愛を知らない

一木けい

愛を知らない

1

『愛を知らない』刊行によせて

大きな期待を集める新鋭・一木けいさんの新刊が発売になりました。
刊行によせて、一木けいさんによるエッセイを掲載いたします。
一木さんがこの作品にこめた思い、祈りを受けとっていただけたら嬉しいです。

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 はじまりは、頭にふっと入り込んできた映像でした。
 目の高さを、色鮮やかな羽根が通り過ぎる。場所は、スクランブル交差点のような雑踏。華やかな羽根のついた帽子をかぶっているのは、少女だ。原色の羽根はゆれながら遠ざかって、見えなくなる。その映像を見ている人物は、淋しいと感じている。しかし同時に、「行け」と力強く思ってもいる。
 この少女はどこから来て、どこへ向かうのだろう。
 この子は、いったい誰だろう。
 そして、この映像を見ているのは、誰だろう。
 『愛を知らない』を書くきっかけとなったこのシーンが浮かんだのは、2015年の春です。それ以来、いつも頭の片隅にこの少女がいました。まだ書かないの? 時々、彼女からそう問いかけられているような気がしました。
 書き下ろし長篇の依頼をいただき、執筆を開始したのは2016年の秋です。
 そのとき編集者とわたしとのあいだで決まっていたのは、11文字のテーマだけ。プロットもキャラクター設定も何もなし。手探りで書きはじめました。勢いを大切に情熱があるうちにとにかく毎日書きました。
 わたしが「書きたい」と強く思うのは、そこに疑問があるときです。
 生きていると次から次へと謎がわいてきます。その謎は解決するときもあるし、抱えて生きていかなければならないときもあります。
 わたしが幼いころからずっと抱き続けている疑問のひとつが、「支配」です。妄想に支配されて相手を支配する人のこと。どうして支配するのか。されるのか。最善の対処法は何なのか。
 また、いままであまり触れられていない世界について書こうという思いもありました。大多数の人はおそらく、想像もしないであろう場所にある絶望。きっと、そっとしておいた方がいい世界の話。
 一方で、「見たいものだけ見る、それでいいんだ」と思っている人たちに、見たくないものを見せる意味があるだろうか、という不安もありました。
 この物語を書くことは、誰かの信じていたい世界、うつくしい夢を、壊すことになります。
 書いてはいけないテーマかもしれない。
 くじけそうになる度、あのときの少女の姿が、どんどん鮮明になっていきました。彼女はどこから来たのか。どこへ向かうのか。くっきりと見えてきました。
 300枚一気に書き上げて、送ったのが2017年の初めです。
 第一稿は極端で意地悪でむちゃくちゃでした。
 それから二年半、ひたすら改稿を繰り返しました。

 タイのバンコクに暮らしていて、悲しいニュースは極力避けているわたしにも、日本で起きた虐待のニュースは入ってきます。
 よくがんばってるね。大好きだよ。あなたはすばらしい。あなたは宝物。生まれてきてくれてありがとう。
 すべての子どもたちが、褒められ、達成感を得ながら、自尊心を高めていけたらいい。
 でもこの世界は、そんなきれいなものだけではできていない。
 その原因はどこにあるのか。どうしたらいいのか。
 やってしまった人を責めるのは簡単。ゆるせないと声を荒げるのも簡単。
 でも苦しみや葛藤は、一方だけにあるとは限らない。きっと双方にある。みんなにある。
 ああならずにすむ方法があったとしたら、なんだったのか。どこが分岐点だったのか。
 戦う? 逃げる? 誰に相談する? どうやったら自分を大事に思える?
 疑問は、解決するどころか深まり、さらに新たな疑問が生まれるばかりでした。
 自分でも解決できていない問題について、己をえぐって悩んでひたすら改稿を続けました。「魔王」や「エディット・ピアフを讃えて」や「二人の擲弾兵」を聴きながら。
 孤独で苦痛で書いては消し書いては消し何も報われない気がする日々でした。

 改稿の過程において、編集者から「すくい」について提案されました。
 「すくい」とは何だろう。また新たな疑問が生まれてしまいます。
 わたしは、噓の「すくい」は書きたくないと思いました。
 それから、いままでわたしをすくってくれた言葉たちについて考えました。
 それは自分の心を穏やかにする作業でした。
 誰かのくれた言葉、そのたったひとことが、何十年も自分を支え続けている、ということがあります。
 たとえば高二のとき、教室で、あるクラスメイトが何気なく言ってくれた言葉を、わたしはずっと憶えています。何度も思い出して、そのたびに心の底からありがとうと思います。言った本人はもうとっくに忘れてしまっただろうけど。
 その場面を何度も思い返すうちに、わたしはあのとき、尊重されたと感じてうれしかったのだと気づきました。
 尊重という、得難いもの。誰かがくれた言葉、時間をかけて示してくれる態度。
 そこからはずっと尊重について考えました。
 誰かが自分を大切に扱ってくれた。愛してくれた。すくなくとも、愛そうとしてくれた。そのことがはっきり伝われば、その人の人生はそれまでとは違ったものになる。それがたとえ、一時期のことだったとしても。
 自分には愛される資格があると思いたい。ある面においては有能であると信じたい。
 そのためには、誰かに尊重された経験が必要なのかもしれない。
 ちゃんと向き合ってくれる友。
 身体を張って守ってくれる大人。
 かけがえのない存在を、噓もきれいごともなしに描いたつもりです。
 この物語に登場する少女、少年、大人たち。彼らの笑い声や叫び声、のみこんだ声、そして歌声が、読者の皆様にも届いたらいいなあと思います。
 「支配」ってなんだろう?
 その答えはまだ出ていません。真実も、善悪も、疑問のままです。
 読んでくださった方の出した答えを、わたしはとても知りたいです。

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一木けい『愛を知らない』

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