ポプラの営業だより

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瀬戸内の海(神代)

小川糸さんの単行本『ライオンのおやつ』は、瀬戸内の島にある1軒のホスピスが舞台である。作中から察するに、場所はしまなみ海道のあたりだろうか。物語のはじまりは、1通の手紙からはじまる。ホスピスのオーナーから、入居予定の女性へ宛てられたものだ。手紙では、島へ渡るのに陸路ではなく船を使うよう勧められている。海からの景色を楽しみながら来てほしい、と。

たしかに、瀬戸内の島へ渡る景色は美しい。学生時代の多くの時期を兵庫県・淡路島で過ごした。しまなみ海道とは瀬戸内海を挟んで反対側になるが、海と山に囲まれた自然あふれる島の景色は今でもよく思い出す。明石海峡大橋が開通して以降、淡路島へもすっかり陸路での往来が主になってしまった。神戸や大阪へ出かける度に船を使っていた頃が懐かしい。当時、神戸へは島の中央部・洲本港から定期船が出ていた。

営業日誌用画像.jpg

船着き場に来ると、海からの冷たい風がツンと頬を打つ。錆びてまだら色になったタラップは、踏むとパキパキと音が鳴った。波が穏やかな日は決まって窓際の席に座る。赤い灯台のたもとで釣竿を垂らす人たちがぽつぽつと見えた。岸壁からでもアジやイワシ、キスにカワハギなどさまざまな魚が素人でも簡単に釣れる。今日の釣果はどうなのだろう。少し風があるから、浅瀬の魚は狙いづらいかもしれない。テトラポットの間へ向けてどんぶらこ。大きな船体が波に任せてのろのろと動き出す。

ドルン。

船の底からエンジンの大きな音が響いてくる。防波堤の外へ出ると、一気にスピードが上がった。穏やかな瀬戸内の水面をたたきながら、ぐんぐん前へ向かっていく。釣り人たちが、あっという間に見えなくなる。さっきまで立っていた船着き場は、もう船の陰に隠れてしまった。大きかった港の建物が、手のひらで包めるほどに小さくなる。あぁ、自分の住んでいる場所はこんな形をしていたんだな。船が港から離れるほど、なぞれるように島の輪郭が見えてくる。

対岸にうっすらと見えていた街の景色が、徐々に近づいてくる。緑色の山々が街にふたをするように連なっている。ここまでくれば、目的地はもう目の前だ。ごつごつしたクレーンが居並ぶ川崎重工の工場を左手に、船はゆっくりと神戸の港へ入っていく。

原田マハさんの小説『翔ぶ少女』は、淡路島の対岸の街・神戸が舞台になっている。物語のはじまりは1995年1月17日。まさに、5時46分の瞬間が描かれる。

なぜなのか、この日の1日前のことを今でもよく覚えている。当時は「成人の日」がまだ1月15日と決まっており、振替休日で3連休の最終日だった。もちろん、明石海峡大橋はまだ開通していない。泊りがけで遊びに出ていた祖父母の家から、船で島へ戻った。神戸の港を出ると、帰路は西側に島を見る。ちょうど日没の頃合いで、輝く夕日が島のてっぺんにふれると、光が解けていくバターのようだった。黄昏時までじっと、太陽が沈みゆく島に見とれていた。

当時、小学5年生だった。25年を過ぎても、あの瀬戸内の美しい景色を忘れることはない。

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