ラストは初めから決まっていた

小手鞠るい

ラストは初めから決まっていた

22

悠久の鐘(1)

結だ。

誰がなんと言っても、結だ。

欠でも決でも潔でもなくて、結だ。

結とは何か? 

決まってるだろ、尻と書いて「ケツ」と読む、あのケツだよ(下品でごめん)。そうだ、びりっけつのケツさ。つまり、いちばんうしろだ。つまり、この小説の最後の章だ。ラストだ。

結を書いたら(=読まされたら)、あとはもうない。

正確に言うと、ある。あるのは現実だけだ。

小説がハッピーエンドであろうが、なかろうが、そのあとにあるのは、現実だけだ。悲しい現実なのか、幸せな現実なのか、そんなこと、僕の知ったことではない(ほんとは、ものすごく知りたいんだけど)。

僕の尊敬してやまないある作家が、こんなことを書いていた。

<小説には、結末は必要だが、結論は必要ない>

わかったような、わからないような、でも、なんとなくわかるような気が、最初に読んだときにはしていた。

でも今はよくわかる。今ならわかる、と言うべきか。

あくまでも僕なりの解釈ではあるけれど、僕にはわかる。

どんな小説にもかならず、最後の一行というものがある。最後の一場面があって、最後の一段落がある。

それが結末だ。

結末がなかったら、作品は「いつまでもつづく」になってしまうか、あるいは、単なる「書きかけ」のままで終わってしまう。書き上げられないまま、作者が死んだってこともあるかもな(言っておくけど、僕は死なないし、主人公も彼女も死なない。どっちかが死んで終わるラブストーリーほど、僕の嫌いなものはない)。

何はともあれ、そういうわけで、小説には結末が必要だ。

しかし、結論は必要ない。

なぜなら小説は、論文ではないからだ。理論ではないからだ。無論、思考でもないし、見解でもないし、法則でもない。だから、結論なんて出さなくていいし、書かなくていいし、読まされなくていい。そういうことだ。

ここで、とある大学の、とある夏期講座の、とある先生の言った言葉を紹介しよう。

確か、授業の初日に教室で聞かされた言葉だった。

結末を書くに当たって、僕はこの言葉を座右の銘としたい。

――時代遅れと言われても、「ださい」「うざい」と笑われても、きみたちは清らかなものを書くの。「清らか」の意味は、わかるわね? 清潔で透明で純粋で、きれいで美しくて初々しくて......要は、聖なる作品、ということ。世の中には、汚いもの、醜いもの、目を背けたくなるような、おぞましい言葉があふれている。嘘だと思ったら、インターネットに入ってみなさい。そこには、ごみのような文章が垂れ流されている。だからこそ、きみたちは清らかな、ありえないくらい清らかな作品を書かなくちゃいけない。意志を持って、信念を貫いて、聖なる作品を書かなくちゃならない。

これからここに、僕が書こうとしているのは、聖なる作品の聖なる「結」だ。

書く前にひとつ、読んでくれている人たちに、謝っておきたいことがある。

いつものことだが、前置きが長くて済まない(きょうから「前置き男」って呼んでくれていい)。

覚えてくれているかどうか、わからないけれど、「転」の章の最後に僕は「僕には『結』を書く時間は残されていない」と、書いた。あのときには実際、時間はないだろうと思っていた。週末は上京して、病院に缶詰になる予定だったから。

先生にも、事情は伝えておいた。優しくて気前のいい先生は「単位はあげる」と、言ってくれた。ずっとあとになってもいいから、作品を最後まで書き上げて送る、という条件付きで。

ところが、なんとしたことか、幸か不幸か、僕は東京からそのまんま、アメリカへ高飛びすることになっちまったのである。

僕はあわてた。あわてふためいた。

渡米する前に、どうしてももう一度、彼女に会っておきたかった。

会って、別れを惜しみたかった。

会って、次に会う日を決めて、約束の指切りをしたかった。

だって、そうだろ。あんなにいい感じに盛り上がっていたんだよ。あともう一歩で、結婚の申し込みだってできそうな気配だったんだ(ほんとかよ?)。

それらが全部、ふいになっちまった。

なっちまった代わりに、僕には「転」を書く時間ができた。

それが今、この時間だ。

僕は今、成田を飛び立って、ニューアーク空港へ向かう飛行機に乗っている。

今しがた、シートベルト着用のサインが消えて、水平飛行に切り替わったところだ。

携帯用のパソコンを取り出して、スイッチをオンにした。

よし、これから「結」を書く。

正確に書くと、これから「結」を話す。パソコンには、音声で文章が書けるソフトをダウンロードしてあるんだ(どうだ、参ったか?)。

いいか、皆のもの、『たとえもう二度ときみに会えなくても』の結末は、こうだ。

いいか、目をあけて、しっかり読んでくれ。

ただしこの結末は、おまえらに宛てて、じゃなくて、ただひとりの人に宛てたラブレターの形式を採らせてもらう(能書き男、健在!)。

ことりちゃん

きょうも朝からずっと、ことりちゃんのことばかり、考えていました。今も思っています。僕にとって、考えるということは、思うということなのです。

どうしているかな、今、どこで、どうしているのかなって、そればかりを思っている。会いたい、会いたい、会いたいって、「会いたい」を何度もコピーペーストしてる。

成田空港にいるときだって、僕はあたりをきょろきょろ見回してばかりいました。ことりちゃんが空港内にいる、見送りに来てくれている、なんてことは、天と地が逆さになってもありえないことなのに、心のどこかで、そんな奇跡が起こらないかなって、期待していました。

夏期講座の最終日、教室へ行ったきみは、僕が欠席していることを知って、どう思ったでしょう。きっと、水くさいなって思ったことでしょう。どうして、メール一通が書けないのって。残念だな、悲しいな、そう思ってくれているでしょうか。

メールが書けない理由については、あとで書きます。

その前に、僕だってね、とても残念だし、悲しいよ。

僕は、きみの書いた「転」の章を読みたかった。こんなことを書くと笑われてしまうだろうけれど、その「転」の章の中に、ほんのちょっとでも僕のことが書かれているなら、僕はそれだけで天に舞い上がりそうになるくらい、うれしいだろうなと思っています。

凛子先生から聞いたと思うし、手紙も受け取ってくれたと思うけど、こんなに急にアメリカへ行くことになって、僕も家族も驚いています。

でも、これって、僕の目にとっては「良いニュース」なんです。角膜移植って、わかりますか? 検査の結果、僕の目の状態にぴったりの提供者が見つかったのです。いろいろな手続きがあるので、一刻も早く渡米するのが望ましい、とのこと。しかも、きょうの夕方の便ならたまたま空席がある、ということがわかったので、こんなにバタバタとすべてが決まりました。

ことりちゃん、渡米前にひと目でいいから、会いたかった。

「ひと目」というのはすごく切実な思いです。

だって、万が一、手術がうまくいかなくて......いや、こんなことを言ったり書いたりするのは、やめます。いや、やめたいのですが、でも恐れているばかりではかえって恐怖が増してくるので、恐怖をやっつけるためにも、えいやっと告白してしまえば、万が一、見えなくなってしまったら、という思いは常に、頭のどこかにこびりついています。たわしでゴシゴシこすり落とそうとしても無理なほど(しつこい汚れって奴?)。

目が見えない男になってしまっても、僕には、ことりちゃんを好きでいる資格はあるのでしょうか? 

ああ、こんなこと訊かれても、困ってしまうよね? ごめん。

ここで、メールが書けなかった理由に移る。

「転」を書く前からすでにそうだったんだけど、キーボードを正確に打つのが、かなり困難になっていました。

キーボード全体はわりとよく見えているんだけど、いざ指で、あるキーを押そうとすると、その直前に、瞬間的にバラバラっと文字が解体したようになってしまって、隣のキーを押してしまう、っていうと、どんな状態かわかる? そんなこんなで、計算機とか、スマホとかの操作がすごく難しくなってきていたのです。だからこの手紙は、音声で書いているってわけ。ことりちゃんに読んでもらいたい「結」を、アメリカに着く前にどうしても書き上げたくて、ボランティアの人に頼んで、音声ソフトを入れてもらいました。

閑話休題(話をもとにもどします)。

ことりちゃん、見えていても、見えなくなっていても、もしもことりちゃんに、もう一度だけ会えるとしたら、僕には「そこで会いたい」という特別な場所があります。

僕の生まれ育った町、王寺町の西の端にそびえている、明神山という山。

「みょうじんやま」と読みます。

そんなに高い山じゃありません。標高、273・6メートル。富士山の孫の孫くらい。

登山路は舗装されていてとても歩きやすく、そうだな、三十分もあれば、山頂までたどり着くことができます。小学生だった僕はこの山を、駆け登ったこともあるんだよ。もちろん、雪丸といっしょにね。

山の頂上からは、三百六十度の絶景が広がっています。

これがすごいんだ。

お天気のいい日には、大阪の方に目をやると、あべのハルカス、明石海峡大橋まで見える。奈良の方に目をやると、法隆寺五重塔、興福寺五重塔、大神神社の大鳥居なんかも見えるし、大和三山と呼ばれている、耳成山、畝傍山、天香久山も見えるし、なんと、京都と滋賀にまたがっている比叡山まで見える! 

まさに、飛鳥時代、奈良時代、平安時代......言ってしまえば日本史を、そのまんま一望のもとに見下ろしているって感じ。江戸時代には、大阪と奈良を結ぶ送迎道(ひるめみち)っていう街道も通っていたしね。

まさに「悠久」を目にしているって感じ。

この山に登って、この悠久の景色を眺めていると、つらいこと、悲しいこと、苦しいこと、嫌なこと、悩み、葛藤、苦労がすべて、生きるための原動力なんだなって、思えてくるから不思議。そういう元気と勇気を与えてくれる山なんだ。

僕はこの山から見える景色を何度も見たことがあるから、もしも見えなくなってしまったとしても、ちゃんと見ることができる。そしてそれは、僕のことりちゃんへの思いにそのまんま重なっている。

僕の目に、もしもきみの姿が映らなくなったとしても、僕にはちゃんと見えている! きみが僕を見てくれているってことが、見えている!

大阪と奈良と京都を、日本の歴史を、悠久を、僕はいつか、ことりちゃんといっしょに見たい。

それが今、日本からアメリカへ向かう空の中で、僕の見ている夢です。

いつだったか、凛子先生が話してくれた「小説の力」を覚えていますか?

「人生には、フィクションが必要なの。物事を知るために必要なのは知識、それから、体験。だけど、それだけじゃだめなの。あともうひとつ、想像と創造によってつくられるフィクション、小説の力が必要なの。虚構の中から立ちのぼってくる真実。言葉で創り上げられたもうひとつの現実。人は誰もがそのようなフィクションの力を必要としているの。生きていくために。現実に負けないで、生きていくために」

僕も必要としています。

「きっと会える」というフィクションの力を。

王寺駅からバスに乗って「明神四丁目」で降りてください。

そこから、明神山の参道が始まります。それが登山路です。

一年後のきょう、山頂にある「悠久の鐘」の下で、僕はきみを待っています。

朝日が昇る時間から、沈む時間まで、待っています(お弁当を持っていく)。

待つことは、苦になりません。

待っている時間に、今年の夏に起こったできごとを、ひとつ、ひとつ、ふり返りながら、きみに出会えた幸せをなぞります。

もう二度ときみに会えないとしても、僕はきみを好きになったことを後悔しない――これがこの小説のラストの一行であり、僕の一世一代の鯉の結末です。 この思いは、生きている。見えている。だから恋じゃなくて、鯉なんだ。

Profile

小手鞠るい

1956年岡山県生れ。同志社大学法学部卒業。1981年「詩とメルヘン」賞、1993年「海燕」新人文学賞、2005年『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞、2009年絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん』(絵/北見葉胡)でボローニャ国際児童図書賞を受賞。主な著書に、『美しい心臓』『アップルソング』『君が笑えば』『テルアビブの犬』『星ちりばめたる旗』『炎の来歴』など多数。アメリカ、ニューヨーク州在住。

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
  • ビオレタ
ポプラ社一般書通信 note

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
  • ビオレタ