終電前のちょいごはん

標野凪

終電前のちょいごはん

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月夜のグリューワイン

フリーのインテリアデザイナーとして、大手メーカーから和装小物店の内装のトータルプロデュースを頼まれた日向子。張り切って仕事を進めていましたが......

     *


 打ち合わせ場所に選んだ天神のカフェはちょっと奥まったところにあるせいか、昼時をずらせばゆっくりできるので、打ち合わせにも重宝している。念のため、奥の半個室を予約しておいた。
 施工をする建築会社は大阪に本社がある中堅メーカーの福岡支店だ。担当の西田さんは四十代半ばくらいの大柄で気さくな感じの男性だった。博多出身だという。ひととおり名刺交換したあと、早瀬さんが図面を開いた。私が送った手書きのスケッチを基に、西田さんが図面に落とし込んだものだ。コンピューターで作ったカラーのパース図も添えられている。
「あれ こちらでご提案していたラフとだいぶ違うっちゃない?」
 一見して思わず言ってしまった。いくつか提案した中から「かまくら」と名付けた案が進められていた。老舗の持つ重厚感を残しながら、暖かみのある洗練の美を表現したい。そんな思いから、竹や木の格子や、漆喰のような塗り壁、和紙を貼りめぐらしたようなパーテーションなどを提案していた。それなのに、この図面で使われているものは、ちょうどこの前依頼された単身者用の賃貸マンションの仕事で、メーカー側から指定されたものと同じ素材を中心に構成されていた。安易で個性のない選択だ。
「この自然素材んとこですが、それに近か質感の壁紙や塗装で検討させてもらいました。予算内で組むとですね、どうしてもこげな感じになるとですよ」
 西田さんが、すまなそうに言う。もちろん予算的にも施工的にも厳しいのはわかっている。
「でも早瀬さんも本物志向でって言いよんしゃったやないですか。これだと全くイメージが変わってくるけん......」
 安っぽい内装の中で職人に作らせたという什器が、不自然に悪目立ちしている。ちぐはぐなイメージが否めない。
「たしかにそうなんですが、ショッピングモールだと予算も限られていて。なのであくまで本物をイメージしつつトータルで和のテイストが出せたらいいと思うんですよね」
 早瀬さんが私をなだめるように言う。
「でも、それだけじゃないですよね。店内の壁をフラットにしてしまうと、奥の棚もいきてこんですよ」
 壁を雪で作ったかまくらのように丸みをおびた曲線にするのもデザインのポイントだった。雪でこしらえたように壁と商品棚を同化させようというアイデアは、早瀬さんも構想段階から気に入ってくれていたはずだ。
「棚は曲線にしても面白いと思うんですが、壁はフラットでもいいんじゃないですか商品が入るわけですし」
 私を見る早瀬さんの表情に、少しやっかいなものを扱うような色が含まれはじめた。
「でも......」
 言い募る私に、
「壁に意匠が含まれることで、置かれる商品の数が減ってしまうのももったいなかですけん」
 商業施設の設計に慣れている西田さんのまっとうな意見だ。従わざるを得ない。私は自分の立場がどんどん弱くなってきていることに気付かないふりをしながら、自然と語気を強めた。
「じゃあ、ファサードの間口はどうやろか。ラフで描いたように、もっと狭めたほうが、和の印象が強くなるって思うっちゃけど」
 正面の外観のことをファサードと言う。ほっこりしたやわらかさを出すために丸くくり抜いた入り口は、図面では、横長に広くなっている。
「ファミリー層が多かことが想定されるけん、バギーがすれ違うのに、十分な幅ば取ることにしたっちゃけど......」
 そうですよね、というように早瀬さんの表情を窺うようにしながら西田さんは言う。そんなことはわかっている。もちろんそれを考慮した上での間口の寸法だ。
「それでもこんなに広げんでもいいっちゃないと? 例えばこれくらいでも......」
 図面の上に鉛筆で線を描く私に、早瀬さんの尖った声が被さる。
「間口が狭いと客層を限定しちゃうところがあるんですよね。入りにくくなるというか」
「でもそれやと、かまくらじゃなく......」
「ファサードの色をもう少し暗いトーンにするとか、床に土間風のタイルを使うって方法もありますから」
 早瀬さんのはねつけるような口調が棘のように突き刺さる。
「ええ。そうですね。いくつかサンプルを持ってきとりますけん、それで再度選んでいただく、っていうことで」
 かみあわない空気を埋めるように、西田さんが明るく頷いてみせる。
「日向子さんにご提案いただいたイメージ自体は素敵だと思うんですよね。その上で、こちらの予算規模や客層などと摺り合わせて、うまく着地できるところをご相談させてください」
 そう言って早瀬さんがふっと肩を落とした。これではまるで駄々っ子の私をなだめすかすような構図ではないか。情けなかった。テーブルの上のコーヒーは、すっかり冷たくなっていた。

     *

 からからからから。からからからから。
 ハムスターは駆け回り続けている。ゴールのない駆け足。答えは見えない。
 
「今さらじたばただとは思ったんですが」
 何度かの修正を繰り返し、それでも終着点が見えないまま時間ばかりが過ぎていった。そろそろ実施図面を描かなければ、工期に間に合わない。時間がたつにつれ、店舗のデザインは当初のイメージからどんどん離れていった。次第に予算や工期のことしか口にしなくなった早瀬さんを見ながら、何のために私に依頼してくれたのかすらわからなくなっていた。それでも私を選んでくれた早瀬さんに私らしいデザインで喜んでもらいたかった。
 私は思いきった修正を加えた上で、イメージが掴みやすいようにと、実寸を二十分の一にした大きな模型を作った。丸二日間と半日、ほとんど寝ずに完成させた。やれることだけはやろうと思った。聞こえはいいが、悪あがきだということはわかっていた。
 一人暮らし用のちゃぶ台くらいもある大きな模型を前に、今朝の飛行機で来福してきたばかりの早瀬さんは、少しばかり困ったような表情をした。それでも、
「わかりました。ひとまずお預りしますね」
 そういって模型を抱えて事務所をあとにした。何一つ物語ってくれない後ろ姿だった。やがて外から静かにタクシーの走り去る音が聞こえた。
 そのとたん、ここ数日の疲れがどっと出た。買いだめしておいた菓子パンやカップ麺の在庫も尽きた。重い体を引きずりながら、自転車に乗る。コンビニの脇をすり抜けて裏に回る。いつもの場所に今日は看板が出ていない。ぐっと頭をあげて窓を見ても、エジソンランプは消えたままだ。
「お休みかあ」
 仕方なく、来た道を戻った。

<順調だと思っていたのに......。続きは6月3日にアップいたします。>

Profile

標野凪

静岡県浜松市出身。東京、福岡、札幌と移り住む。福岡で開業し、現在は東京都内にて小さなお店を切り盛りしている現役カフェ店主でもある。
2018年「第1回おいしい文学賞」にて最終候補となり、2019年に『終電前のちょいごはん 薬院文月のみかづきレシピ』でデビュー。

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
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