ラストは初めから決まっていた

小手鞠るい

ラストは初めから決まっていた

16

書く男(2)


左右両方の人さし指で、左右のまぶたの下をごしごしこすりながら「バーカ、おまえ何してるんだよ。こんなことしたら、目の下のクマがさらに濃くなってしまうだろうが。熊がパンダになってどうするんだよ」なんて思いながらも、ついこすってしまったあと(緊張してるときの、癖なんです、これ)、ぱっと指を離して、すばやく大きく吸い込んだ息を吐かないまま、
「このままだと僕」
と言ってしまった僕の言葉は、当然のことながら息にからまって、もつれて、くらげみたいにふにゃふにゃになり、まともな言葉として、口の外へ出てくることはできなかった。言葉の消滅。息の勝利。生理的現象は、言語機能に勝るってことを、図らずも証明してしまった。このシチュエーションでは、なんとも不毛で不要な証明である(早く、話を前に進めろよ)。
当然のことながら彼女には、僕がなんて言ったのか、わからなかったはずだ。
だめだ。ちゃんと息を吐いてから、言わなきゃ。
深呼吸をひとつ。鼻から吸って、鼻から出す。鼻は口ほどにものを言う。
「このままだと、僕の目は数年後には、いやもっと早く、かもしれないけど、見えなくなるだろうってことが判明して、でもアメリカの大学病院で、僕の目の状態に興味を持ってくれている医者っていうか、研究チームみたいな人たちがいて、だから僕は近いうちにアメリカへ行くことになってて、だけど、せっかく行くんだったら、ついでだから向こうの大学に転入留学させてもらって、勉強しながら治療もするってことにして。だからアメリカへ行ってしまったら、堂島さんにはもう二度と、会えなくなるかもしれなくて」
ここまでを一気に述べた。やたらに接続助詞(だったっけ?)の「て」の多い文になっていた。韻を踏ませようなんて、思っていたわけではなくて。
彼女は、うさぎの模様のついたパステルカラーのマグカップを手にしたまま、しどろもどろな僕の「て話」に耳を傾けている様子だったが、そこで僕の話が一瞬、途切れたわけだから、普通だったらここで「それで?」とか、「まさか」とか、「ほんと?」とか、「そうなの?」とか、「えっ、嘘でしょ」とか、なんらかの相槌的な言葉が入るはずなんだが、彼女の反応は全然、普通じゃなかった。
どんな反応だったかと言いますと(と、もったいぶる男)。
「そんな寂しいこと、言わないで」
だったんであーる!
さ、さびしいことって?
じゃあ、あれですか、堂島さんは僕がアメリカへ行くことが、あなたにとって「寂しいことである」と言いたいわけですか? それって、それって、なんか、失恋じゃなくて、つまり、失恋なんかじゃなくて、その逆の現象が起こりつつあるかもしれないって、思っていいってこと? ありえない!
などと、脳内をぐらぐら沸騰させている僕に、堂島さんは静かに、まるでガスの火を止めるようにして言ったのだった。 
「それに、会えなくなるなんて、おかしいよ。だって、会おうと思えば、会えるじゃない? たとえば、私がアメリカへ行っちゃえば、会えるわけでしょ? 留学って、どれくらい行くの? 長いの?」
彼女の反応が、目のこと、ではなくて、アメリカ留学に、より比重のかかったものであるのは、どういうことなんだろう? 彼女は、僕の目について、何か感づいていたんだろうか? それともこれは、彼女の気配りみたいなもの?
いろんなことを思いながら、僕は押し黙っていた。
どう答えたらいいのか、皆目、わからなかった。こんな展開は、予想もしていなかったのだ。目のことには、同情してもらえるかもしれないと思ってはいたものの、それ以上のことを彼女に期待していなかった。僕はただ今夜「好きだったよ。ありがとう。さようなら」の三語を、彼女にダイレクトに伝えることができたら、それできっぱりと、この、もやもや・もわもわ・ふわふわ・ざわざわした素敵な胸のふるえ(これが、恋というものなのですよ、みなさん)を、人生最後の思い出にできると思っていたんだ。だからここへ来たんだ。深夜の押しかけ男となって。
最後の思い出?
そう、目に見える人生の思い出としては、最後の思い出に――。

ぬるくなりかけているコーヒーを飲み干して、僕は体の向きを変え、彼女の目をまっすぐに見つめた。僕の大好きな瞳だ。こんがりローストしたアーモンド色の瞳だ。それはそのまんま、僕の愛した雪丸の瞳だ。そしてこの瞳が、別の男を見つめているのを、僕は見つめつづけてきた。ときには指をくわえて、ときには地団駄を踏んで。
今、彼女は僕を、僕だけを見つめ返してくれている。そのことを、これは奇跡ではないかと思っている僕がいる。少なくとも今、ここにあるこの世界は、僕たちふたりだけの世界なんだ。苦しい横恋慕はきょう、このときのためにあったんだ。
そのとき彼女は、僕の向かい側じゃなくて、右斜め前に置かれているひとり掛け用の椅子に座っていた。僕は応接用の長椅子の上だ。ここが、ギャラリー内の応接スペースであり、鑑賞用のスペースでもあるのだろう。
会場では、水彩画のイラストレーターの絵本の原画展が催されていたが、僕の目には何も見えていなかった。海も空も青じゃなくて、白だった。視力のせいじゃない。そのときの僕にとって、彼女の肖像画以外は、何も見えていなかったということだ。世界全体が、壁の絵をふくめて単なるBGMに過ぎなかったということだ。
「留学が、長くなるか、短くなるか、それは今はまだなんとも言えなくて」
「短くなる場合もあるんでしょ。だったらまた、会えるじゃない?」
「だけど、今、こうして会っているようには、会えなくなるかもしれなくて」
 てが多いんだって(黙ってろ、外野の男)。
今度はすぐさま質問が飛んできた。
「え? どういうこと?」
「だから......」
 喉の奥で、言葉と気持ちがもつれ、からみあっている。ここから先を話すのは、楽観的な僕としたことが、悲観的にならざるを得ない。しかし彼女にはあくまでも、明るく強く前向きな男としての僕を記憶していて欲しい。
「だから?」
「うん、順番に話すね」
それから僕は、それまで組んでいた足を組み直して、長椅子の上に置いてあった鞄の中から書類を取り出して(足と書類の順番、逆だったかもしれない)、それを彼女に手渡して見てもらいながら、簡単な説明を試みた。両親だけが知っていることで、親しい友人にも、親しくない友人にも話していないことだった(あ、凛子先生は例外だ。凛子先生は、編入留学に必要な僕の取得単位があと一単位、足りなかったのを補うために、文学部の学生ではない僕に、夏期講座の受講を特別に許可してくれたのだった)。しかし彼女には、彼女だけにはできるだけ正確に、知っておいてもらいたかったんだ。僕の目の病気と今後のことなどを。

僕と目の関係は、ひと筋縄ではいかないもので、複雑にこじれている。
今夜、会ってもらえることになったら、と想定して、あらかじめ頭の中で整理してあった経緯と現状を、できるだけわかりやすく、彼女に伝えた。
事の発端は、小学四年生だったとき、つまり、まだ奈良の王寺町に住んでいた頃、公園で、友だちとボール遊びをしているさいちゅうに、ボールの種類はソフトボールだったんだけど、それが僕の左目に近距離からストレートに当たってしまったこと。
僕はその場でぶっ倒れて、すぐに病院に運ばれ、手当てをしてもらった。幸いなことにそのときには、角膜にも損傷はなくて、大事には至らなかったんだけれど(医師からはそういう説明を受けていたらしい)、その後、東京へ引っ越して、中学生になった頃から、ボールに当たらなかった右目の視力が、がくん、がくん、と、階段を踏み外すような勢いで落ちていった。つまり、だんだん悪くなるのではなくて、急にストーンと悪くなった。
片方の視力だけが極端に悪いために、僕はしょっちゅうつまずいたり、転んだりするようになった。なんでこういうことになるのか、眼科の病院の先生にもわからないと言われた。目というのは不思議なもので、片方の状態がひどく悪くなると、もう片方も影響されて悪くなっていくらしい。
しばらくのあいだ、右目だけにコンタクトレンズを入れていたんだが、そのうち左目も猛スピードで悪くなっていった。水晶体を抜いてしまって、わざと遠視にしてしまう手術を受けるか? なんて話も浮上したが、それはしなかった。なぜなら、同じ手術をした人の中に、六十代を過ぎてから失明してしまった人がいるとわかったから。
もしかしたら、やっぱり、あのときソフトボールが当たったせいだったのかもしれないね、というような話が、家の中で出るようになっていた。「医療過誤」という言葉の存在を知ったのも、その頃のことだ。
そんな話の途中で、彼女はふっと天井の方を向いて言った。
「小学四年生っていうと、雪丸くんが亡くなってしまったときだね」
なんだかそれだけで、僕の胸は詰まった。
なんでそんなことまで、覚えてくれてるんだ?
ソフトボールが関係しているのかどうか、いまだに不明ではあるけれど、さまざまな検査を受けているうちに、わかった。僕の目はもともと、非常に珍しい難病を患っていて、それがなんらかの原因で急に悪化してきたということだった。
それからあとも、いろんな検査や治療を受けながら、だましだましやってきたわけなんだが、ここ一、二年のあいだに、症状は急激に悪化してきている。
現在の症状としては、横は見えるが、前が見えにくくなってきている。細かい字は見えるのに、大きな字が見えないこともある。昼間でも目の前が暗くなっていく、んじゃなくて、だんだん白くなっていく、という感じかな。僕自身にもうまく説明できない症状が、ほかにもいろいろある。
「でね、夜、寝る前にはいつも、あしたの朝、起きたとき、まったく見えなくなっていたらどうしようなんて、思ったりして」
一応、へらへら笑いながらそう言ったつもりではあったんだが、声は笑い泣きみたいになってしまっていたかもしれない。だって、この不安は正真正銘の怪物みたいな不安で、僕は夜、寝る前に目を閉じるのが怖くてたまらないのだ。目をあけたまま、眠れたらどんなにいいかと思えるほどに。
だけど、彼女には、同情はしてもらいたくなかった。同情して欲しくなんか、ない(ここへ来るまでは、同情だけでもいいかなって思っていたのだが)。
アメリカでの治療が成功するかどうか、保証はまったくない。下手をしたら、手術が失敗して、完全に失明してしまうリスクだって抱えている。それでも行ってみようと思ったのは、僕なりのチャレンジのつもりだった。
だから僕は将来、しかも近い将来、目の見えない男になる可能性がある。言っておくが、それは視覚障害者になる、ということではない。あくまでも、視覚に問題のある、普通の男だ。僕は決して障害者ではない。挑戦者なのだ。それはまあちょっと脇へ置いておき、どうせ見えなくなるなら、やれることをすべてやってからがいいと思った。あのときアメリカへ行っておけばよかったって、後悔したくない。
そこまで話したとき(もちろん「同情してもらいたくない」うんぬんの部分は、地の文であって、台詞ではない)、彼女は椅子から立ち上がって、僕の手からマグカップを受け取り、自分のカップといっしょに、湯沸かし室みたいなところまで持っていき、もどってきてから、独り言をつぶやくように言った。
「そうだったんだ、だから熊野くん、小説にあんなことを書いたんだ」
「は? そんなこと?」
「熊野くんの片思いの恋が成就したら、相手を不幸にするかもしれないって、書いてたじゃない? でも、大丈夫だよ。ふたりとも不幸になる、なんてことは、絶対にないと思う」
自分で自分の書いた小説の一部を、忘れてしまっていた。今、思い出した。「横恋慕」の章に、僕はこう書いたんだった。

なぜなら、僕の恋が叶うと、ふたりとも不幸になる。僕だけじゃなくて、彼女をも不幸にしてしまう。愛し合ったら、幸せにはなれない。そんなの、悲し過ぎる。だろ?

「私、あのあとに出てくるフレーズ――『恋愛っていうのはさ、男子一生の仕事じゃないか』ってところ、すごく好きだった。コメントにもそう書いたでしょ。熊野くんはアメリカへ行っても、向こうで何があっても、不幸になんてならないよ。彼女もならないと思う、絶対」
絶対、って、二度も彼女は言った。
「どうしてそんなことが、堂島さんにわかるの?」
鎌をかけてみた。ずるい男だなと思ったけれど、かけずにはいられなかったんだ。
きみは、僕の好きな人が今、目の前にいるきみなんだってことをわかった上で、そう言っているのか? だとしたら、僕は世界一、幸福な男じゃないか。
そんなの、幸せ過ぎる。だろ?

Profile

小手鞠るい

1956年岡山県生れ。同志社大学法学部卒業。1981年「詩とメルヘン」賞、1993年「海燕」新人文学賞、2005年『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞、2009年絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん』(絵/北見葉胡)でボローニャ国際児童図書賞を受賞。主な著書に、『美しい心臓』『アップルソング』『君が笑えば』『テルアビブの犬』『星ちりばめたる旗』『炎の来歴』など多数。アメリカ、ニューヨーク州在住。

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