座敷童子の幸せごはん

座敷童子の幸せごはん

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座敷童子の幸せごはん 福まねき寺で謎解きを

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「まるで〈海がめのスープ〉だね」

 ぼくの話を聞いて、清隆さんは面白そうに言った。

「〈海がめのスープ〉?」

 ぼくは眉を寄せた。

「なんですか、それ」

「あれ? 修ちゃん、知らないの?」

 ぼくの隣から、美月が口を出す。

 秋祭りの二日後。

 ぼくたち三人は、喫茶〈かたすみ〉のテーブルを囲んでいた。

 かたすみは、福招寺から少し離れた商店街にある喫茶店だ。

 テーブル席が四つにあとはカウンターだけの小さな店で、白髪まじりのマスターがひとりでやっている。

 合同文化祭の報告のために高校をたずねたぼくと清隆さんは、ちょうど帰ろうとしていた美月を誘って、寄り道をしていた。

 この店は剛徳寺の檀家さんでもあるので、清隆さんはよく利用しているし、美月もたまに友だちと学校帰りに寄ることがあるらしい。

「文化祭、大成功だったそうですね」

 コーヒーを運んできたマスターが言った。

「学校の生徒さんや商店街の方が、来年もやってほしいって言ってましたよ」

「そのときは是非、マスターも参加してください」

 清隆さんが微笑む。

 今年は学校の文化祭が縮小されたので同時期に開催したけど、来年以降は時期をずらして開催するのはどうか、という相談を、いま学校でしてきたばかりだった。

 秋祭りの話が一段落すると、ぼくは斉藤さんの話を二人に切り出した。

 ケーキを食べたときの反応が、ずっと心にひっかかっていたのだ。

 それを聞いて、清隆さんの口から出た言葉が〈海がめのスープ〉だった。

「それって、シチュエーションパズルですよね?」

 美月が清隆さんに問いかける。

「よく知ってるね」

 清隆さんはちょっと眉を上げた。

「シチュエーションパズルってなんですか?」

 ぼくの問いに、美月が答えた。

「まあ、ちょっとした頭の体操みたいなものかな」

 美月の説明によると、シチュエーションパズルというのは知識よりも発想力を試される思考パズルの一種で、解答者は基本的に「はい」か「いいえ」で答えられる質問しかしてはいけない。出題者はその質問に対して、「はい」「いいえ」「関係ない」のいずれかで答え、解答者はその答えを聞いて、真相に迫るというものだそうだ。

「海がめのスープっていうのは、その中でも有名な問題なの。たしか、こんな話じゃなかったかな。

 ─あるレストランで、一人の男が海がめのスープを注文しました。

 男はスープを一口飲むと、真っ青になって店員にたずねました。

『これは本当に海がめのスープなのか?』

 店員が『そうだ』と答えると、男は突然店を飛び出して、自殺してしまいました。

 さて、問題です。この男は、どうして自殺したのでしょう」

 美月は唐突に問題を終わらせて、ぼくの顔をのぞきこんだ。

「さあ、質問をどうぞ」

「え? え、えっと......」

 ぼくは慌てて頭を回転させた。

「それって、海がめに関係があるんだよな?」

「もちろん」

 美月はうなずいてから、すぐに首を横に振って言いなおした。

「はい」

「その男は、どうして自殺したの?」

 ぼくが質問すると、美月は一瞬呆れたような顔を見せてから、大きくため息をついた。

「だーかーらー、それを当てるんだってば」

「あ、そうか。えっと......それじゃあ、そのレストランは、海の近くにあった?」

「関係ない」

「その男は、海がめが好きだった?」

「関係ない」

「その男は、近所の人? それとも、旅行中に......」

「『はい』か『いいえ』で答えられる質問にして」

「あ、そうか......その人は旅行中だった?」

「関係ない」

「さっきから、『関係ない』ばかりじゃないか」

 ぼくが文句を口にすると、

「だって、修ちゃんが的外れな質問ばっかりしてくるんだもん」

 美月は口をとがらせた。

「あ、分かったぞ。その男は動物愛好家で、わざわざ遠くから海がめを見に来たのに、それを食べちゃったショックで......」

「あのねえ......」

 美月はまた呆れ顔で言った。

「はじめに『海がめのスープを注文した』って言ってるでしょう」

 まったく進まないやりとりに、

「修平くんは、なかなか発想がユニークだね」

 清隆さんが全然ほめてない口調で口をはさんだ。

「清隆さん、ちょっと修ちゃんに、お手本を見せてあげてください」

 美月に言われて、清隆さんは「しょうがないな」と身を乗り出した。

「それじゃあ、質問するよ。男はスープを飲んで、なにかを思い出した?」

「はい」

 美月は元気よくうなずいた。

「それはスープの味に関係がある?」

「はい」

「男は海がめのスープを過去に飲んだことがあった?」

「いいえ」

「え?」

 ぼくは思わず声を上げた。

 海がめのスープを飲んだことがなかったのに、どうして青ざめたりしたのだろう。

 ぼくの困惑をよそに、二人はやりとりを続けた。

「スープを飲んだことがないのに、スープを飲んでなにかを思い出したんだね?」

「はい」

「そして、それが自殺の動機になった」

「はい」

 飲んだことがないスープを飲んで、なにかを思い出した......?

 ぼくが首をひねっていると、

「それじゃあ、解答を発表します」

 美月がそう言って、真相を話し出した。

 実は、男は昔、船で難破して、仲間とともに無人島に打ち上げられたことがあった。

 食料が尽きて、飢え死にしそうになる中、一番弱っていた仲間の一人が死んだ。

 ほかの仲間は、死んだ仲間の肉を食べようと言ったけど、その男は「仲間の肉を食べるくらいなら、死んだほうがましだ」と、首を縦に振らなかった。

 それからしばらくして、男が飢えで朦朧としていると、仲間が肉の入ったスープを運んできた。

 仲間はそれを「海がめのスープだ」と言った。海岸に、死んだ海がめが打ち上げられていて、それをスープにしたのだと。

 男はそれを食べて、なんとか生き延びることができた。

 それから数十年が経って、すっかり普通の暮らしをしていた男は、偶然入ったレストランのメニューに海がめのスープを見つけた。  あのとき、命を助けてくれた味は、いまでもはっきりと覚えている。

 ところが、出てきたスープの味は、全然違うものだった。

 そこで男は悟った。あのときスープに入っていた肉は海がめではなく、本当は死んだ仲間の肉で、自分に食べさせるため、仲間たちは嘘をついていたのだ。

 真相に気づいた男は、罪悪感にかられて自らの命を絶った─

「これが真相よ」

「へーえ、面白いね」

 ぼくが感心の声を上げると、

「まあ、つっこみどころはいろいろとあるんだけどね」

 美月はそう言って肩をすくめた。

「難破した先の無人島でつくった海がめのスープと、ちゃんとしたレストランのスープじゃ、味が違って当たり前だし。だいたい、海がめの種類が違えば、味だって違うかもしれないんだから、それだけで自殺するなんて、ちょっと早とちりだと思うなあ」

「まあ、その発想の飛躍が面白いんだろうけどね」

 清隆さんが苦笑しながらフォローした。

「でも、それじゃあ、さっきの女の人の話はどうなるの?」

 美月が話を元に戻した。

「えーっと......海がめのスープが精進ケーキになるわけだから......」

 ぼくは一昨日の出来事を海がめのスープに置き換えながら喋った。

「斉藤さんは、昔、誰かから『これは精進ケーキだよ』と言われて、ケーキを食べたことがあった。

 ところが、それから何年も経って、うちで精進ケーキを食べると、あのときのケーキと味が違う。それで、騙されていたことに気づいた斉藤さんは......」

 そこまで喋って、言葉をとぎらせたぼくは、

「でも、精進ケーキって一種類じゃないですよね」

 清隆さんに向かってそう言った。

 さっきの海がめのスープと同じで、仮に昔食べたケーキと味が違っていたとしても、昔のケーキが精進ケーキじゃないとは限らない。

 同じ種類のケーキ─たとえばモンブランでも、お店によって味も見た目も全然違うのだ。

「だったら、反対に、昔食べたケーキと味が同じだったんじゃない?」

 美月が言った。

 その場合、斉藤さんの

「それじゃあ、あのときのケーキは......」

 という台詞の続きは、

「普通のケーキだと思ってたのに、精進ケーキだったんだ」

 になる。

「でも、それであんなにショックを受けるかなあ......」

 ぼくは首をかしげた。

 あのときの斉藤さんは、本当に茫然自失という感じだった。

 過去に食べたケーキが精進ケーキだったからといって、そこまで驚くだろうか。

 ぼくたちが顔を見合わせていると、

「その女性は、もしかしたら刑事だったのかもしれないね」

 清隆さんが突然、そんなことを言い出した。

「え?」

 ぼくは驚いた。

 斉藤さんの雰囲気から、とてもそんな風には見えなかったからだ。

「どういうことですか?」

「修平くんは知らないかな? 今年の春ぐらいに隣町のマンションで、男の人が刺し殺される事件があったんだよ。あれって、たしかまだ犯人は捕まってなかったんだよね?」

 清隆さんは、美月に一瞬視線を向けると、

「実は、関係者以外には知らされてないけど、あの事件には有力な容疑者がいたんだ」

 と言った。清隆さんは、知り合いの警察関係者から聞いたらしい。

 その容疑者は、現場から少し離れたマンションに住んでいて、犯行のあった日は、たまたま友だちが家に遊びに来ていた。

 そして、犯行時刻の前後には、自宅でケーキを焼いて、友だちにふるまっていた。

 ケーキを食べた友だちは、あのクリームは間違いなく生クリームだったと証言した。

 ところが、その家ではケーキを焼く前、たまたま生クリームを切らしていた(これは第三者が証言しているので間違いない)。  そこで容疑者は、スーパーに生クリームを買いにいって、ケーキを完成させた。

 そして、ここが重要なのだが、容疑者が住んでいたマンションの近所にはコンビニがなく、近くで生クリームを売っている店は、事件現場と反対方向にあるスーパーだけだったのだ。

 警察はさらに詳しく調べたが、様々な条件から、容疑者がスーパーで生クリームを買ってケーキをつくりつつ、犯行を行うのは不可能だと断定して、アリバイが成立したのだった─

「だけど、ほかに有力な容疑者も浮かんでこなくて、捜査は難航しているらしい」

 清隆さんは渋い顔で言った。

「もしかしたら、その女性は刑事さんで、容疑者の冷蔵庫に豆腐があったとか、近所に豆腐屋があったことを覚えていたのかもしれないね」

 清隆さんは話をしめくくると、おいしそうにコーヒーを飲んだ。

「でも、それならどこかに生クリームを買い置きして隠しておけばいいんじゃないですか?」

 ぼくの疑問に、清隆さんは首を振った。

「捜査上の秘密に関係するから、詳しくは話せないんだけど、その状況は容疑者にとっては予測不可能なものだったんだ。だから、生クリームを事前に用意しておくことはできなかった。だけど、冷蔵庫に豆腐があるのを思い出して、とっさにアリバイ作りを思いついたんじゃないかな」

 もちろん、すべては清隆さんの想像だ。  だけど、もしそんな状況で、刑事さんが豆腐クリームの存在を知ったとしたら......。 「あのときのケーキ、っていう台詞は、自分が食べたケーキのことじゃなかったんですね」

 ぼくがそう言うと、

「それは分からないよ」  

 清隆さんは悪戯っぽく笑った。

「刑事じゃなくて、案外、そのケーキを食べた友だち本人だったのかもしれないしね」

 たしかに、その可能性もあるわけだ。

「だったら、ちょっと心配ね」

 美月がづえをついて、ぼくの顔を見た。

「なにが?」

 ぼくは聞いた。

「だって、もしその人が本当にケーキを食べた友だちなら、アリバイづくりに利用されていたことに、気づいたのかもしれないでしょ? もし警察に行かずに、その友だちに直接文句を言いに行ったりしたら......」

 斉藤さんがぼくをたずねてきたのは、それから二日後のことだった。

 門の前で、中に入ろうかと迷っている様子の斉藤さんに、ちょうど学校から帰ってきた美月が声をかけたらしい。

「よかった。無事だったんですね」  斉藤さんの顔を見て、ぼくは思わずそう口走った。

 この二日間、斉藤さんが暴走して危ない目にあったりしていないかと、心配だったのだ。

「はあ......おかげさまで」

 斉藤さんは、不思議そうに瞬きをして、小さく頭を下げた。

 まさか、この間の台詞の真相にぼくたちが気づいているとは思わなかったのだろう。

「今日は、事件のことで来られたんですか?」

 ぼくが重ねてたずねると、 「事件......ですか?」

 戸惑ったように首をかしげる。 「まあ、わたしにとっては事件と言えなくもないですが......」

「それで、警察には......」

「ちょっと、修ちゃん」

 美月が作務衣の裾を強く引っ張ったので、ぼくはバランスを崩して後ろに倒れそうになった。

「なにするんだよ」

「一応念のために言っとくけど」

 美月はぼくの耳元に口を寄せて言った。

「隣町で殺人事件なんかなかったからね」

「─え?」

 一瞬、脳に空白地帯ができる。

 その間に、美月はぼくの前に立って、

「どうぞ、お上がりください」

 斉藤さんに声をかけると、そのまま客間へと案内していった。

 その後ろ姿を見送りながら、ぼくはようやく、清隆さんの悪ふざけに気がついた。

 今年の春は、ぼくはまだ大学の近くで下宿していたから、このあたりの出来事には詳しくない。それをいいことに、清隆さんと美月でぼくをからかったのだ。

 しかし、とっさに架空の事件をつくりあげただけではなく、アリバイ崩しまでしてしまうなんて、あの人の頭の中はいったいどういう構造をしているのだろう......。

 怒るよりも、清隆さんに尊敬の念すら覚えて、ぼくは深くため息をついた。  

※試し読みはここまでになります。

この続きは2月5日発売予定の『座敷童の幸せごはん 福まねき寺で謎解きを』でお楽しみください。

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