。冷暖房を抑えたり、外出をひかえて家に引きこもるかもしれない。高齢者や傷病・障がいを持つ人にとってみれば自体はさらに深刻で、最悪、死活問題になりかねない。
 そして、生活保護基準が下がるということは、最低賃金の下限も下がるなど、生活保護以外のほかのさまざまな制度にも大きな影響を及ぼすのだ。誰にとっても決して他人事ではない。

 次に、食料などの現物支給。これは現実には難しいはずだ。コメの配給にするのか、一部のお店でしか使えないクレジットカードのようなものにするのかわからないけれど、何を食べるか、食べられるかは人によって違う。それに、そういった配給のほうが間に業者が入って中間マージンをとるなど、余計なコストがかかる可能性が高い。

 最後に、就労可能な人の生活保護を有期にするというものだが、もし仕事先が見つからなかったらその人はどうなるのだろう。僕が知り合ったホームレスのおじさんや生活困窮者の多くは、可能なら仕事がしたいと希望している人たちだった。でも仕事が見つからない。有期化の議論は、結果的に生活保護が必要な人を機械的に締め出すことにつながりかねない。
 
 これらの提案は、あくまで一つの党のなかでの議論に過ぎなかった。しかし、メディアが煽りに煽った生活保護バッシングという潮流は、政策決定の場にまで大きな影響力を持っていくことになる。

 支援団体にいる僕たちは、半ば絶望感を持ちつつも、その流れに抗おうとしていた。


転換点は「税と社会保障の一体改革」

「生活保護は最後のセーフティネットだ!」
「国は当事者の声を聞け!」

 生活保護バッシングが吹き荒れるなか、もやいをはじめとする支援団体、法律家などは生活保護についての誤解や偏見が広がらないようにと、さまざまなアクションを起こしていた。議員会館に出向いて国会議員に直接生活保護利用者の声を届ける活動をしたり、生活保護バッシングにより不安に感じている人への相談会を開いたりした。

 しかし、生活保護の利用者が、つまり当事者が声をあげるというのは並大抵のことではない。身近な人、近所の人に知られたら恥ずかしい、世間の目が怖い、フクシのケースワーカーにいやがらせをされるんじゃないか......。

 彼ら・彼女らの生活を支えていたのは、まぎれもない「生活保護」そのものなのだ。だからこそ、それを支給してくれる国や納税者である世間に対して声をあげる勇気を持つ人は、本当に少なかった。
 
 ただ、一部のメディアでは僕たちの声を報道してくれた。しかし、残念ながら、そういった声は必ずしも政策に反映されたとは言えない。

「わかりました。いただいたご意見はしっかりと検討させていただきますから」
「必要な人が生活保護を受けることについては、何も反対なんかしていませんよ。あくまで、悪質な事例に対処するために生活保護制度の改革が必要なんです」

 官僚も政治家も、話は聞いてくれた。でもそれは本当に、聞いてくれただけだった。

 こうして2012年8月、「税と社会保障の一体改革」の名のもとに、「社会保障制度改革推進法」をはじめとする関連8法案が可決された。この法案は、日本の社会保障を、そして生活保護をはじめとした生活困窮者支援施策にとって、大きな転換点と言えるものだった。

 
この時ほど、自分たちの無力さを痛感したことはなかった。


「あんなやつら」って、誰だ?

「生活保護、ありがとう」

 ある支援団体が主催するイベントで登壇した女性は、現在、生活保護利用中だという。彼女は震えながらも、自分の気持ちを壇上から伝えた。

「私は病気になりました。支えてくれる人もいないし、頼れる人もいなかったです。だから生活保護を利用しました。生活保護に助けられて、支えられて、いま生きています。もし生活保護がなかったら、いまの私はありません。そして、この制度を必要とする人は、これからもたくさんいると思います......」

 彼女の言葉に異議を唱える人が、どれくらいいるだろうか。必要な人が必要な制度を利用する。それは、当たり前のことだ。きっと、誰もが賛同するに違いない。でも、必要か必要でないか。この二つの間に、どれほどの違いが、どれほどの差があるのだろうか。正しい線引きは、誰がしてくれるのだろう......。

 イベントが終わったあと、新宿の夜回りにそのまま参加した。すると突然、10年以上もホームレス生活をしているなじみの男性に話しかけられた。

「おお、大西! お前が出ている新聞の記事を読んだぞ。若造のくせに偉そうなことぬかしやがって。だいたいなあ、生活保護なんて怠けているやつが使ってんだ。俺はたくさんそういうやつを知ってるぞ。あんなやつらと一緒にされたらたまらねえ。だから俺は生活保護が大っ嫌いなんだ!」

 彼は吐き捨てると、新宿東口のサブナードに続く階段を下っていった。酔っ払っていたのか、語気が少し荒かった。その日の夜回りのあいだ、ずっと僕は彼の言葉を反芻していた。

 多くの人が叫ぶほど、本当にいまの生活保護制度は必要でない人が過剰に利用しているのだろうか。僕が相談を受けている限り、ほとんどの人は本当にそれが必要な状況だったと思う。もちろん、なかには眉をしかめるたくなる人もいたけど、それは一部も一部だし、その人にもきっと、それを必要だと思った背景や事情があったはずだ。

 さっきおじさんが言っていた「あんなやつら」って、いったい誰のことなのだろう。彼の知っている人には、それこそ不正受給しているような「あんなやつら」がたくさんいるのだろうか......。もし、「あんなやつら」が本当にたくさんいるのなら、それこそその人たちを取り締まり、制度設計だってきちんと適切なものにしていくべきだろう。

 でも、今日のイベントで話していた女性のように、どうしようもない事情の人だっている。それに、彼女は持病があると言っていたが、見た目には健康そのもののようだった。生活保護の利用者であることを打ち明けられなければ、まったく気がつかなかったかもしれない。



210万通りの貧困

 210万人以上が利用する生活保護制度。日本人の約60人に1人が使っている計算だ。単純に考えたら、いま僕が歩いている新宿駅のホームにだって何十人も生活保護利用者がいることになる。みんながみんな駅で寝ているホームレスのおじさんのように、一目で困窮しているのがわかるような人ばかりではない。イメージとはかけ離れた人たちがたくさんいる。

 さっきのホームレスのおじさんが言っていた「あんなやつら」というのは、ホームレスの人や生活困窮者、生活保護利用者の一部でしかないし、同様に、あのイベントで話していた女性のような、やむにやまれぬ事情で生活保護に支えられている人も、やはり一部に過ぎない。

 210万通りの貧困のかたちが、たぶんあるんだ。

 考えれば考えるほど、頭が痛くなってくる。一人ひとりの置かれている状況や歩んできた道のりは違う。一人として同じ人はいない。そんなの当たり前のことなのに、僕たちはわかりやすいかたちを求めたがる。そのほうが、誰を助けるか、誰を助けないのかの判断が楽だから。

 そして、どう見ても困った状態にある人でも、誰が見てもかわいそうな状況にある人であっても、次の瞬間には、自己責任としか言いようのない、眉をしかめたくなるような行動を起こすことがある。僕はそういった瞬間をたくさん見てきたし、ある程度は裏切られることも仕事のうちだと思って割り切ることにしている。だって、それは当たり前のことだから。

 彼らにかわいそうなふるまいを期待するのはたぶん、いつだって僕らの側だから。

「生活保護=こんな人」「貧困=こんな感じ」なんて図式は成立しない。一人ひとりに向き合うしかない。そして、それと同時に、制度や政策、社会の仕組みについてはある程度、普遍化していく必要がある。たとえば「○○な人が多いから××な政策を」というように。

 僕たちは、相反するものをどうやってまとめていったらいいのだろう。そして、どのように貧困という目に見えない問題をとらえていけばいいのだろう......。


脆弱なセーフティネット

 2012年8月。「社会保障制度改革推進法」が制定された。

 これは、この国の社会保障の将来的な方向性を定めたものであるが、附則の第2条には、生活保護をはじめとする生活困窮者施策に関して次のような記述がなされている。

 1項においては、「不正受給対策の強化」「生活保護基準の見直し」「就労の促進」が掲げられ、2項においては、「貧困の連鎖の防止」「就労可能層への支援制度の構築等」が明記されたのだ。
そして、この記述をもとに、「不正受給対策の強化」としては、2013年12月に生活保護法の改正、そして「生活保護基準の見直し」としては、2013年8月より生活扶助基準(生活保護の生活費分)の段階的な削減が断行され、2年後の2015年7月からは住宅扶助および冬季加算の削減もおこなわれた。

「就労の促進」については、2013年5月に「就労可能な被保護者の就労・自立支援の基本方針」という通知により、稼働年齢層(15歳から64歳まで)の生活保護利用者に対し、生活保護開始から3~6か月以内に、低額でも必ずいったん就労することが求められるようになった。

 そして、「貧困の連鎖の防止」に関しては、2013年6月に成立した「子どもの貧困対策法」に、「就労可能層への支援制度の構築等」に関しては2013年12月に成立した「生活困窮者自立支援法」へとつながっていく。

 この「社会保障制度改革推進法」は、社会保障の税源を明確化したり、国の責任や方針を明らかにした、という意味では評価ができるだろう。しかし、生活保護をとりまく最低生活保障の部分に関しては、正直、かなり厳しい内容となった。

 生活保護は文字通り、生活に困った時の最後の砦。その最後のセーフティネットが、財政的にかなり削られてしまうことになった。210万人を超える人の生活に大きな影響をもたらしたほか、今後の生活保護をめぐる議論にも大きな影を落とした。

 生活保護バッシングが吹き荒れた2012年は、良くも悪くも生活保護をとりまく環境を一変させた最初のきっかけとなったのだった。



生活保護は、誰のためにあるのか?

 生活保護バッシングが吹き荒れるわずか数か月前。2012年1月。札幌市白石区のとあるマンションの一室で、2人の女性の遺体が発見された。

 部屋に住んでいたのは40代の姉妹。
 
 料金滞納で電気・ガスは止められ、冷蔵庫のなかは空っぽ。ちなみに42歳の姉は脳内出血で病死、そのあとに亡くなった知的障がいのある40歳の妹はやせ細った状態で凍死していたという。

 そして実は、その後の報道で、この姉妹が約1年半前から3回にわたり区役所へ生活相談に訪れていたことが判明した。

 しかし、結果的に生活保護の申請にはいたらず、2回目の相談にいたっては非常用のパンの缶詰を交付されたのみだったことがわかった。遺された姉の携帯電話には「111」の発信記録が何度も残されていたと言う。知的障がいを持つ妹が、姉が倒れたあとに、何度も何度も、救急や警察などの助けを求めようとしたのだろう。

 そして、その声は届かなかった。

 生活保護は、本当に過剰に支給されてきたのだろうか。手厚すぎたのだろうか。
 少なくとも、必要な人に支援はまだ届いていない。

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※この原稿は2015年9月に刊行された『すぐそばにある「貧困」』(ポプラ社)の「第10章 バッシング」を再編集のうえ、転載したものです。

Profile

大西連

1987年東京生まれ。認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長。新宿ごはんプラス共同代表。生活困窮者への相談支援活動に携わりながら、日本国内の貧困問題、生活保護や社会保障制度について、現場からの声を発信、政策提言している。著書に『すぐそばにある「貧困」』(ポプラ社)。Twitter:@ohnishiren

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