宮廷のまじない師

顎木あくみ

宮廷のまじない師

2

一 まじない師は、城下にいる

「では、私が見てもいいですか」

「構わない。ぜひ、意見を聞かせてほしい」

 男が鷹揚にうなずくので、珠華は安堵してあらためて指環を観察し始めた。

 彼の説明によれば、どうやら知りたいのはこの指環自体の価値ではなく、指環が持つという、不思議な力の真偽らしかった。

「どういう力ですか?」

「どんな病や呪いでも、たちまち浄化する力だと聞いた」

 なんだ、その胡散臭い触れ込みは。この偉そうな男、まさかおかしな商人かなにか

につかまされたのではあるまいな。

 もうそれだけで不審極まりないのに、さらに男は盛大な爆弾を投下した。

「実はその指環、なんと、伝説の七宝将の持ち物らしい」

 それを聞いた瞬間、男の顔面に指環を投げつけなかった自分を、誰か褒めてほしい。

 七宝将といえば、大昔、この陵国を建国した伝説の皇子に付き従っていた七人の武人のことである。

皇子と巫女、そして七人の武人が悪鬼を退け、この地を平定する英雄譚は陵国の民ならば誰でも、言葉を覚えたての幼子でも知っている有名な物語だ。

 ただ、その七宝将が持っていたという、それぞれの武人を象徴する宝石をあしらった指環は、今に至るまで本物が見つかっていない。

(だから、指環を持っていたという逸話自体が作り話だっていうのが、今の定説なのよね)

 七宝将の指環、と呼ばれる指環は、武陽中に多く流通している。

 しかし、そのどれもが文献などの記述に沿った模造品にすぎない。安価なものは武陽土 産として定番だし、この指環のように高価なものは、金持ちが装飾品や鑑賞物と

して道楽で作らせ、収集する。

 珠華は美しい指環を前に、ため息を吐いた。

「......確かに、七宝将の伝説に水晶の指環を持った武人の話はあります。でも、この指環に特別な力があるとは思えない。そこまでの〝気〟を感じないわ」

「〝気〟か。......燕雲、そなたの意見も同じか?」

 男が燕雲に訊ねる。これに、師もはっきりとうなずいた。

「同じだね。その指環に浄化の力、なんてたいそうなもんはないよ」

 珠華はほっと胸をなでおろす。

 間違っていたらどうしようかと緊張したけれど、合っていてよかった。

 反対に、男は見るからにがっくりと肩を落とし、落胆を隠せない様子だ。

「やはりな。予想通りだが、力がないなら、どれだけ立派な逸品も無用の長物でしかない」

「これだけ大きな水晶を、これだけ滑らかに研磨してある指環だもの。模造品にしても、かなり高価で手が込んでいると思うわ。そんなふうに言うものじゃないわよ」

「いや、もうこれは無意味だ」

 珠華が差し出した指環をいったん受け取ったものの、男はそのまま無造作に台の上に投げ出した。

 それに食いついたのは、今まで完全に傍観に徹していた子軌だった。

「じゃ、それ、俺がもらってもいいか?」

「は⁉ 何言ってるのよ、あんた」

 あまりにふざけた物言いに、ぎょっと目を剝く。

 いくら持ち主である男がいらないと言ったとて、これほどまでの逸品を軽々しくただでもらおうなどと、いくらなんでも非常識極まりない。

 だいたい、一般庶民がそんな高価なものをどうしようというのか。

「なんか格好いいから欲しいな~って。本人がいらないって言ってるし別にいいじゃん」

 この駄目人間! と珠華は頭を抱えた。

 しかもどうやら、この目の前の正体不明の男もまた、幼馴染に負けず劣らず変人だったらしく、信じられない発言が飛び出す。

「ああ、持っていっても構わん。必要ない」

「はあ⁉ ちょ、そんな簡単に─―」

「わーい。ありがたくいただくよ、お兄さん」

 子軌は子どものように両手を挙げて喜びながら、台の上の指環をさっと取った。

「あとで返せっていっても、返さないからね」

「ああ。自分で使うなり売り払うなり、好きにしてくれ」

 あまりの出来事に、珠華は啞然としてしまう。

 この幼馴染とはもう十年以上の付き合いだけれども、ここまで非常識な人間だとは思わなかった。

「老師からもなんとか言ってください!」

 珠華は隣の燕雲に助けを求めるも、薄情な師は首を横に振る。

「この小僧が、あたしの言うことなんか聞くわけないさ」

「そんな」

 ここに、常識人は自分しかいないのか。

 呆然とするしかない珠華は、指環を手に、機嫌よく店を出ていく子軌の後ろ姿が戸の向こうに消えた瞬間、はっと我に返る。

 こうしてはいられない。大事になる前に、止めなければ。

「待ちなさい、子軌─―!」

 慌てて飛び出そうとした珠華だったが、気がはやり過ぎた。

 狭い店の中で、うっかり勘定台の角に足の爪先をひっかけてしまった。

「ひゃ......っ」

 ひどく慌てていたせいで、踏みとどまれもせず、珠華は倒れることを覚悟する。

(あっ......─―)

 けれど、予想していた衝撃はこなかった。

 どうやら、さりげなく差し出された腕に抱えられ、棚に激突し商品をばらまきながら床に転がるという、最悪の事態は避けられたらしい。

 珠華は、ほっと安堵の息を吐く。

「助かりました。ありがとうござ─―」

「あああぁぁぁぁ~......」

 高い位置にある男の顔を見上げ、お礼を言おうとした珠華は、頭上から聞こえてきた情けない声に目が点になった。

「ええ?」

 なんだ、今の声は。

 驚いて勢いよく顔を上げると、珠華を支えようとした拍子に外れてしまったのか、布で隠れていた素顔を露わにし、なぜか天を仰ぐ青年の姿があった。

(な、何事⁉)

 青年は、とても美しかった。年の頃は、二十前後か。

 背中の半ばまである長い黒髪は、手入れが行き届いているのだろう、絹糸のように滑らかで艶やかだ。きりりと整った眉に切れ長の目元、鼻梁は高くすっと通っていて、まるで研ぎ澄まされた刀身のような白皙の美貌を、さらに鮮烈な翠の瞳が華やかに彩る。

 どこかで見覚えのある顔だ。はて、どこでだったか。

 ともあれ、文句のつけようがない完璧な美青年である。......のは、確かだが。

「ふ、不覚......!」

 この世の終わりかのごとき絶望を顔に滲ませ、青年は項垂れる。

「はあ?」

「これでもう、今日明日の仕事は手につかない。またじんましん地獄だ......!」

 思わず首を傾げる。

 じんましん地獄とは。そんな愉快な名前の地獄は、民間伝承に精通しているまじない屋の珠華でも聞いたことがない。

 超のつく美青年が頭を抱え、おかしな声を出し、絶望に打ちひしがれる姿は珍妙としか言いようがなかった。

 呆気にとられ、ぽかんと眺めているしかない珠華と燕雲の二人は、今度は急に「あれ?」と動きを止めた青年に、つい後ずさりする。

「じんましんが、出ない......」

 なぜ、どうしてと唱えながら、今度はしきりに高価そうな服の袖を捲り、襟を開けさせ、自分の皮膚の状態を確認する青年。

 奇行を繰り返す姿を見ているうちに、ふと脳裏に閃くものがあった。

(ああ、思い出した。この人─―いえ、この方)

 いや、おかしい。珠華が知っている姿から受ける印象とかけ離れている。

 それでも、と思い、おそるおそる訊ねてみる。

「......じんましん、って、何のことですか。皇帝陛下」

 は、と青年の顔がこちらを向いた。

「ばれたか」

「ばれるも何も、絵姿はそこらじゅうで見られますし」

 見覚えがあるはずだ。

 陵国の若き皇帝、劉白焰。彼の絵姿は特に女性に人気が高く、即位直後は飛ぶように売れたらしい。理由は簡単である。

 皇帝陛下は、すこぶる顔がいい。

 珠華も売られている絵姿をちらりと見たことがあるけれど、それはそれは美しく描かれていた。とはいえ、所詮はただの絵だ。描き手の主観が大きく影響するし、どうせ誇張されているだろうと思っていたのだが。

(さすが、皇子時代から麒麟児と噂され、即位後は無欠皇帝なんて異名がつくだけのことはあるわね)

 珠華はひとり、うんうんと納得する。

 実物の皇帝陛下は、むしろ絵姿を超える美丈夫だ。さらに噂では、美しいだけでなく、文武両道な上に清廉潔白、品行方正な人柄らしい。

 本当にそんな完璧な人間が存在するのかと疑わしいものだが、実際に目にすれば、容姿が優れている点については認めるほかなく、それ以外の噂についても信憑性が増してくる。

「ばれては仕方ない。─―そなた、名は?」

「李珠華です」

 珠華はしがない一般庶民だ。皇帝に対する礼儀作法など知らない。ゆえに、普通に名乗ると、皇帝は怒るでもなくひとつうなずく。

「俺は劉白焰。この陵国の皇帝をしている。珠華、そなたに訊きたいことがあるのだが」

「なんでしょうか?」

「実は、俺は謎の奇病に罹っているのだ」

 なぜか偉そうに皇帝─―白焰は言う。そういえば、やたらと態度が大きく、横柄なのはきっと高貴な生まれの人物だからだろうと予想していたけれど、皇帝なら納得だ。

 しかし偉そうなのに憎めないのは、やはり皇帝の器ということだろうか。

 そんな事を考えながら、珠華は「奇病?」と問い返す。

「うむ。ここでは話せない。どこか場所を変えたい」

 確かに、こんな誰でも入ってこられる場所で、皇帝が病気だなどと話すのは迂闊に違いない。

「じゃあ、奥の作業場でよければ、移動しましょう。......老師、構いませんか?」

 ずっと黙ったままの燕雲を振り返れば、のんびりとしたうなずきが返された。

「店番はあたしがやるから、好きにしな」

「ありがとうございます」

 師の許可を得て、珠華は白焰を店舗の奥の作業場へと案内する。

 狭い部屋だが、白焰は特に不平を言うことなく、珠華が勧めた古い木製の椅子に腰かけ、興味深そうに部屋の中を見回していた。

「すごい量の書物だな」

「ええ、まあ。まじない屋は古い文献を紐解き、得た知識を皆に還元するのが仕事みたいなものですから」

 なるほど、と呟く白焰を、珠華は無意識に探るようにうかがう。

 貴族や皇族などの高貴な人々は、普通、庶民的なものや古臭いものを嫌がる。

 実際、今までも高名なまじない師である燕雲を頼って、貴族がお忍びで店を訪ねてきたことが何度かあり、いずれもひどいものだった。

 こんな狭くて汚い店には入りたくないだとか、近づくのも嫌だとか。

 そういうときは結局こちらから貴族の屋敷に赴くことになるのだが、そのときも無駄に煌びやかな服に着替えるよう強制されたり、さんざんだ。

(でも、皇帝陛下は違うのね)

 嫌な顔ひとつしないどころか、綺麗な翠の瞳を子どものように輝かせ、興味津々な様子である。

「どうぞ」

 珠華が白焰の前に茶碗を置くと、躊躇いもなく入っていた茶を飲み干した。いささか不用心すぎやしないだろうか。

「変わった味の茶だな」

「素直に苦いとか不味いとか、おっしゃっていただいて結構ですけれど」

「ふむ。庶民の間ではこういう茶がはやりなのか?」

「いえ、それはうちの店で作って売っている、薬草茶です」

 じんましんがどう、という話だったので、痛みや痒みなどを鎮める茶を出してみた。

 かなり苦みがあるので怒られるかと思ったのに、何やら感心しているふうな白焰に、さすがの珠華も警戒するのが馬鹿馬鹿しくなってくる。

「それで、奇病というのは?」

 珠華が白焰の向かいに座って問えば、白焰は「それなのだが」と話し始めた。

「もう、十年ほどになるだろうか。俺はずっと謎の奇病に冒されていてな。その奇病というのが、女人に触れると必ずじんましんが出る、というものなのだ」

「はあ......?」

 無礼は百も承知だが、そんなおかしな病気があるだろうか、と珠華は首を傾げる。

「そのじんましんが、ひどいものでな。少しでも女人に触れたら最後、二日ほどは全身が熱くなって、膨張して見えるほど腫れあがり、痒みとそれ以上の苦しさで寝台から起き上がれないほどだ。おまけに老婆から赤ん坊まで、年齢問わずすべての女人に触れるとそうなる」

 白焰の口調には次第に熱がこもり、切実さが伝わってきた。

「もちろん、ありとあらゆる評判のいい医者に幾度も診させたが、原因すらわからない。臣下たちには早く結婚しろとか、世継ぎをと言われるが、こんな身体じゃ結婚なんて夢のまた夢! 俺はこんなにも素晴らしい人間だというのに!」

 白焰の熱弁に珠華は思いきり引いた。

(うわあ......それ、自分で言っちゃうの)

 さすが、皇帝陛下は言うことが違う、と白けた気持ちで目の前の美青年を見遣る。

「......私に訊きたいことって?」

「うむ。これは燕雲への二つ目の依頼にもかかわるのだが。珠華、そなたはこの奇病の治し方を知っているか?」

「いえ、まったく。そんな病気、見たことも聞いたこともありません」

 なぜ、珠華ならわかると思ったのだろう。ありとあらゆる名医に診せてわからなかった病を、こんな民間のまじない師見習いになんとかできると普通、考えるだろうか。

 それにしても、女性に触れるとじんましんが出るなんて、本人も言っていたように

皇帝陛下にとっては大問題に違いない。それほどひどいじんましんでは、もはや女性に触れるのを避けるしかない。世継ぎだなんだという以前の話であるわけで。

 そこで、珠華はひとつの疑問にたどり着いた。

「そのじんましんって、女性に触れるとすぐに出るんですか?」

「ああ。あっという間に全身が腫れる」

「......でも今、じんましん、出ていませんよね」

 そう、さっき珠華が転びそうになったとき、白焰は珠華に触れた。

 彼の話が本当ならば、今もじんましんが出ていないとおかしい。

「もしかして、布越しなら触れても大丈夫とか」

 尋ねてはみたが、白焰の表情は深刻だ。

「布越しで大丈夫だったら、こんなに困っていると思うか? もし服を着ているだけ

でじんましんが防げるなら、いくらでもやりようはあるぞ。例えば服を着たまま―─」

「あ、いいです。その話」

 なんだか下品な方向へ話が逸れそうな気配がしたので、珠華はばっさりと遮った。

「ではつまり、私に触れてもじんましんが出ない、ということですか」

「そうなのだ。理由が知りたい。......何か、心当たりはないか?」

 心当たりと言われても。もとより病気の原因がわかっていないのだから、答えようがない。

 困り果てる珠華に、白焰は「もしかして」と手を打つ。

「そなた、実は男か」

「なわけないじゃない」

 誰が男だ、誰が。

 しかし、本当にそんな病があるだろうか。逆に病でなかったとして、ではじんましんが出る原因は?

(老師を頼ってきたってことは、陛下はまじない......というか、呪詛に分類される呪術の可能性を考えているのよね)

 白焰に対して害意ある何者かが、彼の立場を悪くするために呪術をかけ、世継ぎを残せない身体にしたと考えれば、辻褄はあう。

 果たして、そんな者がいるのかは珠華にはわからないが。

「宮廷の神官や巫女には診てもらったんですか?」

「ああ。だが、わからないと言われた」

「うーん。宮廷神官にわからないとなると......呪詛や祟りでもないのかしら。でも、それだとますます意味不明よね......」

 いや、待てよ、と珠華ははっと顔を上げた。

 心当たりらしきものが、ある。

 急いで服の懐を探り、首にかけていた目的の物を取り出した。

「それは?」

「私が作った、まじない除けの御守りです」

 綺麗な赤い布の端切れを使って縫った、手のひらよりも小さな巾着袋。これは、少し前に珠華が自作したまじない除けで、なかなかよくできたので自分で使っていたものだ。

「これが呪術を無効にしたのかも」

 この御守りには、かなり貴重な材料を用いている。燕雲が経験も大事だと言って、なかなか手に入らない植物や動物の骨などを使わせてくれた。

 おまけにそれらの調合が、奇跡的な大成功となり強力なまじない除けになったのである。

 だから、この御守りが宮廷神官にさえわからない呪術をはねのけたとしても、不思議はない。

「では、その御守りがあれば俺はもうじんましんに悩まされずに済むということか⁉」

「うーん、そうなるんですかね。試してみます?」

 珠華は御守りを机の上に置くと、軽い気持ちで白焰に手を差し出した。

 本当に御守りが呪術を防いだなら、今度は御守りを持たない状態で触れれば、白焰は呪術でじんましんに襲われるはずである。

 白焰は、ごくり、と喉を鳴らした。

「ああ......」

 白く、骨ばった大きな手があまり躊躇もなく、ぽん、と珠華の手に合わさった。

(お、思ったよりもがっつり乗っけてきたわね......)

 普通、ひどいじんましんに襲われるかも、と考えたらもっと慎重になるものではなかろうか。

 珠華がそんなことを考えている間にも、その結果はすぐに出た。

「うぐっ」

 白焰の呻き声が聞こえてきてその手に目を落とせば、さっそく白かった手が真っ赤に腫れあがり、熱を持っている。......これは確かにひどい。

「う......っ、か、痒い」

 顔まで真っ赤にした白焰の姿を見た瞬間、珠華は咄嗟にまじない除けの御守りを手にとっていた。

(これじゃあもう、全身にかけるしかない!)

 御守りの巾着袋を開け、中の薬包を取り出す。そして粉状の中身を摘まみ、思いきり白焰に投げつけた。

「うわっ。......お」

 御守りの効果は顕著だった。

 あっという間に白焰の肌は元の白さを取り戻していく。

 腫れあがった手が元に戻ったのを見届けた珠華は、ほっと胸を撫で下ろす。自分から試してみるか、などと言い出した手前、自分のせいで白焰が苦しむ羽目になったら気分が悪い。

「すごいな、まじない除けの効果は。しかし、そなた」

「?」

「......つかぬことを訊くが、その薬包の中身はまだ残っているか......?」

「あ」

 しまった。つい夢中で、貴重なまじない除けの中身をぶちまけていた。巾着袋のままでもよかったかもしれない。

(どうしよう)

さあ、と顔から血の気が引く。

 まだ半分ほどは残っているが、この量では心許ない。もう一度作って足そうにも、このまじない除けは奇跡的な大成功による偶然の産物である。作ろうと思って作れるものではない。それこそ、宮廷神官にも─―師の燕雲にも。

 白焰は珠華の様子からすべてを察したのだろう、がっくりと項垂れた。

「なんということだ......。それさえ買い取れば俺は今後、嫁をもらい放題の素晴らしき人生を送れると思ったのに......」

「ご、ごめんなさい」

 宮廷神官にも見破れず、何をしても治らなかった、じんましんの呪い。また同じ材

料を集めて、同じまじない除けを作っても効く保証はない。

 珠華は必死に思考を回転させる。

 何か解決の糸口はないのか。このまじない除けに代わる、解呪の方法は。

「......手は、まだあります」

 そうだ。あのまじない除けは効くのだ。だったら、やりようはある。幸い、貴重な材料も相手が皇帝であれば問題なく集められるだろう。

「本当か⁉」

「はい。そもそも、このまじない除けをあなたに売ったとしても一生、御守りを手放せない身体であることに変わりありません。つまり、医術になぞらえるならば、対症療法です。でも根本から呪術を消したほうがいいと思いませんか」

「できるのか?」

「たぶん。......ちょっと、長丁場になるかもしれませんけど」

 一発でこの厄介な呪術を消すのは難しい。しかし、時間をかけて段階的に行えばなんとかなるだろう。

 珠華がそう説明すると、白焰はふむ、とひとつうなずいた。

「そうか、では珠華。─―俺の後宮に入れ」

 ............。

 ............。

 ............。

「は⁉」

 たっぷり数十秒の沈黙のあと、珠華はぎょっと目を剝いた。

(待って待って待って⁉ 今なんて⁉)

 聞き間違いでなければ、後宮に入れとか言われた気がしたのだが。

「だから。そなた、俺の妃となれ」

 ─―今度こそ、聞き間違いではない。

「はああああ⁉」

 なぜ、ここまでの流れでそういうことになるのか。まったくわからない。

 後宮に入れ? 妃になれ? どうしたらそんな結論に至るのだろう。

 呆然と白焰の顔を見れば、いい考えだろう、と言わんばかりに自信ありげな笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。

「なんで⁉」

 皇帝に対して無礼も何も、気にしていられない。

 珠華は摑みかかる勢いで白焰に詰め寄ったが、このおかしな皇帝陛下はまったく動じず、麗しい笑顔を崩さない。

「うむ。......ここで、三つ目の依頼がかかわってくるのだ。実は今、後宮で怪事件が起きていてな。それを燕雲に解決してもらおうと思っていた」

 後宮に、怪事件。話が急展開すぎる。

「私を後宮に入れて、老師の代わりにその怪事件とやらを解決させる。さらに、私が後宮に入ればあなたはいちいちこの店に来なくてすむ。......って、そんな馬鹿な」

 白焰の狙いを読み取り、先回りして口にした珠華は頭を抱えた。

 妃になる必要性をまったく感じないし、皇帝陛下のためとはいえ、なぜ珠華がそこまでしなくてはならないのか理解不能である。

(これって、命令? もしかして拒否権ない?)

 勘弁してほしい。しばらく城に滞在して呪術を解けというならまだしも、妃になれなんて、そう簡単には了承できない。

「当然だが、悪いようにはしない。後宮にいる間は衣食住を保証するし、報酬も十分支払う。そなたの望むものをなんでも授けよう。どうだ?」

「......そんなこと言われても」

 珠華の居場所はここだ。幼い頃から何年もかけて、こんな容姿の珠華を受け入れてもらえるようになった。

 だいたい、口約束なんて信用できない。

 仮に後宮に入ったとして、その間の生活はこの皇帝陛下のおんぶに抱っこになるということ。それでもし裏切られ、話を一方的になかったことにされたら? 相手はこの国の最高権力だ。珠華ごとき、いつでも、どうとでもできる。

 こんなわけのわからない案件に無理やり巻き込まれた挙句、自分ではどうにもならない生活を送るなんて、まっぴらだ。

 珠華ははっきり断ろうとしたが、白焰が口を開くほうが早かった。

「頼む。このままでは本当に......困るのだ」

「............」

「俺に、どうしても皇帝の座にしがみついていたい気持ちはない。だが、このまま俺の皇帝としての権威が失墜すれば、今の朝廷は間違いなく混乱に陥る。そしてその混乱は政ごとを停滞させ、民にも大きな影響が出るだろう。それは、なんとしても避けたい」

 白焰の言葉を聞きながら、足元へ目を落とす。

(言っていることは理解できる、けど)

 すぐに結論を出すには、重すぎる提案だ。

 正直なところ、この話は魅力的だ。仕事の内容はまじない師の仕事の範囲内だし、報酬は多いに越したことはない。

 でも。

「......私が皇帝陛下の妃なんて、無理です。だいたい、私みたいな見た目の女を妃にするなんて、周りが納得するはずありませんし。しかもただの庶民な上、孤児ですし。呪詛や怪事件よりも面倒なことになりません?」

「名案だと思ったのだが」

「気のせいですよ。ちょっと盛り上がってしまっただけでしょう」

 珠華が言うと、白焰はううむ、と考え込んでしまった。

 少し言い過ぎたかとも思ったが、これはまあ仕方ない。そんなその場の勢いで自分の人生を左右されては、たまったものではない。

 怪事件だって、宮廷神官が解決すればよいことで、呪詛の解除は別に珠華が定期的に城へ通えば済む話である。

 しかし、白焰はあきらめたわけではないようだった。

「では珠華、こうしよう。そなたが俺の呪いを解き、怪事件に向き合う間だけ、俺の妃として後宮に滞在してほしい」

「は?」

「依頼内容を変えよう。......珠華、俺と、期間限定の偽装夫婦になってくれ」

 珠華は今度こそ完全に言葉を失った。

 そんな珠華を見て、白焰はくすり、と笑う。

「すぐに答えを出せとは言わぬから─三日後、また来る。そのときまでに考えておいてくれ。俺の頼みだからといって、無理に引き受ける必要はない。これはほとんど俺の個人的な依頼だからな。断りたければ、遠慮なく断ってくれ」

「え......」

「いい返事を期待している」

 白焰は「ではな」と言い残し、さっと身を翻す。

 そして、作業場には呆然とする珠華だけが残された。

※続きは5月刊行の『宮廷のまじない師』でお楽しみください。

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顎木あくみ

著書に「わたしの幸せな結婚 シリーズなど(富士見L文庫)

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