お探し物は図書室まで

青山美智子

お探し物は図書室まで

3

書評『悩める人たちが、自力で突破口を見つけていく物語』 瀧井朝世

 タイトルから予想できるように、青山美智子『お探し物は図書室まで』は、図書室が舞台の物語である。だが、ページをめくって、おやっと思う。第一章の主人公、朋香は総合スーパーに就職し、衣料品部門の婦人服売り場に配属された二十一歳の女性である。決して不真面目なわけではないが、やりがいを見出せず、将来に漠然とした不安を抱いている。あれ、これって図書室の話ではないのか?

 読み進めれば納得する。転職を考えた朋香はスキルを身に着けようと、小学校に併設されたコミュニティハウスのパソコン教室に申し込む。この施設のなかに、図書室があるのだ。教室の帰り、パソコン関連の本を借りるためにそこに寄った朋香がレファレンスコーナーで出会うのは、肌が白く、白熊のように大きな女性、小町さゆりだ。髪をひっつめて作られた頭の上の小さなおだんごにはかんざしが一本。机に向かって黙々と羊毛フェルトに興じている彼女だが、朋香に対して穏やかに声をかける。「何をお探し?」。少し言葉を交わした後に彼女はものすごいスピードでパソコンのキーボードを打ち、お薦めの本をプリントアウトしてくれる。そのリストにはパソコン関連の本が何冊かと、なぜか『ぐりとぐら』。あまりにも有名な、あの絵本である。戸惑いながらも絵本も一緒に借りる朋香。

 全五章からなる本作は、各章、図書室を訪れることになる人々が主人公だ。朋香のほかには雑貨店を開く夢を持ちながらも時間も金もないと諦めかけている三十五歳の家具メーカー経理部勤務の男性、雑誌編集部で懸命に働いてきたのに育児休暇明けに資料部へ異動となり、失意のなかで子育てに追われる出版社勤務の四十歳の女性、何者にもなれないままに三十歳になり、母親と暮らしているニートの青年、定年退職を迎え、何をして過ごしたらいいのか分からなくなっている六十五歳の男性......。年齢も立場も異なる人たちだが、それぞれの立場や苦悩に、どこか他人事とは思えない身近さがある。

 彼らはまったく別々の理由からコミュニティハウスの図書室に行く必要が生じ、レファレンスコーナーを訪ねる。「何をお探し?」は小町さゆりの決まり文句。でもその声には不思議な包容力があって、利用者は探している本についてだけでなく、自分の現状についてひと言ふた言吐露してしまう。渡された本のリストに意外な本が一冊紛れこんでいるのは朋香の時と同様だ。ちなみに『ぐりとぐら』をはじめ、この意外な一冊というのがどれも実在するものばかりで、興味を持った読者は実際に手に取ることができる。

 

だが、将来が不安な朋香に『ぐりとぐら』が薦められたように、どの本も利用者たちの悩みにストレートな回答を与えてくれるようなものではない。ここがポイント。訝しがりながらも借りた本を丁寧にめくるうちに、利用者たちはそれぞれ、自分なりの気づきを得ていく。本の中に答えがあったのではない。心のどこかで本人が求めていた答えが、一冊の本を通して浮かび上がってくるのだ。それは、読書という行為の本質的な部分を表している。同じ本を読んでも、心に刻まれるポイントや共感する箇所が人によって違うように、本とはある種、鏡のような存在で、どの部分に何を感じるかに、読み手自身が映し出されている。ここに登場する人たちもまた、ページをめくりながら、自分自身と向き合っているのだ。

とはいえ、もちろん小町さゆりは行き当たりばったりで本を選んでいるのではない。彼女は、利用者のちょっとした一言をしっかりと聞き取っている。自分の職業に対する「たいした仕事じゃないです」という謙遜、やりたいことがあるのに「いつかなんて言ってるうちに、夢で終わっちゃうのかもしれないけれど」という諦めの言葉、「こんなはずじゃなかった」という落胆......。そんな後ろ向きな言葉を発する彼・彼女らに、小町さゆりは優しい言葉をかけつつ本を選ぶ。そして、プリントアウトした本のリストの他に、いつも「付録」をプレゼントする。それは羊毛フェルトで作られたマスコット。人によって小さなフライパンだったり、猫だったり。

 

この不思議な司書の美点は、押しつけがましくないことだ。優しい言葉はかけるし相手を肯定しようとしている姿勢は伝わるが、本のセレクトそのものについては何の説明もしない。自分が他人を助けようとか救おうとか、自分の選書で他人に影響を与えようといった態度を見せないのだ。きっとこの人は知っている。本人の心の中にある答えを引っ張り出すのは、本人にしかできないし、本人でなければ意味がないのだ、と。自分はそのほんのきっかけを作っているのにすぎないのだ、と。つまり、本作は悩める人たちが、自力で突破口を見つけていく物語でもあるのだ。小町さゆりではなく利用者たちが視点人物となっているのは、その過程を読ませるため。しかもまた、その道のりに意外性があって、楽しませてくれる。

何かを見つけたいと思う人たちに対して、公共の図書室はいつだって開かれている。どんな本でもいい、もしも何か惹かれる本があったら、ページをめくればいい。その本のどこかに少しでも心に響くものがあった時、それはきっと自分をどこかに導いてくれることになる。ああ、自分も本と出合いたい、丁寧に読みたい︱そう思わせてくれるのが本作だ。もちろん、この作品との出合い、小町さゆりとの出会いだって、読者にとって何かを変える小さな一歩になっているかもしれない。

※※※

profile

*瀧井朝世(たきいあさよ)*

1970年生まれ。東京都出身、慶應義塾大学文学部卒業。出版社勤務を経てライターに。作家インタビュー、書評などを執筆。著書に『偏愛読書トライアングル』、『あの人とあの本の話』、『ほんのよもやま話 作家対談集』。岩崎書店〈恋の絵本〉シリーズ監修。

Profile

青山美智子

青山美智子(あおやま・みちこ)
1970年生まれ、愛知県出身。横浜市在住。大学卒業後、シドニーの日系新聞社で記者として勤務。2年間のオーストラリア生活ののち帰国、上京。出版社で雑誌編集者を経て執筆活動に入る。第28回パレットノベル大賞佳作受賞。デビュー作『木曜日にはココアを』が第1回宮崎本大賞を受賞。同作と2作目『猫のお告げは樹の下で』が未来屋小説大賞入賞。他の著書に『鎌倉うずまき案内所』『ただいま神様当番』。

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