半分日本人

モハメド・オマル・アブディン

半分日本人

写真:森 豊

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ラッシュアワーのお悩みあれこれ

 世界政治が目まぐるしく変化する今、なぜそのことについて原稿を書かないのか、と担当編集者のSさんから言われた。確かに、国際政治を研究している身にとって、今は絶好の商機だと思う。トランプ劇場だけとってもいくらでもネタがあるし、一冊の本になりそうなくらいだ。

 トラ劇場でいちばん突っ込みを入れたいことといえば、やはりアフリカ中東7か国出身者の入国制限だろう。
 なぜって、米国内でテロを起こしたことのないわが故郷・スーダンや、リビアなども入っているからだ。9・11テロの実行犯の大半は、中東における米国の最大の同盟国の出身者が占めており、今回もそれらの国々はリストから外れている。入国を制限された7か国は、世界大国に恐れられるぐらいだから、危険国G7を作ってみるのもいいかもね。
 あー、こんな話、やっぱりこれ以上書く気になれない。

 原稿を書きあぐねて八方ふさがりになると、政治ネタから一気に、重箱の隅をつつくようなネタに転落する。前回のトイレネタもこのようにして生まれた。
 トランプ劇場はまだまだ衰えを知らないけれど、今回もまたちゃっちー話題に行きついてしまった。申し訳ありませんが、しばしおつきあいください。

 昨年、東京郊外へ引っ越したのをきっかけに、ぼくはサラリーマンの通勤地獄を遅ればせながら味わっている。すると、通勤途中にどうしても一言突っ込みたくなるようなことがそこら中に転がっているのだ。
 今回は、エスカレーターの音声案内に一言もの申したいと思う。

 みなさんもご存じだろう。駅などの公共施設やデパートなどによくある親切なエスカレーターだ。音声によって視覚障害者が進行方向とは逆に乗ったりすることを減らせるし、けがや事故の防止に役立っていることは否定しない。

 しかし、せっかくの素晴らしい配慮も、残念ながら不要な情報ばかりが過剰で、だれも耳を傾けていない。もったいないよ。

 多くの人にとってきっと雑音の一部にしか聞こえていないエスカレーターの音声案内も、必要な情報をちゃんと伝えてさえくれれば、いま以上に視覚障害者が安全、かつスピーディーに移動する助けになると思う。ぼくが遅刻する頻度もぐっと減るかもしれない。

 たとえば、仮にぼくが3番線の山手線内回りに乗りたいとしよう。その場合、エスカレーターの音声自体が道しるべになる。そこで、ぼくが欲しい情報はこうだ。

「山手線内回り、○○方面はこのエスカレーターを上って右側です。左側は京浜東北線○○方面。ホームドアは右の山手線のみに設置されているのでご注意ください」

 だが、実際にエスカレーターを見つけて乗ろうとすると、だいたい次のような音声が流れてくる。

「エスカレーターをご利用の際はベルトにつかまり黄色い線の内側にお乗りください。エスカレーターを駆け上ったり駆け下りたりするとたいへん危険です。おやめください。急停止することがありますのでベルトにおつかまりください」

 おいおい。上るか下るか、その先はどこなのかを教えてくれよ。そんなこといってるうちにホームに電車が入ってきちゃったじゃないか、とぼくはエスカレーターお嬢様の親切にボソボソと抗議する。

 するとクレームが耳に入ったのか、エスカレーターお嬢様はゆったりと、

「上りエスカレーターです。1番2番ホームです」

 とようやく必要な情報を出してくれた。

「お嬢様サンキュ」

 放送の周期は何十秒なのかわからないが、エスカレーターの前に突っ立って耳をすましていると、たいてい後ろから無言のプレッシャーがのしかかってくるか、心配した優しい方が声をかけてくれるかのいずれかの展開になる。

 ほんの短い時間とはいえ、この数秒の立ち往生の間に、一日の集中力の半分ぐらいを消耗してしまう。おまえの集中力はその程度かよと言われれば、その通りなのだが。
 今日の帰り、エスカレーターお嬢様のぺちゃぺちゃおしゃべりにぜひ耳を傾けてみてください。

 最近、通勤時間でもう一つ気になることがある。それはラッシュアワー時間に電車の先頭車両が女性専用になることと関係している。そのこと自体は素晴らしいことだ。痴漢が社会問題化しているいま、せめて痴漢に遭う可能性のないスペースを作ることは必要だろう。

 ただ、女性専用車両がある旨を伝えるアナウンスの最後には、「小学生以下の男の子、お体の不自由な方とその介助者にご利用いただけます」と続く。

 これも別にへそを曲げないかぎり、すばらしい配慮に聞こえる。実際に助かっているという障害者の方もいるだろう。だが、体の不自由な人も人の子だ。全員が痴漢をしないという保証はどこにもない。もちろん、ぼくは痴漢をしたことがないし、これからするつもりもないが、やっぱり少し気になってしまう。

 ぼくが考えるに、このようなアナウンスの背景には、「メディアが作る障害者像」が少しは関係しているのではないだろうか。障害者はかわいそうな人たち、ひたむきで、がんばっていて、やましいことは考えない。その延長上に、たとえ異性でも中性として扱われることがあるような気がする。だからこそ、障害のある人がスキャンダルを起こすと、その報道のされ方は健常者と比べてヒートアップしやすい。

 数年前、ぼくはラッシュアワー時に出掛け、駅員さんに案内をお願いした。すると、ホームが人でごった返していたので、駅員さんは親切に女性専用車両に乗せてくれた。「ここは先頭車両ですよ」と伝えてくれたのと同時にガタン、とドアが閉まった。

 次の瞬間に流れた、なんともいえない微妙な空気をいまだに忘れられない。恥ずかしいやらきまりが悪いやらで、どうにも身の置きどころがなかった。
 後から乗ってきた女性客はどう思っただろうか。怒られたらどう返事をしようかな、などと不要な心配ばかりして、目的地に到着するまでの30分でへとへとになった。
 ぼくの考えすぎだろうか? それとも、トラちゃんのいる現実から逃避したくて、どうでもよい悩みに逃げ込んでいるのかな。
 いずれにせよ、ぼくはもう女性専用車両には乗りたくない。

Profile

モハメド・オマル・アブディン

1978年、スーダンの首都ハルツームに生まれる。生まれたときから弱視で、12歳のときに視力を失う。19歳のとき来日、福井県立盲学校で点字や鍼灸を学ぶ。その後、母国スーダンの紛争問題と平和について学びたいという思いから、東京外国語大学に入学。同大学の特任助教を経て、現在は学習院大学法学部政治学科特別客員教授。熱烈な広島カープファン。昨年、長年の夢だった優勝が実現して脱力状態にある。著書に自らの半生と、見たことのない日本をどのように感じてきたかを描いた『わが盲想』(ポプラ社)がある。

Pick Up Book

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  • i
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