札幌あやかしスープカレー

佐々木禎子

札幌あやかしスープカレー

「まちびこ」へようこそ

 札幌市中央区にあるスープカレー屋『まちびこ』は、知る人ぞ知るスープカレーの名店だ。
「スープカレーに正解はない。かといって不正解も、外れもないんです。スープカレーに限った話ではなくすべての料理が食べる人にとっての正解であり、作り手にとっての正解でもある」
 店主の長谷川町彦が、テレビカメラの前で語っている。
 札幌の地方局のお店紹介番組の撮影である。
 作務衣姿のすっきりとした男前の町彦の佇まいは、カレー屋の店主というより、陶芸の名人もしくは武芸の達人のように見える。やけに凜々しい。
 今回の撮影を知り、常連客たちが町彦の晴れ姿を眺めに集まっている。
 昼過ぎから夜までの数時間をボランティアの「子ども食堂」として開放していることもあり『まちびこ』の客たちは年齢も性別もばらばらだ。さらにいうと種族ですらばらばらであり――客たちのなかには"人ならざる者"であるあやかしたちも多いのだ。
 それを、人間の客たちは知らなかったのだけれど。
「正解......ですか。深いですね」
 レポーターが困惑したような曖昧な笑いと共にそう返した。
「そうです。深いです。深いんですよっ」
 町彦がカッと目を見開いた。勢いよく前のめりになり、強くうなずく。
 いまにも相手の手を握りしめるような様子と、眼光の鋭さに気圧されたのか、レポーターが「ひっ」と息を呑んでわずかに後ろに引いた。
「わかってらっしゃる。スープカレーには宇宙がつまってます。ブラックホールというのはつまりスープカレーのことなんですよ。いや、実際にはブラックホールじゃないですよ。でもそんな感じなんだ。なにもかもを呑み込んで大きくなっていくんだな。ビックバンなんですよ」
 対面している彼らのあいだにあるカウンターに、いましがた作ったスープカレーが盛られた器がすっと差しだされた。
 カメラがスープカレーに近づき撮影する。
 今回のスープカレーは仕上げにエスプーマが使われていて、真っ白な泡で表面がこんもりと覆われている。
 白い。

 ――ブラックホールっていってるのに、白いだろ。

 その場にいる誰もが同じことを考えた。でもみんながとっさに浮かんだツッコミの言葉を喉の奥に押しとどめた。
 店主がスープカレーについ語りだすと大仰になることを客の全員が知っている。喩えがおかしいと訂正したらさらに話が斜め下にずれていくことも。
 そして、それはそれとしてここのスープカレーは本当に美味しいのだ。
「――スープカレーに限らず料理とは結局、美味しいか美味しくないかだけのことだとおっしゃる方もいる。その通りなんです。でもそれだけじゃないこともあるのが、料理ですし、人生です。はい、どうぞ。召し上がってください」
 エスプーマできめ細かく泡立てた卵白は雪のようだ。そこにスプーンを立てると、ふわふわの白い泡の下にあるのは、マイルドで優しい味の海老ベースのスープカレー。崩れた泡の下層が、黄色に滲む。
 レポーターが泡とスープとをスプーンにすくって、口に入れる。
「こ......これはっ!?」
 レポーターの丸くなった目と、さらにもうひとさじ、ふたさじとスプーンを使う様子がすべてを語っている。レポーターなのにレポートせずにどうするという話だが、一瞬、言葉を忘れさせるような味なのだ。それだけ旨い。
 常連客たちがにこっと笑って顔を見合わせた。自分たちが撮影されているかのように緊張していたバイトのメガネとそのクラスメートのヒナも。子ども食堂の子どもたちは我慢できずにくすくすと声をたて笑いだす。
 メガネとヒナが自分の唇のひとさし指を立てて「しっ」とジェスチャー。子どもたちきゅっと首をすくめて笑顔のまま口を閉じた。
「美味しいです。それに......なんだろうこれ。すごく......優しい......」
 レポーターはカメラマンを見てから、笑いをこらえている子どもたちに視線を移す。
「いま、もしかしたらちょっと声が聞こえたかもしれないですね。常連のお客さまたちが集まってくださってまして、そのなかには小学生から高校生までのお子さんたちもいるんです。こちらは時間帯によっては子ども食堂のボランティアをされているお店で、そちらのお客さんたちも多いんですよね。この優しいスープカレーは子どもたちの口にもあうでしょうね」
「そうですね。でも今回のこのスープカレー、いつでも出しているわけじゃないんですよ。今日いらっしゃったあなたたち皆さんがお疲れのように見えたので。いつものメニューに少しだけアレンジして出しました。胃に負担をかけるような辛みと刺激はひかえめにして、スープはホッとできるように和に近づけた魚介と海老をベースに、野菜を足してマイルドに仕上げてます」
「いつでも出しているメニューではないんですか?」
「期間限定で個数限定です。売り切れていたらごめんなさい」
 店主はカメラの前で深々と頭を下げた。
「あー、そんな特別なものを食べられて僕は幸せだな。こちら白いスープカレーは限定なのでもしかしたら食べられないかもしれないですが、他にもたくさん美味しいスープカレーがありますので、皆さん、どうぞ、スープカレーを食べたくなったときには『まちびこ』に。オススメですよ」
 レポーターがそう締めて、カメラマンが「はい、カット」と言う。
 肩に担いだカメラを下げ、レポーターのマイクが外され――その場の空気が一気に緩んだ。
「お疲れさまです」
 店主の町彦はエスプーマを使い、同じスープカレーを作るとカメラマンに差しだした。
「あ、いいんですか」
「このあとすぐに戻って編集作業をされると聞いてます。どうぞ腹ごしらえしてってください」
 カメラマンがいそいそとカウンターに座った。
 ヒナが「えー、いいな」とうらやましそうな声を出した。
「メガネ、俺もあれが食いたい。今度作って、食わせろよ」
「俺には無理だよ」
「無理とかいうなよ。やればできるかもしんないだろ。自分で自分の可能性を狭めるなよ。俺とアメちゃんのために......ぜひともっ」
「食べたいのはヒナなのに、なんでアメちゃんまで持ちだす!?」
 いつもながらのヒナの無茶ぶりにメガネは困った顔になる。
 しかしそのふたりのやりとりに、
「え、アメのことメガネが持つの? アメは実はかなり重たい女だと町彦に言われましたが、いいのかなー。持ってもらいたいけれども」
 アメが真顔でつぶやいた。
 重たい女って、なんだそれ。持ってもらいたいっていうのも、なんだ。
 眉間にしわを寄せてうなだれているアメは、ただひたすらに可愛い女の子だった。その正体がケモミミとケモシッポを持つあやかしであるとわかっていても――可愛いものは、可愛いのである。金色に近いくるくるの巻き毛をしたドールみたいな美形で、ひらひらのドレスを着た小さな女の子。
 アメがことのほか深刻な顔をしている様子が、きまじめすぎて逆に愛おしくなり、達樹は条件反射みたいにアメの頭をわしわしと撫でた。
「えへへー」
 アメの眉間のしわがほどけ、すぐにぐんにゃりと身体が斜めに揺れる。
「アメはメガネに撫でられるのが好きでしたー」
「うん......」
 というような三人をちらっと見てから――。
 店主が、スタッフ分の水の入ったグラスとスープカレーの入った器をカウンターに並べた。
「うちの店のドアをくぐった者が何者であっても、空腹のまま外に出すわけにはいかない。それが、うちの店なんです」
 微笑んだ店主に、客たちが「何者であっても」「あってなくても」「かっこいい」「いい店だー」と口ぐちに言って拍手喝采を送ったのである。

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Profile

佐々木禎子

北海道札幌市出身。1992年雑誌「JUNE」掲載「野菜畑で会うならば」でデビュー。著書に「ばんぱいやのパフェ屋さん」シリーズ、『札幌あやかしスープカレー』(以上、ポプラ文庫ピュアフル)、「薔薇十字叢書」シリーズ、『暁花薬殿物語』(以上、富士見L文庫)などがある。

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