ポプラの営業だより

一般書営業部

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老舗の味(神代)

冬こそアイスが食べたくなる。

森永乳業の調査では、寒い時期に食べる「冬アイス」が人気を博しているらしい。冬にアイス。聞くだけでお腹がひんやりとしそうだ。そう思いながら手元のiPhoneを見返すと、今年初めて撮影した写真はアイスクリームだった。冬アイスは自宅で食べるのが主流だそうだが、私の写真はなぜか屋外である。そうだ、思い出した。市場の入り口で「自家製」の誘惑に負けたのだ。フレーバーはストロベリー。季節先取りの味は粒の触感がしっかり残り、口に入れると舌の上でほろりと崩れた。

私の携帯電話のメモリは、どの機種も猫と食べ物の写真でいっぱいになる。そういえば、昨年最初に撮った写真は何だったろうと指を動かしてみたら、立派に光るどら焼きが出てきた。

どら焼き.jpg

巣鴨にある千成もなか本舗。スイーツ激戦区の巣鴨で70年以上愛される老舗の和菓子屋だ。JR巣鴨駅の改札を出て、正面の横断歩道を渡る。店が連なるアーケードを右へ折れると、人ごみの間からこぼれてくる甘い匂いが鼻をくすぐる。

もなかと言えばギフト和菓子の定番であるが、このお店は珍しくイートインスペースを設けている。店内を見てみると、みな思い思いにどら焼きをかじっているではないか。入り口に立っていると、ほとんどの人がどら焼きを注文していく。この店は、東京でも数少ない「焼きたて」のどら焼きを味わえるお店なのだ。ほかほかのどら焼き、食べればすぐに虜になる。

店先に広げられた鉄板を前に、店員さんが黙々とクリーム色の液体を並べている。測ったように等間隔で、同じ大きさ。さりげない職人技に目を奪われていると、焼け具合を確認することもなく端から皮をひっくり返し始める。ぽん、ぽん、ぽん。隙のない、流れるような動きがリズミカルで心地よい。

いや、見惚れている場合ではない。そろそろ注文の順番が回ってくるじゃないか。どれにしようか。おぐら、うぐいすといった定番の味だけなく、あんバター、バターのみ、あんとクリームチーズ、クリームチーズのみ、といった多彩なメニューが心を惑わせる。やばい、後ろはもう長蛇の列だ。早くたのまなければ......。

「あんバター、ひとつお願いします。店内で」

店のベンチに腰を下ろして待つこと数分、湯気の立つどら焼きが運ばれてくる。焼きたての皮の上にぎっしりと乗せられた餡子の上に、たっぷりのかたまりバター。顔を近づけると溶け始めた香りが鼻孔にググっと入り込んでくる。ごくりと唾液を飲み込む。やけどに気を付けながら慎重に、はふはふと口へほおばった。柔らかい綿のような皮の口当たり。頬までじゅわっと広がる濃厚バターの奥から、コクのある餡子の甘みが顔を出す。まさに、至福。商店街に立ち寄った人たちが、どれほど心を満たされただろう。この店のどこか懐かしい空気は、甘みが体へ行き渡る温かな幸福でできている。

小豆は前日から水にひたし、早朝から煮立てないと開店時間には間に合わない。この店の餡子を味わうたび、小豆の一粒ごとに職人の細やかな気配を感じられる。もうひとくち、どら焼きをかじる。バターの塩気で、徐々に餡子の甘みが丸くなる。食べるたび少しずつ味に深みが増す。作り手の心遣いが、嬉しい。

「おもてなしだから」

ドリアン助川さんの小説『あん』の一説を思い出す。桜の花びらを探してみたが、さすがに落ちてはいない。春はまだ、少し先である。

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