花のお江戸で粗茶一服

松村栄子

花のお江戸で粗茶一服

画:柴田ゆう

1

 風が強いのは台風が近づいているせいらしい。庭ではあらゆる草木が花や葉の裏を見せて横へなびいている。
 廊下の硝子戸(がらすど)はがたがたと鳴り、それでもさすがに風が入ってくることはないのに、茶席の床(とこ)に掛けられた大きな横物が揺れて、軸木(じくぎ)の壁に当たる音がする。その下にはどっしりした宗全籠(そうぜんかご)が置かれ、薄(すすき)や秋桜、藤袴といった秋草がとりどり入れられた中に、ふわりふわりと浮いて見える玉のようなものは、吾亦紅(われもこう)の紅暗い花穂だろう。
 軸は大きいが、書かれている文字は読みやすく、ただ〈関(かん)〉の一字。どこかの高僧の筆で、墨量が多く墨溜まりが目立つ。
「関」
 何をもってこの日の茶会に選ばれたのか、軸自身が知りたいと焦れて揺れているようにも見える。

「心がけが悪いせいでしょうか、こんな荒れた天気になりまして......お寺のほうもご心配でしょうに、ご足労いただきまして恐縮です」
挨拶に出た家元は畳に額が付きそうなほど平伏した。武家茶道〈坂東巴流(ばんどうともえりゅう)〉の当代、友衛秀馬(ともえほつま)である。
「ご足労と言われてもなぁ、まぁ、十歩くらいのもんですわ」
 正客は隣の禅寺、博心寺(はくしんじ)の和尚で、表門から回ればいざ知らず、裏木戸をくぐればそこが友衛家だ。いよいよとなればひょいと裏口から戻ればよい。ここへ呼ばれるたびにいつも同じ事を言っている。茶は好きなので、法事でもない限りは呼ばれればいつでもやってくる。明治の初めまでは、ここも寺領の内だった。廃仏毀釈の気運高まる中、放っておけば奪われそうだった土地を早めに友衛家に譲り渡し難を逃れた。今も弓道場の敷地は寺の中にある。
 坂東巴流の流祖が知己もなく単身江戸へやってきたそのときから、後見人として面倒をみてきたのが博心寺であり、無論、友衛家の菩提寺でもある。
 次客には、秀馬の父であり隠居した先代でもある友衛風馬(かざま)が坐っている。三客には、長くこの家に住み込みで仕えている武藤弥一(むとうやいち)。ふたりともよく似た消炭色(けしずみいろ)の上衣に憲法(けんぼう)の袴をつけて、老いた武士の風情である。一人おいて詰めに坐っているのは弥一の孫娘、武藤カンナ。やはり袴姿だが、臙脂色(えんじいろ)は茶会用に誂えたものだろう。ただひとり、弥一とカンナとの間に坐っている御仁だけが、烏帽子(えぼし)に狩衣(かりぎぬ)といった強装束(こわしょうぞく)で、ほぼ二人分の幅をとってゆったり安座している。違和感の塊のような人物は、カンナの婚約者、今出川幸麿(いまでがわゆきまろ)だ。
 要するに客は皆、身内だった。場所は、坂東巴流発祥の地、隅田川にほど近い本所の一画に建つ〈行空軒(こうくうけん)〉。〈天馬空を行く〉の心で、代々、名に〈馬〉の字を持つ友衛家の男子たちが守り伝えてきた茶の湯の道場だ。といっても、火事で焼けるたびに建て直し、建て直すたびに形が変わってはいるのだが。
 やがて秀馬の陰から、一閑張りの皿に鳴子(なるこ)の菓子を盛って妻公子(きみこ)が現れる。半色(はしたいろ)の無地に黒っぽい帯を地味に結んでいる。まるで法事のようだ。点前座(てまえざ)はと見れば、線の細い少年がそれでも慣れた様子でシャカシャカと茶筅(ちゃせん)を振っている。
 まだ誰か足りないと思って見ていると、正客、次客の茶が運ばれたあと、水屋から点(た)て出しの茶を持って若い女子が現れた。五人程度の客なら点前座で点てればこと足りそうだが、わざわざ彼女の出番を作ったものらしい。内弟子に入ったばかりの桂木佐保(かつらぎさほ)である。茶席にもかかわらず弓道着をつけているのはまだ茶の心得がない故か、客に教わりながら茶碗を置くと、そろそろと摺(す)り足で出て行った。

「しばらく見かけなかったが、京都に行ってずいぶんおとなになられましたな」
 茶碗を返しながら、和尚が見ているのは点前座のほうだ。
「図体ばかり育ちまして」
 秀馬は笑う。
「ですが、おかげさまでようやくその気になってくれたようで、この子がわたしの跡を継いでくれることになりました。まだまだ修行はこれからですが、どうかわたくし同様に末永くご指導くださいますよう、ご住職にはなにとぞ、なにとぞよろしくお願い申し上げます」
 歌舞伎の口上のように仰々しく述べて、最前よりさらに深く頭を下げた。点前座は無論、次客以下全員が和尚に向かって真の礼をする。
「さようでしたか、それでこその〈関〉ですな」
 和尚はちらと床に目をやってから、視線を少年に戻し、こほんとひとつ咳をした。祝いに何か言ってやらねばなるまい。おぎゃあと生まれたそのときからよく知っている子供なのだ。
「〈関〉という字は〈門〉の中に何かあるが、あれは何だと思う、坊主」
 坊主に坊主と呼ばれた少年は、えっと点前座から目を上げる。〈門〉の中にあるのは〈关〉というものだ。なんと読むのかは知らない。しかし門を通るには邪魔な物だ。
「誰かが......入り口をふさいでる? 両手を広げて足を踏ん張って通せんぼしているみたいに見えます」
「なるほどなるほど。人の形だな。カンナちゃんはどうだね」
 こちらも幼くして友衛家にやってきたその日から知っている。門の前に脚を踏ん張り「たのもう、たのもう」と声を張り上げていたのを最初に見つけたのはこの和尚だ。
「わたくしですか。はぁ、そうですね」
 生真面目にじっと軸を見つめてから、閉門中の家の門に打ち付けられた竹竿に見えると答えた。
「時代劇でよく見ますが、こう、×印に竹が打ち付けられて、縄で結わえてあるところを横棒が表しているとか」
「ほう、具体的だな。言われてみれば、そんなふうにも見えるか。そこのお嬢さんはどうかな」
 茶道口から覗き込んだ佐保も座敷へずずっと入ってきた。人差し指を顎に当てかすかに首をかしげて考えていたかと思うと、両手の人差し指を平行に立てて、それから交差させた。
「門番さんが右と左にいてて、お互いの槍を交差させはったとこ? 通さへんよぉ言うみたいに」
 うんうんと和尚は頷く。
「どれも正しいな。まぁ、旧字体で見ればよくわかるが、この中のものは錠前のようなものだ。新字で書かれるといささか雰囲気はちがって見えるが、要するに簡単には開かない、通れない門であるというイメージはみな正しい。たとえば〈玄関〉だが、これは本来、玄妙なる悟りの道に至る関所のこと、仏門に入れるかどうか厳しく試される場所でありますからな、そこら中の家にあるようなものではない。まして靴を脱ぎ散らかして入れる場所ではない。ここをきちんと通れるかどうか、道を決めたからには心せよ、坊主」
「はい!」
「よい返事だ。頼もしいことですな。ところで、もうひとりはどうしました。やんちゃなほうは。小さい頃はよく寺へ来て雑巾ダッシュをしていたが、最近とんと見かけませんな」
 すると、和やかだった場がすっと冷たくなり、和尚以外の者たちがみながくりと肩を落とした。カタカタ鳴っていた掛軸も鳴り止む。ただひとり、次男坊の行馬(いくま)だけが、のびやかに背筋を伸ばし、柄杓に水を汲んでいる。
「あれは......」
 秀馬は苦しそうに頭を上げ、両の拳をひざの上に置いた。
「長男は、己を鍛えなおすためと申して山へ籠もりましたが、どれほど厳しい修行をしたものか、とうとうそのまま帰らぬ身となりました」
「なんと!」
「親のひいき目と笑われるかもしれませんが、友衛家の嫡男として恥ずかしくない最期だったと、そのように思って諦めることにいたしました。武士道というは死ぬことと見つけたり」
 そう言って瞼を伏せる。
「隣に暮らしておりながら存じ上げず、申し訳ないことでした。いやしかし、それはなんとも、惜しい若者を亡くしましたなぁ」

(つづく)

Profile

松村栄子

1961年静岡県生まれ、福島県育ち。1990年「僕はかぐや姫」で海燕新人文学賞、1992年「至高聖所(アバトーン)」で芥川賞を受賞。著書に『雨にもまけず粗茶一服』『風にもまけず粗茶一服』『ひよっこ茶人、茶会へまいる。』などがある。

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