座敷童子の幸せごはん

座敷童子の幸せごはん

2

座敷童子の幸せごはん 福まねき寺で謎解きを

福まねき寺_astaバナー.jpg

「遅い!」

 福招寺の門をくぐると、美月の鋭い声が飛んできた。

 高校の制服の上からエプロンをつけて、頭には手ぬぐいをまいている。

「十時半には戻ってきてって言ったでしょ。なにしてたのよ」

 腰に手をあてる美月に、ぼくは手刀を切った。

「ごめんごめん。実はちょっと、警察の事情聴取を受けてて......」

「事情聴取?」

 美月が目を丸くして聞き返した。

「修ちゃん、なにをやったの?」

「なにもやってないよ」

 ぼくは慌てて事情を説明した。

 男は置き引きの常習犯で、お祭りの開始前なら油断してるだろうと考え、お釣り用に用意していたお金を金庫から抜き取ろうとしていたらしい。

 確かに、お祭りがはじまったらスリや置き引きには注意するけど、はじまる前は警戒心も薄い。なにより、お釣りの金額をそんなに正確に把握しているわけじゃないから、多少抜き取られてもなかなか気づかないだろう。

 男の誤算は、途中で準備中の高校生に気づかれたことと、覆面レスラーを車で迎えに行った同好会の学生レスラーたちが、ちょうど門の前に到着したことだった。

「─犯人は警察に連れて行かれて、お祭りも予定通りはじまったんだけど、ぼくと同好会の人たちだけ、さっきまで話を聞かれてたんだ」

 美月はぼくの説明を聞き終えると、ふう、とため息をついた。そして、

「考えなしに飛び出して、怪我でもしたらどうするのよ。だいたい、修ちゃんは......」

 ふたたび腰に手をあてて、小言を言い始めたとき、

「美月ー」

 白い手ぬぐいで髪をまとめた、制服姿の小柄な女の子が、美月を呼びに来た。

 たしか、美月と同じクラスで料理部副部長の原田さんだ。

「ねえ、おしぼりってどこだっけ?」

「えっと......」

 美月は女の子と一緒に戻りかけて、すぐに足を止めると、ぼくの方を振り返って、

「ほら、もうすぐ開店なんだから、ぼーっとしてないで、早く手伝ってよ」

 そう言うと、〈お寺食堂〉と看板の出ているテントの方へと走り去っていった。

「にゃあ」

 足元で声がしたので見下ろすと、福まねき寺のマスコット、白猫のシローさんが、赤い法被を着せられている。

 その格好に、ぼくが思わず噴き出すと、シローさんはちょっと不満そうな顔をしながら、ついてこいとでもいうように、テントに向かって歩き出した。

 第二会場の福まねき寺のテーマは〈食〉だった。

 うちの寺には座敷童子をはじめとして、いろいろな言い伝えが残っているんだけど、その中に〈幸せを招く福まねき汁〉というものがある。

 そこでうちでは、商店街の檀家さんにも協力をお願いして、高校の料理部と一緒に、精進料理を中心メニューにした〈お寺食堂〉を出店することにしたのだ。

 ちなみに精進料理というのは、仏教の教えである「殺生」と「煩悩」を禁じる思想から生まれた料理のことで、動物由来の食材である肉や卵はもちろん、匂いの強い食材であるニラやタマネギなども、煩悩を刺激するという理由で使用しない。

 食堂のテーブルに置かれたお品書きには、〈幸せを招く福まねき汁〉をはじめ、〈健康を届ける精進カレー〉や〈願いを叶える精進ケーキ〉など、〈お寺食堂〉らしい料理の名前が並んでいる。

 そして食堂のまわりでは、商店街の協力のもと、野菜をはじめとした食材の即売会が開かれていた。

 食堂も売店も、事前の宣伝のおかげか、開店と同時に次々とお客さんがやって来て、なかなかの盛況だった。

 親父は病院に行かないといけないとかで、調理の方は、母さんと美月、それに料理部の部員たちが、庫裏の台所でわいわい言いながらも、手際よく料理をつくってくれている。

 ホール係のぼくが、注文を取りに走りまわっていると、

「修平ちゃん、がんばってるね」

 珍しくジャケットを着た佐平さんが、にこにこしながらあらわれた。

「佐平さん」

 ぼくは目を丸くして足を止めた。

「お店の方はいいんですか?」

 佐平さんは、お寺の近くにある紅林商店街で古くから営業している〈辰見屋〉という和菓子屋さんのご主人だ。辰見屋はもう何百年も続いていて、佐平さんは十二代目とか十三代目にあたるらしい。

 檀家さんとしても最古参で、現在は檀家さんの代表である檀家総代をつとめてくれている。

 今日はたしか、お店が忙しくて顔を出せないと言ってたはずなんだけど......。

「まあ、せっかくのお祭りだからな」

 そう言いながら、誰かを捜すようにきょろきょろしたかと思うと、

「おーい、晴子さん」

 急に大声を上げて、満面の笑みで手を振った。

 それを見て、品のいい年配の女性が近づいてくる。

 同じく紅林商店街にある〈山本手芸店〉の先代の奥さん、晴子さんだ。

 佐平さんが店を放り出してやって来た理由が分かって、ぼくはひそかに苦笑した。

 数年前に連れ添いを亡くしているこの二人は、佐平さん曰く「ちょいといい仲」らしいのだ。

 二人から注文を受けて調理場に向かいながら、ぼくはふと、大学で同じサークルだった幾瀬さんのことを思い出した。

 幾瀬歩美さんとは学部は違うけど同学年で、前から仲良くなりたいと思ってたんだけど、ぼくが実家に呼び戻されて、大学に通えなくなったことで、逆に距離が縮まって、個人的に連絡を取り合うようになった。

 そして、先月、ぼくが免許を取得したのをきっかけに、ついにドライブデートが実現したのだ。

 実は今回のお祭りにも誘ってみたんだけど、あいにく都合が悪くて来られなかった。

 でも、どうせお祭りに行くなら、お客さんとして一緒にまわりたいな......などと空想していると、

「修ちゃん、なににやにやしてるのよ。さっさと注文取ってきて」

 食堂を仕切っている美月にどやされて、ぼくはホールに急いだ。

 近所の人だけではなく、日頃はあまりこちらに来ない剛徳寺の檀家さんや、駅前でチラシを受け取ったというお客さんも来てくれたので、ありがたいことに、ランチタイムは目が回るような忙しさだった。

 お昼どきが過ぎて、ようやくお客さんも落ち着いてきたので、ぼくが空いている席に腰を下ろして一休みしていると、

「にゃあ」

 足元でシローさんが、ぼくの靴をひっかいた。

 顔を上げると、黒縁の眼鏡をかけた髪の長い女性がひとりで立っていた。

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

 ぼくは慌てて立ち上がって、席に案内しようとしたけど、女性はぼくをじっと見つめて、

「あの......覚えてますか? 以前おみくじを......」

 と言った。

「ああ!」

 おみくじと聞いて、ぼくは手を叩いた。

 いまから一月半ほど前、ちょっとした騒動があった。

 うちのお寺で大吉のおみくじを引いた水崎さんという女優さんが、おみくじの写真と〈恋愛運最高! いいことあるかな?〉というコメントをSNSにあげたのだが、その後、水崎さんの出ているドラマがブレイクして、さらにドラマの共演者との熱愛が発覚したことで、うちが恋愛のパワースポットとして注目され、若い女性客が一気に押し寄せたのだ。

 目の前にいるのは、そのときに、真っ先におみくじを引きに来た女性だった。

「斉藤美鈴と申します」

 斉藤さんはにっこり微笑んで頭を下げた。そして、ちょっと複雑そうな表情を浮かべて、

「あのあと、大変だったみたいですね」

 と付け加えた。

「ええ、まあ......」

 ぼくは苦笑いを浮かべた。

 実は、パワースポットとして注目されたことで、テレビ局が取材に来たんだけど、その取材の最中に、水崎さんが写真を撮った松の木にわら人形が打ち付けられているのが見つかって、大騒ぎになったのだ。

 もちろん放送は中止。だけど、わら人形の噂はすぐに広まって、あっというまに地元の人が立ち寄るだけの平凡なお寺に戻っていた。

「実は、おかげさまで、あのあと彼とうまくいったんです」

 斉藤さんは、かすかに目元を染めながら言った。

「それはおめでとうございます」

 ぼくの足元で、シローさんも「にゃあ」と鳴く。

「ありがとうございます」

 斉藤さんは微笑んだ。

「それで、お礼まいりに来ようと思ってたら、ちょうどホームページでこのイベントのことを知って......」

 ぼくはそこでようやく、斉藤さんを立たせっぱなしにしていることに気がついて、慌てて席に案内した。

 斉藤さんはメニューを見て、わずかに目を見張った。

「精進料理って、こんなに種類があるんですね。お勧めはどれですか?」

「一番人気は、福まねき汁の小椀とカレーの〈幸せセット〉ですね」

「それじゃあ、それをお願いします」

「はい。おまちください」

 福まねき汁は、いわゆるけんちん汁で、ゴボウやニンジン、大根などの根菜と、こんにゃくや豆腐を、昆布とシイタケから取った出汁で煮込んで、油で味付けしたものだ。

 さすがにヘタは入れてないけど、言い伝え通り、野菜の皮も食べやすく切って、なるべく無駄がないようにしてある。

 五分ほどで注文の料理を運んでいくと、斉藤さんはメニューの裏側に載せた福まねき汁の伝説に目を通していた。

「こんな話があったんですね」

 ぼくに気づいた斉藤さんが、メニューを戻して顔を上げる。

 ぼくは微笑んで、斉藤さんの前に、木のお椀に入った福まねき汁と、楕円形のお皿に盛られた精進カレーを並べた。

 斉藤さんは福まねき汁を一口飲んで、はあ、と満足そうに息をつくと、

「これで、またなにかいいことが起こるかな」

 お椀から上がる湯気を見つめながらつぶやいた。

「起こると思いますよ」

 ぼくは笑顔でうなずいた。

 続いてカレーを一口食べた斉藤さんは、驚きの表情でぼくを見た。

「おいしい! これ、本当にお肉入ってないんですか?」

「精進料理ですから」

「でも、これは......」

 斉藤さんは、一見お肉のような固まりをスプーンにのせた。

「それは、こんにゃくなんです」

 ぼくの言葉に、斉藤さんは目を丸くした。

 もちろん、こんにゃくを普通にカレーに入れても、お肉のような食感にはならない。

 煮込む前に、竹ぐしやフォークで穴をあけて、さらにしっかりと炒めることで、こんにゃくから水分が出て、食感がお肉とそっくりになるのだ。

「そうなんですか」

 こんなに素直に驚いてくれると、こちらも嬉しくなる。

 ぼくは「ごゆっくり」と言って、その場を離れた。

 本堂の方から、高校の和楽器同好会が演奏する音色が聞こえてくる。

 尺八と琴の『ちいさい秋みつけた』を聴きながら、秋の風を感じていると、

「あの......すみません」

 斉藤さんが手をあげて、メニューを指さした。

「この〈願いが叶う精進ケーキ〉もお願いしていいですか?」

「はい」

 ぼくはカレー皿とお椀を下げると、三角のスポンジの上に、たっぷりとクリームがのったケーキを運んだ。

 斉藤さんが、一口目を口元に運ぶのを横目に見ながら、ぼくが調理場に戻ろうとしたとき、

「えっ!?」

 斉藤さんが大きな声を上げた。見ると、フォークを手にしたまま、目と口を大きく開いて固まっている。

「どうかしましたか?」

 ぼくは慌てて駆け寄った。

 ケーキの中に、なにかおかしなものでも入っていたのかと思ったのだ。

 すると、斉藤さんは瞬きを何度もしながら、ぼくを見て、

「これ......精進ケーキですよね?」

 わずかに震える声でそう言った。

「はい、そうですけど......」

「それじゃあ、このスポンジやクリームも......」

「卵も生クリームも使ってません。クリームは、豆腐からつくっています」

 精進料理では、動物由来の食材は使わない。

 そこで、豆腐を水切りして甘みを加えたクリームと、卵を使わずにつくったスポンジを使っているのだ。

 斉藤さんは、ずいぶんと険しい表情でじっとケーキに視線を落としていたけど、やがて低い声で、はっきりとこうつぶやいた。 「どういうこと? それじゃあ、あのときのケーキは......」

「あの......大丈夫ですか?」

 心配になってきたぼくが声をかけると、斉藤さんはハッと顔を上げて、

「あ、ごめんなさい。大丈夫です」

 ひきつった笑みを浮かべながら、ケーキを指さした。

「あの......このケーキ、持ち帰ってもいいですか?」

Profile

緑川聖司

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
  • ビオレタ
ポプラ社一般書通信 note

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
  • ビオレタ