全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

南陀楼綾繁

全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

版画イラスト=宇田川新聞

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文章で気持ちが伝わるか不安です

おしゃれ300.jpg 新潟市に沼垂という地区があります。「ぬったり」と読みます。「日本書紀」にもその名前が見えるそうです。新潟駅の東側、古信濃川に面していて、古い神社やお寺とたくさんの小路がある町です。
 そのひとつ、石井小路に昔の市場があります。かつてはにぎやかだったそうですが、市場も開かれなくなって何年も経ちます。しかし、その空き店舗で店をやりたい人を募集したところ、次第に埋まっていき、いまでは25店舗もが並ぶ「沼垂テラス商店街」として再生したのです。
 私がはじめて訪れたのは、まだ半分ぐらいは空いていた頃です。そのとき入った〈ISANA〉は、半分が喫茶店、半分が家具と染め織り布の展示販売という変わった組み合わせの店でした。店主らしき若い女性がニコニコと応対してくれ、普段は店の人とあまり話さない私も、すっかり長居してしまいました。
 それが、今回登場していただく中川なぎささん(32歳)です。この店はなぎささんと、ご主人の「まーくん」こと雅之さんでやっています。まーくんは家具をつくり、なぎささんは染め織り布をつくりコーヒーを淹れます。この店のほか、郊外に家具工房もあり、そちらも素敵な場所です。
 なぎささんは新潟市生まれ。家族は自営業の父、母、兄、2人の弟。兄弟が男ばかりのせいで、小さい頃から外に出て遊ぶのが好きでした。その一方で、本を読むのも好きで、家の押し入れの中にある棚には、子ども向けの本が並んでいました。
「覚えている絵本は『からすのパンやさん』(かこさとし)です。何度も読んで、好きなパンにマルを付けてました(笑)。小学生のときも、お菓子などのレシピが載った本が好きで、実際にはつくらないのに、材料やつくり方を見てワクワクしていました」
 小学校の図書館は好きな場所でした。ここで借りた本は、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』や『モモ』、世界の七不思議についての本など。本屋で初めて買った文庫本は、ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』で、宗田理の「ぼくら」シリーズも全部読みました。冒険ものや謎めいた本が好きだったのです。
 中学校のときは、一人になれる図書館が好きでした。ここでいつも眺めていたのが、レオポルド・ショヴォー、出口裕弘訳『年をとったワニの話』で、版画的な絵や堀内誠一による横長の装丁が好きだったそうです。最近になって、古本屋で手に入れて大事にしています。
 高校卒業後、新潟大学に進学。そこでまーくんと出会います。卒業後は市内の会社に就職しますが、3年後にやめて、「もともと好きだった着物や布の仕事をしたい」と奈良県の染織工房の研究生になります。そこで染色を学びながら、喫茶店で働きます。布とコーヒーという、いまの仕事のかたちにつながります。
 奈良の家具工房に入ったまーくんと同居し、結婚。京都暮らしを経て、新潟で店をやることに決めます。沼垂という場所が気に入って、すべて手作業で店づくりを進め、2011年11月に〈ISANA〉をオープンしました。
 最近では、新潟の本好きが集まる〈北書店〉にときどき足を運び、装丁が気に入った詩集を買っているそうです。
 一番大事にしている本は、国立民族博物館での「世界大風呂敷展」の図録。「布の素材や年代、使いかたなどが解説されていて、とても大切な本です」とのこと。
 開店から4年半が経ち、2人だけで営んでいたこれまでの仕事のかたちを、少しずつ変えていきたいと、なぎささんは考えています。

 そんな中川なぎささんのお悩みは?
「メールやSNSなどで文章を書くときに、自分の気持ちが伝わっているかどうか不安です。感じたことを書こうとすると時間がかかってしまい、なんだかかしこまった文章になってしまいます。話をするように書けたらいいのですが」
 店を営む人にしてみると、イベントなどについての情報を告知するだけでなく、店や仕事に対する気持ちをお客さんに伝えたいという欲求があるのかもしれませんね。
 パソコンや携帯でテキストを打つ機会が増えましたが、手書きで手紙を書くことはすっかり少なくなりました。いわんや、恋文なんて。

koibumi.jpg 森見登美彦『恋文の技術』(ポプラ社、2009/ポプラ文庫)は、能登半島の実験所にとばされた大学院生が、京都にいる仲間に向けてやたらと手紙を書きまくります。恋に悩む友人や、家庭教師で教えていた少年、大学院の女傑らに、「万事が停滞する青春の腐臭に包まれ」る日々を綴り、妄想を爆発させます。すぐにレスポンスのあるメールでなく、タイムラグを余儀なくされる手紙だからこそ、思い切ったことが書けるのかもしれません。
 こういう書簡体小説は、最近再評価されている『三島由紀夫レター教室』(ちくま文庫、1991)などいくつもあります。
 およそ意味のない手紙を何十通も書いた末に、主人公はついに自身の恋文に着手します。
「何遍も何遍も恋文を書いては破き、書いては破いているうちに、俺は文章というものが何なのか分からなくなってきました。(略)俺たちは自分の想いを伝えるために文章を書くというように言われます。だがしかし、そこに現れた文字の並びは、本当に俺の想いなのか?(略)自分の想いを文章に託しているのか、それとも書いた文章によって想いを捏造しているのか」
 このように、ぐだぐだと悩んで書く文章もあれば、伝わるかどうかが問題じゃない。とにかくオレの言葉を聞いてくれ! という熱い文章もあります。

yoroshiku.jpg 都築響一『夜露死苦現代詩』(新潮社、2006/新潮文庫)には、認知症患者のつぶやきや死刑囚の俳句、点取り占いやネットのエロ広告の無意識過剰な文章、改造学生服に刺繍されたメッセージや、ラップ・ミュージックで繰り出されるリリックなど、文学の文脈では評価されない言葉を採集し、それを紡いだ人たちに話を聴いています。
 ここに出てくる言葉も素晴らしいのですが、対象を既存の物差しで測らずに、言葉に真摯に向き合う著者の姿勢がいいのです。とくに、「結局のところ、好きなものじゃなくて、いちばん嫌いなものの中にこそ、リアリティは隠れてるってことなのかもしれない」という一文にはグッときました。


inouehisashi.jpg 古今の多くの作家が「文章読本」とつく著書をものしていますが、感心はするものの、むしろ書くことへのハードルが上ってしまいます。しかし、文学の蔵編『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』(本の森、1998/新潮文庫)を読むと、こういう文章を書いてみたいという気持ちになるのではないでしょうか。
 岩手県一関市で3日にわたり開かれたこの教室で、井上さんは「自分にしか書けないことを、どんな人でも読めるように書く」のがいい文章だと云います。その上で、原稿用紙や句読点の使いかたなど基本的なことから、日本語の特性をふまえて、文章を書くときのコツを伝授します。とはいえ、決して押しつけがましくなく、素人の生徒が書いた文章にも誠意をもって接しています。本当にこの人は、文章を書くこと、読むことが好きだったんだなあと思います。
 私もいちおう書くことを仕事にしていますが、「――なので」「――だから」は、そのあとに「理由」を云わなければならず、文章が間違った方向に流れるので使わない方がいい、という指摘には、目からウロコが落ちました。

 今回のお悩みにあわせて、文章についての本を読んでみて、私自身、惰性で文章を書いている部分があったことに気づきました。時間や手間はかかっても、毎回新鮮な気持ちで書くことに向き合っていくことが必要なのでしょう。

Profile

南陀楼綾繁

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『谷根千ちいさなお店散歩』(WAVE出版)、『小説検定』(新潮文庫)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)ほか。

Pick Up Book

  • かがみの孤城
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