女優の娘

吉川トリコ

女優の娘

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『女優の娘』刊行記念 吉川トリコさんインタビュー

自分の気持ちを、夢を否定しない

これは、ある女の子がその境地へと向かう ひとつの〝冒険小説〟です

R-18文学賞大賞・読者賞でデビュー後、「女性」をテーマに据え、彼女たちの様子を軽やかに、そして的確に描いてきた吉川トリコ。近著「マリー・アントワネットの日記」シリーズでは、現代の流行語を駆使してマリー・アントワネットを鮮やかに描いたことも記憶に新しい。今作のテーマは、「アイドル」。現代女性の置かれた立場や生き辛さについて克明に描き切った本作に込めた思いを伺った。  

<あらすじ>

母親が伝説のポルノ女優だという事実を隠して活動していたアイドルの斉藤いと。しかし母の急死により事実が明かされ、いとは一躍時の人となる。そんな中、著名な映画監督から、母のドキュメンタリー映画の案内人に指名され、いとは母の半生を追うことになる――。

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本に触れていくと、ひそやかな願望の生まれることがある。〝この作家の書く、こんな物語が読んでみたい〟という。時代がいつであっても、年齢がいくつでも、周りにどんな個性際立つ人がいても、吉川さんの書く物語の真ん中にいるのは、いつだって〝女の子〟だ。楽しいことも、イラつくことも、息苦しいことも、手に取るような〝わかる、わかる!〟が寄り添ってくる。そんな女の子の大群像劇が読んでみたい! という願いがついに成就。〝吉川トリコ×アイドルグループ〟! なんてワクワクする組み合わせなんだろう。


 「アイドルの現状って、ネットニュースなどでも騒がれているように、どんどん大変なことになっていっているし、常々しんどいだろうなと思いながら見ていたんです。一方で、彼女たちは、アイドルをやりたくてやっているわけだから、それを否定したくない、という気持ちも強く持ちながら。実はこの小説の出発点、アイドルではなく、〝伝説になった女優の娘って、どんな気持ちなんだろう?〟という想いからだったんです。主人公となるその娘を、母と同じ、女優として描いていったとき、編集担当の方から、〝この娘、アイドルにした方がいいんじゃないですか?〟という提案があって。主人公をアイドルとして書き出してみたところ、あれも書きたい、これも書きたい!というエピソードがどんどん浮かんできた」  

湧き出してくるものが形となったのが、東京・代々木を拠点に活動するアイドルグループ「YO!YO!ファーム」。サイリウムの海を前に歌って踊る女の子たちは、誰も彼もキラキラしている。舞台裏で飛び交うおしゃべりも、毎月発表される人気投票の結果に流す涙も。

「AKBグループの総選挙とか、なんて酷いシステムなんだろうって思うんですけど、観ているうちに、つい涙してしまうんですよね。いったい自分は何に感動して泣いているんだろう?と、その気持ちを突き詰めていったら、誰かの名前が呼ばれたとき、隣の子が思わず抱きついたり、自分は上位に入っていないにもかかわらず、他のメンバーの躍進を自分のことのように喜ぶ女の子たちの姿なんだと気付いたんです。ふわふわした、なのに、すごく強い女子の連帯感。そこに私はぐっときてしまうんだと」  

そんな連帯感が躍動的に描かれる物語には、自分と比べる対象が目の前にいるがゆえの複雑な気持ちもつんつん出てくる。ひとりひとりの想いが浮かびあがってくる、メンバー各々の魅力的なキャラ描写は吉川さんならでは。

「アイドルの子たちって、小悪魔とか、優等生とか、バラエティ担当とか、〝私はこのキャラ!〟って自分たちでキャラ立てをするじゃないですか。そんなところに小説的な肉付け、つまり意外性のようなものを入れながら描いていきました。けれど物語の真ん中に立つ、斉藤いとにはそうした記号的なキャラクターは与えなかった。逃げるようにしてアイドルになった女の子、ということ以外は」

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<なぜアイドルになりたいのか 欲望を映し出す〝カメラ〟の存在 >

ママから離れたくて、「YO!YO!ファーム」のオーディションを受けた、いと。ライブ直前の彼女に伝えられたママの死。もう3年も会っていなかったママに、〝どうしてこのタイミングで死ぬの?〟と苛立つ彼女が、いきなり放り込まれたのはスキャンダルの渦中。なぜならママはポルノ女優だったから。〝伝説のポルノ女優・赤井霧子(52)早すぎる死 遺された娘はアイドルだった!?〟という記事の出現からネットにはおぞましいコラ画像が出回り、ワイドショーでは連日、いと母娘を揶揄するトークが展開され、都合よく作られた下世話なストーリーが語られ続けていく。アイドルでいることも危うくなってきたいとはこう叫ぶ。〝私の罪は何ですか?〟

「実は私、〝主人公をアイドルに〟という提案を受けたとき、〝ポルノ女優の娘がアイドルなんてマズくない?〟と言ったんです。その時、自分の言葉にハッとしてしまって。セックスワークに携わる女性への偏見が自分のなかにあったんだということに気付いてしまったんですね。世間にも蔓延している、その感覚っていったいなんなのだろう、ということも考えていきたかった」  

いとの父親すらわからない放埓な男性遍歴やぶっ飛んだ言動が世をざわめかせた赤井霧子の半生。ベールに隠された彼女の真実を追うドキュメンタリー映画を撮りたい――著名な映画監督・小向井から、その映画の案内人に指名された、いと。そこから生前の霧子を知る人々へのインタビューが始まっていく。

「まるで冒険小説みたいだなと書きながら思っていました。かつて映画界で共に仕事をした人々、姉、元マネージャー......人々から聞く霧子のことはそれぞれで、しかもその語り手の言うことはどこまで本当かわからない。誰かを語るときって、語る人自身のフィルターを通るから。真実はそれぞれの〝物語〟になっていってしまうから。それをいとがどう処理するかということも含めて、これは彼女の冒険だった」  

そこにあるのが、この小説の最も大きな仕掛けのひとつ、〝カメラの存在〟だ。いとの視点で進む物語のなかに、彼女を、そして相手を捉える小向井監督の回すカメラの視点がある。そしてそこに〝撮られる者の意識〟という、もうひとつの視点も絡まってくる。

「本作を書きながら、ずっと考えていたのは、女の子たちの、〝アイドルになりたい〟という気持ちでした。労働環境も最悪だし、ちょっとした言動やスキャンダルが起きると、たちどころに叩かれ、傷つけられてしまう。それでもなりたい、という気持ちの源は、人から〝見られたい〟ということなんじゃないかなって。ひとりで生きていくために、アイドルという道を選択したいとは、その気持ちとは無関係だったけど、彼女にもそれを追体験させたかったんです。〝自分を見てほしい〟というのは、きっとみんな、どこかに持っている欲望。そこにフォーカスするとともに、カメラ=誰かの目があることによって変わる、人の意識というものも追ってみたかった」

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<刷り込まれてきたことが 不当に私たちを傷つける>  

インタビューと並走するように、「YO!YO!ファーム」のメンバーたちの走っていく先も描かれる。〝望みどおりの女の子でいなきゃ、愛してやらない〟という、目に見えぬ脅しのようなものに駆り立てられる彼女たちの苦悩、焦り。そんななか、いとは、霧子が語ったという、ある言葉に出会う――〝自分の体を自分のものだと感じられない〟。

「妊婦のお腹に気軽に触れたり、若い女の子を性的に消費したり。それが当然のようにまかり通る世の中で感じるのは、女の体って、女のものじゃないということ。そういうふうにできている世の中で、知らないうちに刷り込まれてきたことが、女性を不当に傷つけているんじゃないか。そうした想いからふと出て来た言葉です。ただ、女の身体を持っているというだけで、なぜそんなに踏みにじられなければならないのか、と」  

その言葉を放った霧子がカメラの前でしたがっていたこと――いとのなかの母へのねじれた想いがほどけていく。そして彼女が向かっていったのは......。

「これはある女の子がひとりの女性の半生を追うなか、自分の母親がひとりの人間だったのだ、と認識するまでのお話です。今、抱えている方の多い母娘問題、こじれてしまったその解決へのひとつのヒントになるかもしれません。本作では、自分が伝えたいことを、エンターテインメントのうねりにうまく乗せることができました。小説を書くなかで、ずっと追求してきたそこに、この一作でようやく辿り着けたという感があります」  

ページを繰る手が止まらないエンターテインメントのなか、祈りにも似た吉川さんの〝女の子〟へのメッセージが響いてくる。

「犯罪と人を傷つけること以外は何をしたっていいと思うんです。いろんな選択肢のなか、自分のしたいことを自由に選んでいい。アイドルでも、お嫁さんでも、ポルノ女優でも。そこで不当に蔑すまれるのは、あなたが悪いのではなく、女性を取り巻く社会のシステムが悪いだけなのだから。自分の気持ちを、夢を否定しないで。この小説には、そんな願いが込められています」

jyoyuu.jpg『女優の娘』(定価:本体1700円:税別)

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吉川トリコ(よしかわ・とりこ)

1977年静岡県生まれ、名古屋在住。2004年、「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞を受賞。著書に、映画化された『グッモーエビアン!』ほか、『しゃぼん』『少女病』『ミドリのミ』『ずっと名古屋』『光の庭』「マリー・アントワネットの日記」シリーズなどがある。

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