座敷童子の幸せごはん

座敷童子の幸せごはん

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座敷童子の幸せごはん 福まねき寺で謎解きを

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序  

 江戸時代の話。

 村に料理人を志すひとりの若者がいた。

 農家の次男だった彼は、あるとき村長のお供で江戸に出て、料理屋の料理を食べ、そのおいしさとうつくしさに感動したのだ。  

 村には料理屋がなかったので、彼は江戸に出て修行を重ねた。

 元々真面目な性格で、手先も器用。才能もあったのか、みるみるうちに頭角をあらわした。

 そして、ついには江戸でも有名な料理屋をまかされるようになった。

 その店は、高級な食材を贅沢に使うことで知られていた。

 刺身は一尾の魚からほんの数切れしか取らず、果物は旬のものを日本中から取り寄せた。

 料理に使う野菜も、市場から山ほど買い集めたあげく、見栄えの悪いものは捨て、皮はできるだけ厚くむき、その食材の一番きれいに見えるところだけを客に提供した。

 その名声は江戸中に鳴り響き、流行りの店を並べた料理本にも掲載され、噂を聞きつけた客が日本中から押し寄せた。

 ところが、店が繁盛するにつれて、彼の心はぽっかりと穴が空いたようになっていった。

 豪華な器や贅をこらした食事が、むなしいものに思えてきたのだ。

 そんなある日、彼の元に故郷から、母が亡くなったという知らせが届いた。

 いくら江戸に呼んでも、生まれ育った村を離れなかった母だった。

 葬儀を終えてからも、店に戻る気になれず、彼が村の中をふらふらと歩き回っていると、寺の前で赤茶色の着物を着た子どもが、手招きするのが見えた。

 境内をのぞくと、住職が近所の者たちを集めて、汁物をふるまっている。

 彼に気づいた住職は、愛想よく声をかけた。

「よろしければどうぞ。温まりますよ」

 彼は吸い込まれるように椀を手にとった。

 それはなんの変哲もない、けんちん汁だった。

 江戸で彼がつくってきた高級な料理とは、比べるべくもない。

 使っている野菜は形も悪く、皮やヘタまで入っている。豆腐は落としでもしたのか、ぐずぐずに形が崩れていた。

 ところが、口にするなり、彼の目からは涙が溢れてきた。

 彼が戸惑っていると、

「心がお疲れだったようですね」

 住職がそう言って微笑んだ。

 彼が求めていたのは、美しく飾られた料理ではなく、生まれ育った畑の味だったのだ。

 それからしばらくして、彼は江戸の店を辞めると、村に小さな料理屋を出した。

 特別な材料を使っているわけではない。

 食材を無駄にせず、味や栄養を考えてつくられた料理は、見栄えはよくなかったが、人の心をつかんで、店は繁盛した。

 彼はその儲けを子どもたちのために使った。

 幼い頃、腹を空かせることも多かった彼は、子どもには無料で料理をふるまった。

 そんなある日、食通として有名な老人が、店を訪れた。

 昔は彼の江戸の店に通いつめたこともあり、彼が故郷で店を出したと聞いて、好奇心でやって来たのだ。

「この店で一番上等な料理を」

 老人の注文に、彼は顔色ひとつ変えず、いつもと同じ野菜の皮の入ったけんちん汁を出した。

 老人は一瞬顔をこわばらせたが、一口食べて、表情を変えた。そして、これこそ大地の味であると、大変に感服した。

 その噂は江戸にも伝わり、遠方からも客が訪れるようになって、店はいっそう繁盛した。

 しかし、それでも彼は、店を大きくすることも、江戸に戻ることもなく、この村でずっと料理をつくりながら、幸せに暮らしたそうだ。

 『福招寺(ふくしょうじ)縁起』より抄訳  

第一話 座敷童子の幸せごはん

 剛徳寺の立派な門をくぐると、はじめに目に入ったのは、境内の中央に設置された大きなステージだった。

 お芝居なんかでよく使われる、〈平台〉と呼ばれる平べったい台を組んで、その上にパイプ椅子を並べている。

 どうやらここが、オープニングで高校の吹奏楽部が演奏するメインステージのようだ。  そのまわりでは、クリーム色の業務用テントが、着々と出店準備を進めていた。

 その活気溢れる光景を、ぼくが眺めていると、

「あれ? 修平くん?」

 赤い法被をはおった女の子が、手を振りながら近づいてきた。

 手を振り返そうとしたぼくは、女の子が手にしているものに気づいて、反射的に後ずさった。

「和美、それ」  

ぼくの指摘に、和美は「あっ」と声を上げて、手にしていた金槌を下ろすと、

「ごめんごめん」

 と笑った。  

 横山和美は中学時代の同級生だ。卒業前に半年ほど付き合ったことがあって、高校が別々になって自然消滅したんだけど、先日、和美のおばあちゃんの法事で再会したのをきっかけに、時折連絡を取るようになっていた。

 いまは介護系の専門学校に通いながら、劇団に所属してお芝居の勉強を続けているんだけど、今日はその経験を生かして、平台などの会場設営を手伝っているようだ。

 和美は腰に巻いたベルトのポケットに、お芝居の世界では〈なぐり〉と呼ばれる金槌を放り込むと、

「あっちにいなくていいの?」

 と聞いてきた。

「あっち」というのは、ぼくが副住職代理をつとめている福招寺─通称「福まねき寺」のことだ。

「うん。準備はだいたい終わったから。それより、清隆さんに呼ばれて来たんだけど......」

 ぼくは首を伸ばしてあたりを見回したけど、ぼくより五つ年上の、剛徳寺の副住職の姿はどこにも見当たらなかった。

「清隆さんなら、たぶん本部じゃないかな」 「そっか。ありがと」  ぼくは和美に手を振って、一際大きなテントに向かって歩き出した。

 たくさんの人が、忙しく動き回っている。

 ジャージーか制服を着ているのが高校生で、赤い法被を着ているのが地元の商店街の人たちだ。

「よいしょっ! よいしょっ!」

 威勢のいいかけ声とともに、ジャージー姿の男子高校生たちが、巨大なアーチ形の看板を運んでいく。

 門の前に設置するその看板には、見事な達筆でこう書かれてあった。

〈秋の大合同文化祭in剛徳寺〉

 きっかけは、妹の美月も通っている地元の高校の耐震工事が、台風の影響で長引いていることだった。

 そのせいで、秋の文化祭が縮小されるらしいと聞いた、高校OBで剛徳寺副住職の鹿島清隆さんが、

「だったら、高校と商店街の合同で、秋祭りをしませんか」

 と提案したのだ。

 ちょうどその頃、清隆さんは地元の商店街からも、

「最近、大型スーパーに押されて売り上げが落ちている。どうにかならないだろうか」

 という相談を受けていたらしい。

 これが、ただのOBでただの副住職だったら難しかったかもしれない。

 だけど、なにしろ清隆さんは眉目秀麗文武両道、高校の頃は通っていた学校だけではなく、近くの女子校にまでファンクラブがあったという伝説の持ち主で、さらに副住職として地元の人々の信頼も厚かったため、あっというまに関係各所に協力を取り付けて、合同文化祭を実現したのだった。

 ちなみに、高校の文化祭の方は先々週に行われて、こちらも大盛況だったらしい。

 今日は合同文化祭ということで、境内には高校と商店街が協力したお店が並んでいた。

 たとえば手芸部の場合、クラブでつくった手芸品の販売だけではなく、商店街の手芸用品店と協力して、フェルトの動物など子どもでもできるような、簡単な手芸教室を開く予定になっている。

 クラブにとっては、日頃の成果を地元の人に知ってもらういい機会だし、お店にとっても、手芸に興味を持ってもらえたら、売り上げにがる可能性があるというわけだ。

 ほかにも、写真部が地元の写真店と協力した「絶対失敗しない自撮り講座」や、文芸部が本屋さんと協力して、お客さんの好みからお勧めの本を選ぶ「本のカウンセリングルーム」が予定されていた。

 その結果、想定よりも規模が大きくなったため、ぼくの実家である福招寺の境内を、第二会場として使うことになったのだ。

 ぼくは当然、あちらの設営を手伝っていたんだけど、大会実行委員長である清隆さんに突然呼び出されて、自転車を飛ばしてこちらにやって来た。

 ところが、その清隆さんが、どこを捜しても見当たらない。

 人を呼び出しておいて、いったいどこにいるんだろう、と思っていると、

「やあ、修平くん」

 背後から、くぐもった声が聞こえてきた。

 振り返ったぼくは、ギョッとして固まった。

 目の前に立っていたのは、作務衣を着たタコの怪物だったのだ。

「すまなかったね。忙しいところ、呼び出したりして」

 怪物がスポッと頭を外すと、その下から清隆さんのさわやかな笑顔があらわれた。

「清隆さん、なにしてるんですか」

 ぼくが呆れて言うと、

「なにって、もちろん宣伝だよ」

 清隆さんは手にしていたチラシを一枚こちらに差し出した。

〈秋の大合同文化祭in剛徳寺〉の文字が躍っている。

「ポクポくんで配ってたんですか?」

 ぼくは目を丸くした。

 ポクポくんというのは、このタコの怪物の名前だ。

 清隆さんが考案した剛徳寺のゆるキャラで、実際はタコではなく、木魚をモチーフにしているんだけど、丸い頭と大きな目、その下の足のような模様から、近所の小学生の間で「タコ男が出た」と恐れられ、あまつさえ、福招寺に退治の依頼まで来るほどだったのだ。

「まさか、これをかぶってチラシを配ってこいって言うんじゃないでしょうね」

 ぼくが警戒しながら言うと、 「ぼくが修平くんに、そんな無茶を言ったことがあるかい?」

 清隆さんは涼しい顔で言った。

 しょっちゅうです、という言葉を、ぼくがすんでのところで飲み込んでいると、

「リングの設営を手伝ってほしいんだよ」

 清隆さんはそう言って本堂の方を振り返った。

「リング?」

 清隆さんの視線の先を追うと、メインステージの隣に、太い杭が立てられているのが見える。

「あそこにプロレスのリングをつくりたいんだ」

 清隆さんの話によると、合同文化祭の話を聞いた近くの大学のプロレス同好会が、ぜひデモンストレーションをやらせてほしいと言ってきたのだそうだ。

 お寺の境内でプロレスってどうなんだろう、という気もしたけど、同好会がやろうとしているのは、格闘技というより、大人も子どもも楽しめるヒーローショーのようなものらしい。

「今日は、そのサークルのOBの覆面レスラーもゲストで来てくれるんだけどね......」

 怪我がきっかけで第一線を退いたけど、現在も後進を育てながらリングに上がる、現役の人気プロレスラーなのだそうだ。

 ただ、どうやら到着が遅れているらしく、その覆面レスラーを迎えに行った人たちがまだ戻ってこないので、人手が足りないのだと清隆さんは言った。

 そういうことなら仕方がない。

 本部に戻るという清隆さんと別れて、ぼくはリングの設営に加わった

。  杭を地面に固定して、ロープを張る。けっこうな力仕事だ。

 途中で休憩して、頭上を仰ぎ見ると、秋の青い空に、千切った綿のような白い雲が浮かんでいる。

 本来ならいま頃は、ぼくも普通の大学生として、キャンパスで文化祭の準備をしているはずだった。

 ところが、大学生活も二年目に入った今年の夏、実家で副住職をつとめていた五つ上の兄貴が突然失踪したため、現在はぼくが大学を休学して、副住職代理をつとめているのだ。

 はじめは戸惑いもあったし、どうして自分が......と思うことも多かったけど、お寺の生活を通していろいろな人と出会い、様々な経験をしていく中で、最近ではこの生活も悪くないなと思えるようになってきた。

 兄貴もどこかでこの空を見上げているのかな......そんなことをぼんやりと考えていると、

「きゃー!」

 近くのテントから、突然悲鳴と、椅子が倒れるような音が聞こえてきた。

「どろぼう!」

 怒鳴り声に追いたてられるように、赤い法被を着た中年の男がテントを飛び出して、手提げ金庫を振り回しながらこちらに向かって走ってくる。

 まわりを見回したけど、男が門を出る前に、間に合いそうな位置にいるのはぼくだけだ。

 ぼくはとっさに、両手を広げて男の正面に立ちはだかった。

「待てっ!」

 ところが、男はひるむどころか、さらに速度を上げて、 「どけどけっ!」  とわめきながら、手提げ金庫を振り上げた。

 思わず頭をかばったぼくは、さいわい金庫で殴られることはなかったけど、突き飛ばされて砂利のうえに転がった。

 そのまま寺を出て行こうとした男だったが、

「うわっ!」

 ちょうど門をくぐろうとしたところで、なにかに弾きとばされて、砂利の上にしりもちをついた。

「この野郎! ぶっ殺すぞ!」

 顔を上げて、金庫を振り上げた男は、次の瞬間、ぽかんと口を開けて言葉を失った。

 男の前に立っていたのは、タンクトップからはちきれそうな筋肉がのぞく上半身に、黒いタイツをはいて、顔には炎が燃え上がる図柄の覆面をつけた、二メートル近い大男だったのだ。

「そいつ、どろぼうですっ!」

 同好会の誰かが叫んで、覆面の大男が、じろりと中年男を見下ろした。

 金庫を投げ捨て、這うように覆面男のそばを通り抜けようとした男は、またすぐによろよろと後ずさりしてきた。

 覆面男の後ろから、覆面こそしていないものの、ボディビルダーのような屈強な男たちが次々とあらわれて、男の行く手を阻んでいたのだ。

 男はいまにも泣き出しそうな顔で、その場にぺたりと座り込んだ。

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