晴れたら空に骨まいて

川内有緒

晴れたら空に骨まいて

成田発フフホト行き

 話はそれるが、ディスカバリーチャンネルで人間の脳に関するドキュメント番組を見たことがある。研究によれば、人間は無意識で自分のリミットを決めていて、いつもは身体能力の十パーセントくらいしか使っていないのだそうだ。ただし、緊急事態に陥るとリミッターが自動的に外れ、「火事場のクソ力」を発揮する。番組では一トン近い岩の下敷きになった人が、自力で岩を持ち上げて助かったという事例を取り上げていた。ちなみに、ベンチプレスの世界記録は五〇〇キロである。
「旦那さんが内モンゴルで倒れました」
 そう電話口から聞こえてきた時、畠中さんは自分のリミッターを外した。はるか遠くで墜落しそうになっている凧を助けるために。

 平川さんが倒れたいきさつは、こうだ。撮影スタッフが内モンゴル入りして数日経ったが、一向に撮影の段取りがつかない。どうやら予定の数の馬が揃わないらしい。毎日、平川さんは北京のホテルでイライラしていた。
「どうなってるんだ」と怒鳴る平川さんに、ディレクターは「交渉が進まない」と繰り返すばかり。ディレクターは海外経験が少ない若い人で、交渉下手なようだった。苛立ちが頂点に達した平川さんは、自ら内モンゴルに飛び立った。そして、なんとか予定の数の馬を揃え、無事に撮影は完了した。
 そして引き上げる日に、ホテルで倒れた。

 一方の畠中さんは、深夜二時に電話を切ると、そのままスーツケースからパリにいくためのスーツを取り出し、代わりにダウンジャケットや手袋をつめた。荷物を閉じるとすぐに中国人の親しい友人に電話をかけ、「深夜にごめんね」と切り出した。詳しいことを内モンゴルの病院から直接聞いてもらうためだ。快く引き受けてくれた友人の話では、彼は意識不明の重体。一刻を争うとのことだった。

 翌朝起きるなり、スーツケースを引きずって家を出発した。まだチケットも買えていないが、一刻も早く日本を飛び立ちたかった。
 とりあえず銀行に向かい、三百万円の定期を解約した。
「なんらかの形で彼を日本に連れて来ないといけない。中国は現金社会でしょ。お金がモノを言うところだから、とにかく現金!」
 帯つきの札束をカバンに放りこむと、次は領事館だ。当時はまだ中国に行くにはビザが必要で、下りるまでに一週間はかかる。そこで畠中さんは、先の中国人の友人に頼んで内蒙古病院からファックスを送ってもらっていた。明け方に送られて来たファックスには、「平川光二さんは内蒙古病院で重体。ただちに奥さんを病院によこしてください」と中国語で書かれている。それをお守りのように握りしめて、領事館に駆け込んだ。
 いかにも融通のきかなそうな中国人の役人は、ファックスを眺めて、「少し時間がかかりますよ」と無愛想につぶやいた。そして顔をあげて畠中さんを見ると言った。
「二時間後に来てください」

 その間にチケットの手配をする。現代のようにインターネットで即日チケットが買える時代ではない。まずは馴染みの旅行代理店に電話して、パリに行くチケットをキャンセルすると伝えた。
「主人が倒れたの。代わりに内モンゴルに行くチケットが欲しい。それも、どうにか今日のうちにフフホトに入りたい」
 これは難しい注文だ。あの頃、中国の内陸部に入るには、必ず北京か上海で一泊しないといけなかった。しかし代理店の男性は、「任せてください。絶対に取ります」と言い切り、その数時間後には電話が鳴った。
「取れました、フフホトに夜遅くに着く便です。すぐに成田に向かってください。時間がないので航空会社のカウンターで現金で払ってください!」

銀世界の刑務所

 北京に着くと、そこでは平川さんの弟の光幸さんがすでに福岡からかけつけていた。ふたりでフフホト行きの国内線に乗りこむ。一人がふたりになったことで心強かった。
「飛行機の中でなに考えてたかとか、ぜんぜん覚えてないわ。たぶん、呆然としてたんじゃないかしらねえ。早く、早くってことばっかり考えて」
 そうして、同日の夜十一時に空港に到着した。荷物を取って空港の外に出ると、あたりは一面の雪景色が広がっていた。月明かりを反射して、雪が青白く光っていたことを今でもよく覚えている。
 ふたりは病院に入るなり、ひどくショックを受けた。なにこれ?
 コンクリートがむき出しの殺風景な廊下に、古びた木の扉がずらっと並び、天井からは裸電球がぶら下がっている。それが「内モンゴルで最高」と称される総合病院のありさまだった。たったの十数年前の話である。
 これじゃ、刑務所みたいじゃない......。
 一番奥の部屋の扉を開けると、パイプベッドの上に平川さんが寝かされていた。
「平川さん、来たよ!」
 いつもどおりに元気に声をかけると、平川さんは意識が朦朧としているようだった。しかし、一瞬だけ顔を歪めて、ああ、これで助かったという表情になった。
 改めて周りを見回すと、瀕死の状態にもかかわらず点滴もされていない。ベッドサイドには、水が入ったガラス容器が一つあるだけ。唇が乾いたら湿ったガーゼを口に当てる、それが、ここで施されている治療のすべてだった。
 これでは、本当に死んでしまう。
 すぐに畠中さんは医者と看護師の詰所に行き、そこにいた六人に「夫をよろしくね」と言いながら一万円札を握らせた。平均月収数千円にすぎない内モンゴルでは大金である。すぐに医師が病室にすっ飛んできた。
「奥さん、正直なことを言えば、ここではなにもできません。このまま行くと、確実に死にます。どこか別の病院に搬送しないと」
 それには大賛成だったが、話を聞いてみると事態は複雑だった。肝硬変が重症化すると、食道静脈瘤ができている可能性が高く、そうなると身体を動かすだけで破裂して大量出血死する。静脈瘤の有無は内視鏡検査で簡単にわかるが、この病院には検査機材がなかった。右か左か。留まるか、進むか。
 どっちにしても死のドアが開いている。光幸さんも判断に困っている様子だった。まさに万事休すという場面で、医者に「どうしますか」と尋ねられると、彼女は叫んだ。
「なに言ってんのよ、運ぶにきまってんじゃない!」
 ただ死を待つなんてことは、彼女には耐えられなかった。問題は、一体どこに、どうやって、である。近くにいい病院もなく、ましてや重体の人間を普通の車では運べない。なにか方法はないんですか、と病院スタッフに必死に訊いてまわったが、誰もが首を横に振るばかりだ。
 なにも情報がない。頼れる人もいない。
 たまに看護師が唇をふきにくる。
 どうしよう......。
 顔面が土気色になっていくのが手に取るようにわかった。命の時計がすごい速さで進み始めていた。
 一晩、薄暗い病室でただじっと考え続けた。
 いま、この状況で、自分に、できることは、なんだろう。
「とにかく中国はコネ社会」と自分にもう一度言い聞かせた。夜が明けると同時に、知り合いの中国中央電視台(テレビ局)の幹部に電話をかけた。
「誰でもいいからこっちのメディアの偉い人を紹介してください! そして、その"偉い人"から病院に電話をいれて欲しいの」
 悲鳴のような声に驚きながら、その人は「もちろんです」と、内蒙古電視台にすぐに連絡してくれた。その結果、その昼過ぎには内蒙古電視台の所長が病室にお見舞いに現れた。
 同時に畠中さんは、日本領事館にも電話をかけ、領事館からも「日本人がそちらにお世話になっていますが、なにとぞよろしくお願いします」と病院に電話を入れてもらった。
 この二つの出来事で、病院スタッフの顔はみるみる青ざめた。「この人は、本当のVIPに違いない。ここで死なれたら大変な国際問題に発展するぞ」と思い込ませることに成功したのだ。再び医者が飛んできて、畠中さんに切り出した。
「実はひとつ方法があるんです......」
 その半年前、NHKの取材ヘリがモンゴルの草原で墜落した。その時一人だけ生存者がいて、その人を乗せた医療ジェット機が、内蒙古病院を経由したらしいのだ。その医療ジェット機を所有するのはシンガポールの民間会社だが、「たまたま連絡先がわかる」という。とにかく彼らは、平川さんが息を引き取る前に退院させたがっていた。
「シンガポールに電話!」
 その畠中さんの一言で、事態は再び動き始めた。ここまで、最初に電話を受けて三十六時間以内、フフホトに着いて十二時間の出来事である。これは、火事場のクソ力以外のなにものでもない。
 すぐに医療ジェットの出動を依頼してもらうと、電話の向こう側の担当者は「分かりました、すぐ出発します!」と約束した。ジェット機はシンガポールを出ると北に向かい、中国上空を縦断して一度北京に行き、中国人の医者を乗せて内モンゴルにくるという。遠回りになるので十数時間を要するが、規則なので仕方がない。
 受話器を握りしめながら、かすかな希望が見えてきた。
 あの時のことを、畠中さんはこう振り返る。
「不思議なんだけど、あの時、なにもかもが、彼が生きていくように、生きていくようにって、そっちのほうに動いていったのよ。もし私が中国に詳しくなかったら。もしその日にフフホトに入れなかったら。もし半年前にヘリが墜落しなかったら。なにが欠けても、たぶん彼はあの時点で死んでたわね」と懐かしそうに笑った。
 そう彼女は言うが、私はこの世に"もしも"なんてないと思う。なにかあるたびに私たちは、もしあの時こうだったらと思うけれど、結局はこの世には事実と結果があるだけだ。事実は、畠中さんは知恵を振り絞り、冷静に行動し、決断した。結果はまだわからない。

 後はヘリの到着を待つだけだった。
「もうちょっとだからね」
 再び長く静かな一夜を過ごした朝、見慣れない中国人男性がずかずかと病室に入ってきた。
「ミセス・ヒラカワ、ここにサインしてください」となにやら書類を差し出した。
 保険会社の社員のようで、書類には中国語と英語でびっしり細かい文字が書かれている。
「早く、早く。あなたはジェットを依頼した。でも、これにサインしないとジェットが飛ばせないんです」と男は繰り返す。すぐにペンを持ったが、なにかが"待った"をかけた。
「なにが書いてあるかわからないのに、サインできないわ。ちょっと時間をちょうだい」
 彼女は疲れ果てた頭で、英語の文章を読み始めた。男はいいから早く、と繰り返し、畠中さんはちょっと待ってと押し戻す。その最中だ。病室にふたりの医師がバタバタと入ってきた。
「あの時の光景は一生忘れないでしょうね。あのね、オレンジ色のつなぎを来たお医者さんが片手に人工呼吸器を担いでたの。変な言い方だけど、見慣れた格好の人が、見慣れた機械を持ってたの。それだけで安心した。あ、"あっちの世界"に行けるって」
 彼らはシンガポールからやってきた医師だった。平川さんをストレッチャーに乗せながら、呼吸器を口にあてがい、畠中さんの眼を見つめると、「もう大丈夫ですよ」と言った。

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