半分日本人

モハメド・オマル・アブディン

半分日本人

写真:森 豊

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オメルくんのラーメンデビュー

 来日して、もう19年がたつ。実に人生の半分以上である。
 日本にもすっかり馴染んだとぼくは思っているのだが、ある場面に遭遇すると、途端にアウェー感を味わうことになる。それは「ラーメン食って帰るか」という言葉が聞こえてきたときだ。

 それはだいたい大きな研究会や、仕事などの後で、打ち上げの一次会が終わり、話が盛り上がってきたころにやってくる。テンションが高くなった周りのみんなは、なだれ込むようにしてまっしぐらにラーメン屋を目指す。ラーメンの味を求めてというよりも、一つの儀式のように思えるくらい、たびたびそんな場面に出くわしてきた。

 当然ながら、ぼくも並々ならぬ好奇心を抱いているのだが、ラーメンは基本的に豚ちゃんが支配している領域なので、イスラム教徒のぼくは食べることができない。友人が気づいて「チキンラーメンもあるよ」などとフォローしてくれるのだが、どんなラーメンであろうとも、豚ちゃんはしぶとくなんらかの形で紛れ込んでくるのだ。

 以前、奨学金をいただいていた団体でお世話をしてくれたHさんが「ラーメンの味を知らないのか? それは残念だ。俺が豚を一切使わないラーメンを我が家でつくってやる」と言ってくれたことがある。そのときは社交辞令だろうと思ったが、一週間後に本当に電話がかかってきて、「明日暇か?」と聞かれた。時間がある旨を伝えると、ぼくはHさんのご自宅に招かれた。そこで、生まれて初めてラーメンをいただいたのだ。なるほど、みんなが行きたくなる理由がわかった気がした。

 最近になって、「ムスリムでも食べられるハラルラーメン」の店が少しずつ増えてきた。だが、箱根だとか、空港だとか、気軽に行けないようなところばかりで、まったく行く気がしなかった。ぼくには、その味を求めてわざわざ旅をするほどのグルメ好きのパッションはない。相変わらずラーメンとは縁のない日々が続いていた。

 しかしつい先日、ラーメン好きの友人Sさんが、ぼくがラーメンを食べられないのを知って、豚を使用しないラーメン屋をネットで探し出してくれた。そうして「ハラルラーメン」を全面的に押し出している新宿御苑近くのラーメン屋「桜花(おうか)」に行くことが決まり、Sさんと、Tさん、それに妻と長男オメルの5人で出かけた。

 店に入ると、予約席に通された。接客にあたっていた方は頭にスカーフを巻いていたそうだから、おそらくマレーシア人かインドネシア人なのだろう。あるいは、日本人ムスリム女性かもしれない。小さい店であるが、8割型が外国人客のようだった。海外のレストランなんじゃないかと錯覚するくらい、まったく日本の雰囲気が感じられない。加えて、ラーメン屋にありがちな男性客の多さや、汚れっぽいところ、早く食べて帰らなきゃというイメージもまるでない。しかも客のうち何組かは子連れで、ゆっくり食べてもせかされるようなプレッシャーは感じられなかった(ぼくが鈍かっただけなのかもしれないが)。

 一番豪華なセットメニューを頼むと、最初にサラダ、次に巨大つくね、そして最後にお待ちかねの主役がやってきた。ぼくは辛めのラーメンを注文したのだが、妻は辛くないレギュラーを注文した。長男のオメルにはお子様ランチ。

 しかし、ここで問題が起きる。子どもって、やっぱり大人の食べているものを食べたくなっちゃうんだよな。妻には申し訳ないのだが、ぼくは子どもが食べられない辛口を注文してよかったとラーメンをすすりながら考えた。

「めちゃうまい」

 率直にぼくは思ったのだが、比較対象がないので、ラーメン事情に明るいSさんとTさんの反応をうかがった。すると二人して感嘆の声を上げて、「これはハラルとか関係なく、普通にうまいよね」と口をそろえていた。

「スープは鯛の出汁なのに、こんなに濃い味が作れるのか」

 とラーメン好き特有のうんちくを語っている。
 しめに残ったスープをごはんにかけて茶漬けにするのだが、これがまた最高にうまくて、ぼくはただ絶叫するのみだった。
 ぼくのおいしさのバロメーターは、耳の後ろのあたりの血流が増えて、こそばゆい感覚になることだが、その日は記録を塗り替えて未知の領域に突入した心地がした。
 ラーメンを完食して我に返ると、妻の注文したラーメンは2歳の長男にほとんど食い荒らされている。それなのに「おいしかった? よかったね」と子どもをほめているではないか。

 ぼくは思った。やはり母は偉大だ。辛口を頼んで、子どもに食べられなくてよかったなんて思っているちっぽけな自分を恥じるほかなかった。そして、子どもが「ラーメンおいしい!」と連発するのを見て、やっぱりラーメンの力って絶大だと思った。

 オメルくんは2歳ではやばやとラーメンデビューを果たした。
 オメルくんが高校生になる頃、部活帰りにチャリをこぎながら友達に「ラーメン食って帰るか」と気楽に言えるようになっていることを夢みたい。
 観光立国構想のおかげで日本が我が家にとってより住みやすい国になっていくのをじわじわと感じつつ、次はどこのラーメン屋へ行こうかとSさんと相談している今日この頃である。

Profile

モハメド・オマル・アブディン

1978年、スーダンの首都ハルツームに生まれる。生まれたときから弱視で、12歳のときに視力を失う。19歳のとき来日、福井県立盲学校で点字や鍼灸を学ぶ。その後、母国スーダンの紛争問題と平和について学びたいという思いから、東京外国語大学に入学。同大学の特任助教を経て、現在は学習院大学法学部政治学科特別客員教授。熱烈な広島カープファン。昨年、長年の夢だった優勝が実現して脱力状態にある。著書に自らの半生と、見たことのない日本をどのように感じてきたかを描いた『わが盲想』(ポプラ社)がある。

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