全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

南陀楼綾繁

全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

版画イラスト=宇田川新聞

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田舎暮らしに不安があります

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 鹿児島市にある〈レトロフトチトセ〉は、古書店、パン屋、ギャラリー、オフィスなどが入るビルです。築50年の建物がリノベーションされて、しゃれた空間に生まれ変わりました。
 二階のトイレは6畳もある広いもので、ちょっと落ち着きませんが、話のタネに入りに来る人もいるそうです。
「このトイレの中で〈本屋さん〉を開いたことがあるんです」と笑うのは、花田理絵子さん(46歳)です。
「本屋の寅さん」という屋号を持つ彼女は、自分の好きな本を仕入れて、イベントで販売しています。このときも花田さんが中心となって、トイレの中で本を販売するイベントを開催しました。その際、地元の古書店を誘ったのがきっかけで、リノベーション時に〈ブック・パサージュ〉が生まれたのです。
「本屋の店舗を持ちたいという気持ちはないんです。それよりは、あちこち動き回って、本の周辺にあることをコーディネートしていきたいです」と花田さんは云います。いつもニコニコ笑っている人ですが、内には強い情熱を抱えているようです。
 生まれは鹿児島県姶良市。曾祖母、祖母、母、妹と女性ばかりの5人暮らしでした。
 子どもの頃から本屋の匂いが大好きで、行くたびに一冊買ってもらいました。近所の薬屋には雑誌を置くラックがあり、学習雑誌がまだ出ていないかとたびたび覗きに行っています。小学校の図書室で借りた『ロビンソン・クルーソー』がきっかけで、冒険記や漂流記を読み漁ります。
 洋裁好きの母をはじめ、みんなが何かをつくっていた一家でした。花田さんもマンガやイラストを描き、クラスでは学級新聞や旅行のしおり係になって、コピーで冊子をつくりました。
 しかし、中学に入ると病気にかかります。「この頃のことはあまり覚えていないんです。毎日が夢の中にいるみたいで、モノトーンの映画を観ている感じでした。いま思うと、自分の世界に閉じこもっていたかったのかもしれません」
 東京の美術短大を卒業後、就職せずにいましたが、田舎に住みたいと20代半ばに鹿児島に戻ります。広告会社やデザイン会社で働きますが、3年後に過労で倒れてしまいます。
 そんなときに、東京でアノニマ・スタジオが主催する出版社のイベント「BOOK MARKET」に行き、個人でも出版社から本を直接仕入れる事が出来ることを知ります。
「帰りの飛行機ではその本を使って何をしようかと考えていましたね(笑)」
 そして、インテリアの店などで本を販売するイベントを開きます。本が絵になる並べ方を工夫していくうちに、暮らしにおける本の役割を考えるようになります。
 花田さんの大切な一冊は、吉本ばななの『キッチン』。20歳の頃、祖母から贈られて読んで以来、何度も読み返しています。暮らしの基本となる台所や食べることをテーマにした小説で、自分に重なる場面が多いのだそうです。
 最近、熱中しているのは、なんと楽譜。古本屋さんから昔の古い楽譜をもらってから、その曲が成立した背景や歴史を知りたくなって、音楽の本を読みふけっているとのこと。熱中すると、その世界を深く掘りたくなる性格のようです。

 そんな花田さんのお悩みは?
「いま住んでいる田舎の家は土地は広いんですが、増えていく草と毎日闘っています。そういうことも含め、この先、歳を取ったらどうなっていくのか。田舎暮らしに不安があります」
 自然の多い環境はたまに訪れるには理想的ですが、いざそこに住むとなると、さまざまな問題が押し寄せますよね。

yuutoria.jpg 熊谷達也『ゆうとりあ』(文藝春秋、2009/文春文庫)は、定年退職した主人公と妻が都会の家を売り払って、富山県に移住します。そこは住人がいなくなった村で、移住者のコミュニティとなっているのです。家は中古ですがリフォームされており、なにより土地は広い。妻は畑を耕し、夫は趣味の蕎麦打ちに専念できる。
 まさに理想郷ですが、現実はそんなに甘くありません。慣れない野良仕事、近隣の村人たちとの付き合い、出没するサル、イノシシ、そしてクマへの対応など、悩みは尽きないのです。
 ある登場人物は云います。
「夢を求めて田舎に移住して、そこで初めて夢と現実のギャップに気づいて、結局はどうにもならなくなって逃げだしてしまうというのが一番よくないことだと思います。それだと、移住したほうも受け入れたほうも、両方が不幸になってしまいますから」
 過剰に夢を見すぎないことが、田舎暮らしには必要なのかもしれません。

hokkaidou.jpg 逆にその不便さを楽しんでいるのが、はた万次郎『北海道田舎移住日記』(単行本『アブラコの朝』集英社、1995/集英社文庫)です。マンガ家の著者は、30歳になったのを機に、「東京から遠く離れたい」「日常的にだらだらと遊びたい」と考え、北海道に移住します。観光客が来そうにない下川町を選び、家賃7000円(すぐ半額になる)のボロ家に住みはじめます。
 犬のウッシーや猫たちと寝袋で暮らし、ひと月のうち何日かマンガの仕事をすると、あとは釣りをしたり、道内を旅したりして過ごしています。近所に住む変わった人たちや小学校の子どもたちとも友だちになります。それでいて、ベタベタした人間関係には線を引いて、自分なりの生きかたを貫いています。
 日記なので、いいことも嫌なことも具体的に書かれていて、読みごたえがあります。マンガ版の『北海島青空日記』(集英社)もあり。

yosshi.jpg 田舎で生きていくことの「理想」を突きつめた小説が、井上ひさし『吉里吉里人』(新潮社、1981/新潮文庫)です。
 東北の吉里吉里村が突然、日本国からの独立を宣言します。冗談におもえたその行動は非常に周到なもので、「吉里吉里国」では経済も産業も科学も文化も言語も、すべて独自の制度が用意されていたのです。
 人口わずか4000人の「国家」の実態を描くことで、いま我々が生きている日本国の問題をあぶり出しています。はたして、正しいのはどっちの国なのでしょうか......?
 刊行から35年が経ちましたが、東日本大震災を経て、地方で生きることの意味が高まっているいまこそ、読んでほしい作品です。
 なお、著者が生まれた山形県川西町には、彼の蔵書がもとになった図書館〈遅筆堂文庫〉があります。『吉里吉里人』の執筆のために集められた膨大な資料も、ここで見ることができます。

 都会で住もうが、田舎で暮らそうが、夢と現実のギャップはつねにあります。自分はどう生きていきたいかがはっきりしている人ならば、どこに住んでも大丈夫なのではないでしょうか。

Profile

南陀楼綾繁

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『谷根千ちいさなお店散歩』(WAVE出版)、『小説検定』(新潮文庫)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)ほか。

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