ラストは初めから決まっていた

小手鞠るい

ラストは初めから決まっていた

魔物を起こす-2

今は夜の十時過ぎ。

夕食前に「起」の章の改訂を済ませて、父のつくったシーフードカレー――海老と烏賊と帆立貝が入っていた――を食べたあと「承」に取りかかってから、ほぼ二時間半、ぶっ通しで書いてきた。

コーヒーでも淹れて、休憩しよう。

橋を架けるために、私に必要なのは、休憩なのかもしれない。

椅子から立ち上がって、部屋を出ていこうとしているとき、キッチンの方から、父の笑い声が聞こえてきた。

誰かと電話で話しているようだ。

ほろ酔い加減のせいなのか、あるいは、今もウィスキーか何かを飲(や)りながらしゃべっているのか、声がだらしなくゆるんでいる。私に対してふだん出す声とは、種類がまるで違う。弛緩した口調に、喜びと優しさが滲み出ている。

廊下に立ったまま、私は足を止めた。

キッチンへ行くのは、やめようと思った。父に遠慮をしているわけではない。なんとなく、父と顔を合わせたくなかった。

「へえっ、そうなんだ、そんなことが......いいねえ、それ......いいですよ。ははは、けっこうイケてるんじゃないですか......じゃ、今度、行ってみますか? ああ、うん、うん、その通り、まったく困ったもんですよ......」

父の声じゃないみたい。あれは「男」の声だ。

耳がそう感じたとき、「そうか、彼女と話してるんだな」と理解した。

父の彼女。父の恋人。父がここ何年か、つきあっている人。

名前も知らないし、顔も知らない。けれど、父につきあっている人がいるということくらい、いっしょに暮らしていれば、わかってしまう。もっとも父は、娘に気づかれているとは、想像もしていないのだろう。まあそれが、父って人のいいところでもあるんだけど。

父が恋人を私に紹介しようとしないのは、亡くなった母に悪いと思っているせいなのか、私の反発を恐れているせいなのか、たぶんその両方だろう。

いつも思っていることを、まるで復習するようになぞったあと、ふいに、こんなことを思いついてしまった。

もしかして、不倫の恋人なのでは?

どうして、そんなことを思ってしまったのか。根拠はない。まったくない。ないけれど、思ってしまった。娘の直感か、第六感か。わからないけれど、私の勘はよく当たる。

そうか、不倫の恋人だから、紹介してくれないのか。紹介したくても、できないのか。別に紹介して欲しいなんて、ちっとも望んでいないけれども。

親戚の誰かに再婚のお見合いをすすめられてもひたすら断って独身を貫いているのも、母の遺志を引き継ぐために会社を辞めて画廊の仕事に専念しているのも、亡き母に対する愛情の証と私は思ってきた。信じてきた、と言ってもいい。でも、もしかしたらそれは、父の一面に過ぎないのかもしれない。正義感が強くて、いかにも潔癖そうに見える父の内面には、私の知らない別の生き物が棲息しているのかもしれない。

決して悪い感覚じゃなかった。

むしろ、父もひとりの、あるいは一匹の、男だったんだというような、言ってしまえば親近感みたいなものを私は覚えていた。

「それは寂しいねえ......寂しいこと、言わないでくれますか? ......あ、違う違う、それは誤解ですよ。電話じゃ、とても......うん、うん、えっ? まさか」

父の声を遠くに聞きながら、ちょっと待って、と思った。

こうも考えられるか。

あえて不倫の恋を選んだのは、再婚できる可能性のない人とつきあいたいからってこと? それこそ母への愛ゆえに?

ああ、もう、どうでもいい、そんなこと。

私は両手を頭にのばして、髪の毛ごと思い切り、自分の頭を掻き回した。

父の恋人のことなんて、私の知ったことじゃない。父が誰を好きになろうと、不倫の恋をしていようと、私には関係ない。

私は、私の恋――しかも、終わってしまった――について、書かねばならないのだ。

回れ右をして部屋にもどると、静かにドアを閉め、ふたたびパソコンの前に座った。

あーあ、と、あくびをひとつ。

さあ、書くぞ。

気合いを入れながら、起き上がってきた画面を凝視する。

トキオはきょう、わたしに会いたくて、このわたしを訪ねてきてくれたんだなと思った。この思いは単なる思い込みに過ぎなくて、勘違いに過ぎなくて、とんでもない間違いだったと、あとあとになって気づくわけだけれども、それはともかくとして。

だめだ。この三行は、まずい。この三行が、まずい。

理由はわからないけれど、とにかくまずい。この三行があるために、架かる橋も架からなくなっている。そんな気がしてならない。先を急ぎ過ぎている。そういうことかもしれない。突貫工事はよくない。

ばっさり削除しよう。

削除したあと、私は何気なく、デスクトップのそばに無造作に置いてあった紙の束を手に取った。明確な意図は、本当になかった。気がついたら、そうしていた。願望も欲望もなかった。無心だった。

紙の束とは、きょう、教室で交換し合った原稿。私の提出した「起」の章に、涼介が赤ペンでコメントや意見を書き込んである「添削入り原稿」だ。

教室でも、家にもどってきてからも、すでに何度も目を通しているから、どこに何が書かれているか、ほとんど頭に入っている。涼介のコメントや添削をもとにして、私は「起」の章の手直しをしたのだから。

トントントンと、机の上で紙の束をととのえたあと、一枚目から順番に、必要もないのに読み直してみる。必要もないのに。

我知らず顔の筋肉がほぐれて、にやりとしてしまう。

最初のコメントは「風鈴、あなたもこっちへ来て手伝いなさい」の下の余白に記されている。

  ここに、主人公が手伝った、具体的な料理の内容が入ると良いのでは? 個人的にはケーキを希望。どんなケーキだったのか? 具体的に知りたい。

 

笑える。

内容じゃなくて、この文字。でっかくて、可愛らしい。まるで小学生の手書きの文字みたい。しかも、まっすぐじゃなくて、左右に揺れ動いているような書かれ方。もしかして、わざと下手に書いたの? なんて訊きたくなってしまう。

ハンカチが出てくるページには、こんなコメント。

  どんなハンカチだったのか? まさか花柄(ありえない)? 色だけじゃなくて、もっとくわしく、具体的に。読者がイメージがしやすいように。

 あのね、「イメージが」の「が」は不要だよ。心の中で思わず、涼介に話しかけてしまう。つづいて出てくる、トキオ少年の手のひらのところには「どんな手のひら? 温度、感触、匂い(があったのなら)など」と、書かれている。「感触」という熟語だけが、なぜか、ほかの文字の三倍くらいの大きさになっている。

やっぱり笑える。

あいつらしい、といえば、あいつらしい。伸びやかで、剽軽で、とっぽい。

しかし、隅に置けない。「起」の章のラストには、こんなコメントが。

  提案=起はここで終了にして、六年後の再会は、承に持ってくるのがベターなのでは? 

  全体感想=どうも、事実だけが列挙されている感が否めない。年表みたいな書き方ではなくて、物語を語るように。そのためには、事実にもっと強弱をつけて書くといいのかも?

なるほどなぁ、と、素直にうなった。

最初に読んだときも感心してうなったけど、今もまた、うなっている。

年表ではなく、物語を。

まさにその通りだと思った。私は物語を書いていなかった。年表を書いていた。「承」の章もそうだ。だから退屈で、詰まらない話になってしまったんだ。

事実に強弱をつけて書く。

確かに、涼介の書いた「起」の章には、強弱がついていた。

くわしく書かれているところと、そうじゃないところの落差があった。たとえば、雪丸の描写はくわしかったけれど、おばあちゃんが出てくるところは、あっさり流されていた。雪丸と主人公にしっかり光が当たっていれば、ほかの部分は影でもいいということなのか。「雪丸との思い出は尽きない」のところに私は「もう少したくさん、エピソードがあってもいいのではないでしょうか」なんて書いてしまったけれど、あのアドバイスは、間違っていたのかもしれない。強弱をつけるために、涼介はあえて、くわしく書かなかったのではないか。

事実の強弱、というのは要するに、文章のめりはりということでもあるのだろう。

涼介の小説には確かに、めりはりがあった。

だから、あっというまに読めてしまった。まるで波に乗ったかのようにすいすいと。だから、だろうか、独特の文体を感じた。文体というのは、文章の個性ということではないだろうか。

――うまいか下手か、じゃなくて、個性があるかないか。それが何よりも重要なの。言葉にも表現にも、漂う雰囲気にも句読点にもね。その個性を確立するために、小説家は血の滲むような苦労を積み重ねているの。

凛子先生の作品の、あの、一見、論文みたいに難しそうな文体も、凛子先生の打ち立てた個性であり、努力の賜物でもあるのだろう。

私は、涼介の原稿に書き込んだコメントを思い出して、ちょっと恥ずかしくなった。「ここ、すごくいいです」「雪丸かわいい!」「どんなごはんを食べていたの?」「まさか!」「私も泣いたよ」など、なんだか下らないことばかり書き並べてしまった。

「説明じゃなくて描写を」――あれは、凛子先生の受け売りだったし。

あしたは、もっとかっこいいコメントを書き込まなくちゃ。かっこよくて、クールで、涼介に「ほーっ」ってうなってもらえるような。

涼介は、初恋の雪丸を失ったあと、どんな恋に巡り合うのだろう。

涼介には今、彼女がいるのかなぁ。

いるとしたら、どんな人?

そんなことを思いながら、もう一度、涼介の小学生みたいな文字、文字とは裏腹に核心を衝いている、鋭くて思慮深いコメントをひとつひとつ、穴があくほど見つめているうちに、胸の奥が熱を帯びているかのように熱くなってきた。

熱いというか、痛いというか。満ちてくるものがあるというか。迫ってくるものがあるというか。「胸がキュンとした」って、友だちはよくそう言うけれど、私の場合、キュンじゃなくて、ギュンに近い。要は、絞られたような感じ。

なんなんだろう、この胸の疼きは。

そう、これは疼きだ。疼きに限りなく近い。疼きに限りなく近いものの正体は、なんなのだろう。右の手のひらを胸に当てて、言葉が出現するのを待った。「このもの」の正体を、正確に言い表す言葉が浮上してくるのを。

だめだ、浮かんでこない。語彙も文才もない。

私はまぶたを閉じた。まぶたの裏には、涼介の文字の残像が在る。

  まとめ=お母さんの亡くなられた場面については、強烈な物語を感じました。特にボタンの描写が心に残った(ブラボーです)。

と、そのとき、浮かんできたものがあった。

凛子先生の言葉だった。浮かんできたというよりは、天井からまっすぐに垂らされた蜘蛛の糸を伝って、するすると降りてきたようだった。

――体験したことをそのまま書きなさいって、きのう私は話したわね。嘘を書いてはいけないって。きょうは少し違った言い方をします。体験を書いただけでは、小説にはならない。それはせいぜい、日記か体験記にしかならない。体験したことを書いて、それを小説にするためには、どこかに潜んでいる魔物を起こさなくちゃならない。この魔物が起きてきたら、小説は立ち上がって、みずから物語を語り始める。魔物を起こす方法は、私にもいまだによくわかっていないの。小説の中にいるのか、外にいるのか、それもわからない。でも、書いているうちにきっと、起きてくるから。意外なところから、意外な形で起きてくるから。大切なのは、魔物が目を覚ましたことに、作者が気づくことができるかどうか。魔物の存在を自覚できるかどうか。そこにかかっているの。

意外なところから、意外な形で、起きてきたものがあった。眠っていた魔物がむっくり起き上がって、動き始めたのがわかった。

私は......涼介に......もらいたいと......いる......

私は涼介に、この作品を、読んでもらいたいと思い始めている。

涼介に読まれたいから、涼介に読ませたいから、私はこの作品を書く。

きのうまではそんなこと、思ってもいなかった。むしろ反対のことを思っていた。でもきょうは、今は強く、胸が疼くほど思っている。終わってしまった私の恋を、悲しい私の恋の物語を、私は涼介に読まれたい。

読まれて、コメントを書き込まれたい。いいコメントばかりじゃなくていい。辛口のコメントでもいい。同情も理解もされなくていい。感動してくれなくてもいい。ただ、読んでもらいたい、涼介に。飛べない小鳥を、この私を――。

Profile

小手鞠るい

1956年岡山県生れ。同志社大学法学部卒業。1981年「詩とメルヘン」賞、1993年「海燕」新人文学賞、2005年『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞、2009年絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん』(絵/北見葉胡)でボローニャ国際児童図書賞を受賞。主な著書に、『美しい心臓』『アップルソング』『君が笑えば』『テルアビブの犬』『星ちりばめたる旗』『炎の来歴』など多数。アメリカ、ニューヨーク州在住。

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
  • ビオレタ

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