ラストは初めから決まっていた

小手鞠るい

ラストは初めから決まっていた

魔物を起こす(1)

トキオと再会したのは、大学一年生のときだった。

五月の連休が始まったばかりのその日、トキオは、わたしが店番をしていたギャラリーに、ふらりと姿を現したのだった。

ボタンをはずして上着風に羽織っている、赤と青のタータンチェックのシャツ。その下には白いTシャツ。オリーブ色のコットンパンツを合わせて、足もとはワークブーツ。頭には、野球帽を逆さまにしてかぶっていた。

第一印象は「がっしりした体格の人だな」。なぜか、社会人には見えなかった。

最初はそれがあのトキオだなんて、まったく気づくことができなかった。どこかで会ったことがあるのかもしれない、とも思わなかった。ただ「木の葉さんのファンが来た。若い男性だ」と思った。

そのとき、堂島ギャラリーでは、架橋木の葉という人気イラストレーターの原画展を開いていた。展示内容は、童話作家の五十嵐有為の書いた『泥棒猫と遊牧民』に添えて、木の葉さんの描いた挿絵を全点。カバーの装画や、裏表紙とカバー袖に載っているカットなども。サイン本やポストカードの販売もおこなっていた。

パステルで描かれた、あたたかくて優しい色調の木の葉さんの絵は、子どもからお年寄りまで、幅広い世代に愛されている。女性だけじゃなくて、男性のファンも多い。岡山だけじゃなくて、近隣の県や市からわざわざ訪ねてきてくれる人たちもいる。

先週末に催した木の葉さんのサイン会は、予定よりも一時間以上かかるほど大盛況だったし、『泥棒猫と遊牧民』------帯の謳い文句は「この世界には、こんな愛の物語があった」------も飛ぶように売れている。

ついさっきも「京都から来ました!」という女子高校生ふたりが、木の葉さんのサイン入りの本を五冊も買っていったばかりだ。

トキオは、店内をひとめぐりしたあと、わたしの座っていたカウンターデスクのそばまでやってきた。

本を一冊、手にしている。

「ありがとうございます」

わたしはまず本を受け取って、手もとに置いた。

それからぱっと顔を上げ、差し出されたお金、千円札二枚を受け取ろうとした。

彼の目とわたしの目が合った。

その瞬間、彼の表情が、丸めた紙みたいにくしゃくしゃっと崩れた。

追いかけるようにして、野太い声。

「風ちゃん、大きくなったな」

は?

虚を衝かれて、目を白黒させているわたしを面白がるようにして、

「風ちゃん、俺。わからん?」

二度も名前を呼ばれた、ということは、わたしを知っている人に違いない。

誰? 誰だろう。思い出せない。

高校時代の同級生なら、すぐに思い出せるはずだし、でも思い出せないってことは、中学時代の同級生? 

「忘れられてしもたか。まあ、しゃあないな。小学生のガキのことなんか、忘れられて当然といえば当然......」

思い出した。

そこでわたしはやっと、思い出したのだった。

「もしかして? 嘘! ほんと?」

トキオは、溶けてしまったアイスクリームみたいな顔になっている。

その笑顔は間違いなく、六年前にアルバムの中で発見した、あの野球少年のそれだった。あの白いハンカチの男の子------。

「そ、ほんと。正真正銘の俺や」

「うわーっ、うっそみたーい」

ギャラリーにはそのとき、四、五人のお客さんがいた。全員がふり向いて、わたしたちの方を見た。それくらい、大きな声を出してしまった。

もしかしたら、そのときのわたしのハシタナイ反応が、トキオの行動に弾みをつけてしまったのかもしれない。これは、今にして思うことだけれども。

でも、なんていうか、わたしは無邪気にうれしかったのだ。

わたしたちは早口で矢継ぎ早に、わたしたちだけにわかる会話を交わした。

「ところで監督、元気?」

「元気元気。元気だけが取り柄だからね。今はね、東京出張中なの。ほんとに出張なんだかどうか」

父は五月の連休中、父曰く「仕事上のさまざまな打ち合わせをするために」上京している。わたしの憶測------邪推というべきか------では、恋人と旅行 中なのではないかと踏んでいる。

「東京か。そういえば俺な、東京の大学、滑っちまってさ。それでおめおめと、地元へ舞いもどってきたってわけ」

「もしかして、岡大?」

わたしたちが同じ大学に通っていることが判明し、わたしはふたたびハシタナイ声を出しそうになり、あわてて自制した。

トキオは中二から高三まで、両親の仕事の都合によって、関西圏で暮らしていたという。だから中学時代にも高校時代にも、姿を見かけなかったのだ。

「せっかく訪ねてきてくれたのに、留守にしててごめんね」

トキオはてっきり、父に会いに来たんだろうなって、思っていた。

「いや、そういうわけじゃ」

だったらなぜ、訪ねてきたのかな? と思った。

「わかった! 木の葉さんのファンなんだ?」

「いや、特にそういうわけじゃ」

「だったらなんで?」

なんで突然、訪ねてきたの? 純粋に、わたしは疑問を抱いていた。

「なんでって、それは......」

「あ、わかった。たまたま近くを通りかかって?」

「そんなんじゃない」

見ると、くしゃくしゃだった笑顔が真顔になっている。釣られてわたしも。

まさか、わたしに、会いに来たってこと? 

だとしたら、なぜ?

トキオは今にも、その答えを口にしそうになっていたけれど、そこで邪魔が入った。

別のお客さんが本を買うために、近づいてきたのだった。

「仕事の邪魔してごめんな。じゃあまたな。また連絡する」

去っていこうとしているトキオに、わたしはとっさに、カウンターデスクに置かれているお店の名刺を手渡した。明確な意図があったわけじゃない。気がついたら、そうしていた。

「あの、よかったら、ここにメールを送って。このアドレス、毎日、見てるから」

「サンキュ、じゃ、遠慮なくもらっとく」

そう言って、トキオはあっさりと去っていった。

もっと話をしたかったなぁ、と、未練がましく思いながら、わたしは颯爽とした背中を見送った。野球少年、大きくたくましくなったなぁ、なんて思いながら。

その夜のうちに、メールが届いた。

ドキドキしながらあけると、

<堂島風鈴さま 本日は再会できてよかったです。よかったらまた、会ってもらえませんか? いろいろと話のつづきがしたいです。トキ>

と書かれていた。

たったそれだけの文面だったのに、わたしは小躍りして喜んだ。実際に踊ったわけじゃないけど、気持ちとしてはそんな感じ。まるで、天から降ってきた「ラッキー!」みたいな気がした。

トキオはきょう、わたしに会いたくて、このわたしを訪ねてきてくれたんだなと思った。この思いは単なる思い込みに過ぎなくて、勘違いに過ぎなくて、とんでもない間違いだったと、あとあとになって気づくわけだけれども、それはともかくとして。

ふーっ。

文書保存キーを押したあと、パソコンの画面に向かって、ろうそくの灯火を吹き消すようなため息をついた。

疲れた。

体中の細胞のひとひらひとひらが疲れている。肩が凝っている。異常な凝りだ。肩の上に、岩のかたまりがふたつ、載っかっているような気がする。

右下のノンブルを示す数字は「4」。四ページ目の残り三分の一ほどはまだ白紙。

ということは。

初日に先生から指定された通り、一ページに、四百字詰め原稿用紙三枚分が入るように設定してあるから、約十枚か。

きのう書き上げた「起」のパートもだいたい同じくらいの枚数だったから、ここまでで合計二十枚。このあと「転」と「結」をそれぞれ十枚ずつ書けば、合計四十枚の短編小説ができあがるはず。枚数的には、三十枚以上、五十枚以内という条件を満たすことができるはず。

なんだけど、まだあと二十枚も書かなくちゃならないのかと思うと、肩に載っている岩がいっそう重く、ずっしりと食い込んでくる。

しんどい。

なんてしんどいのだろう。

小説家というのは毎日、こんなしんどいことをやっているのか。まるでお尻から椅子に根を伸ばすようにして座ったまま、一文字一文字、一語一語、書いては消し、消しては書き、進んではもどり、もどっては進む。そのくり返し。蟻みたいに。いや、かたつむりか。とにかく根気のいる作業だ。忍耐力が要求される。

しかも小説には、あるいは文章には、数学みたいな正解がない。これでいいのかどうか、判断する基準もない。それでも書き進めていかなくてはならない。目隠しをされたまま、洞窟の中を手探りで進んでいくようにして、不安と闘いながら。

私には到底、小説家になんてなれないと思った。

両手で肩こりをほぐしてから、今しがた書き上げたばかりの十枚を読み返してみた。

読めば読むほど、疑問が湧いてくる。

なんだか、くどくどしてないか?

なんだかとっても詰まらないことを、意味ありげに書いていないか?

本当にあったことを書いているつもりだけれど、知らず知らずのうちに、どこからともなく嘘が紛れ込んできていないか。

たとえば、隆文に店の名刺を渡したとき「明確な意図があったわけじゃない。気がついたら、そうしていた」なんて、私はしれっと書いているけれど、本当はあのとき、意図はあった。「連絡が欲しい」という願望が。あれは、意図じゃなくて、願望だった。だったら、ここはそう書き直さないと。

ああ、それと、トキオの関西弁。これがよくない。隆文のしゃべり方には、岡山弁のアクセントと関西弁のアクセントが微妙に混じり合っていた。あの、まろやかでありながらも歯切れのいい口調を、どう書けばいいのか。

読めば読むほど、嫌になってくる。

細かいところはさておき、全体的にもまったく気に入らない。全体的に、何がどういけないのか、皆目わからないのに、これではいけないんだってことだけがわかっている。

私の当初の計画では、このあとに、トキオと風鈴の初デートに至るまでのいきさつと、初デートの一場面を書いて「承」を終えるつもりだった。小説の「結」は、無残な失恋に終わるわけだけれど、ふたりにとって甘く楽しい時間は、あったことはあった。その時間を忠実に再現しつつ、なるべく美しく、面白おかしく気持ちよく、恋の思い出を書き綴りたいと、思ってはいる。

でも、だめだ。すっかり疲れ果ててしまって、つづきを書く気が起こらない。なんとか再会はできたものの、デートをする前に嫌気がさしてしまっている。

------「承」のパートはね、四つの中では、実はいちばん難しい章なの。難しくて、いちばん重要でもあるの。「起」はね、勢いで書ける。清水の舞台から「えいやっ」って、思い切って飛び降りてみるような気持ちでね。「転」も、そんなに難しくない。ひっくり返してやればいいんだから。嫌な誰かの横っ面を思いっきり叩くようにして。得意でしょ? そういうの。「結」はね、なんにも心配しなくていい。魔法にかかったように、すーっと書けるから。なぜなら、そこまでの三章分によって、小説の水位が満潮に近いところまで上がっているから。手強いのは「承」なの。この章は、なんて言えばいいのかな、橋みたいなものなのね。ほら、川に橋を架けてやらなくては、川は渡れないでしょ。「承」で、きみたちは、まだ書かれていない小説に橋をかけるの。ちょっとやそっとのことでは壊れない、頑丈な橋をね。

橋か......。

凛子先生の言った通りだと思った。

確かに、小説という川に、橋を架けるのは難しい。難しいけれど、重要だ。私は橋を架けることができていないから、流れに呑まれて、溺れそうになっている。

Profile

小手鞠るい

1956年岡山県生れ。同志社大学法学部卒業。1981年「詩とメルヘン」賞、1993年「海燕」新人文学賞、2005年『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞、2009年絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん』(絵/北見葉胡)でボローニャ国際児童図書賞を受賞。主な著書に、『美しい心臓』『アップルソング』『君が笑えば』『テルアビブの犬』『星ちりばめたる旗』『炎の来歴』など多数。アメリカ、ニューヨーク州在住。

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