玲子さんの素敵なひとり時間

西村玲子

玲子さんの素敵なひとり時間

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お気に入りのコート

 寒いのは嫌いだけど、ウールやダウンのコートを着るのは楽しい。冬がやってきた、寒い寒いと言いながら、半分喜んでいる。コートの袖を通すと、包まれているという幸せを感じる。不思議な感覚である。

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 我が家はエレベーターなしのマンションの3階である。階段とコートの話、前にも少し書いたけど、今回はさらに詳しく。

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 3階までの階段、以前はどうということなかった。お客様の中には、息を切らしながら玄関ドアの前まで来て、「ハーハー、やっと上がってこられたわ、フーッ!」という方も。慣れている私は、お疲れさまと言いながら、いつもニコニコ迎えていた。

 ところがある日、階段を上がる途中で座り込んだことがあった。重い荷物と重いコートで、息が切れていた。いやだ、こんなコートは着るものじゃないわ。その場でコートを脱ぐ。先に荷物を家に置いてきて、階段に脱ぎ捨てたコートを取りに行く。こんな重いものを着ていたなんて、周りに人がいないのをいいことにして、声を上げて笑う。その日初めて、3階までの階段の辛さを知った。

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 そのお気に入りのコート、クロゼットの中にかけたまま、横目で見ることはあっても、2度と腕を通すことはない。こんな風にして、体力の衰えをじわじわと感じることになった。

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 最初は笑っていた。「ねえ、こんなことがあったのよ。誰も来ないのをいいことに笑ってしまったわ」と友人に話して、また笑っていた。

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 呑気なものである。よく考えれば笑いごとではない。体力のレベルが大きく下がったということ。本来なら恐怖さえ感じていいところである。私の呑気な笑いはここでやっと収まる。階段を3階まで上がる大変さは日ごとに強くなっている。今は足腰のリハビリと思って練習している。この上り下りは、ここに住んでいる以上、仕方ないのだから。重い衣服も身につけないよう配慮しながら。

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 こんな風になる時がやってくるなんて、と言いながら、それをどうやって乗り越えようかと、どこかで喜んでいる私。なんということでしょうか。

Profile

西村玲子

イラストレーター、エッセイスト。大阪生まれ。ファッション、インテリア、旅、映画など、日常の中で発見する心ときめくものや自然体で気持ちのいい暮らしを提案。近年、アクセサリー、写真、コラージュ、オブジェなどにも創作の幅を広げている。『玲子さんのおしゃれクロゼット』『玲子さんののんびり老い支度』など著書は200冊以上にのぼる。最新刊は『玲子さんの心地いい時間』。

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