全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

南陀楼綾繁

全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

版画イラスト=宇田川新聞

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他人に勝手に振り回されてしまうんです

hurimawa.jpg 東日本大震災で最大の被災地となった宮城県石巻市。私は4年前から、年に何度か、この地に通っています。
 震災後に私も呼びかけ人になってはじめた「一箱本送り隊」の企画で、石巻の商店街で一箱古本市を開催したことがきっかけで、「町なかに本のある場所をつくろう」と2013年夏に〈石巻まちの本棚〉を設立。元新刊書店だった建物に、セルフビルドで木材を組み込み、1000冊以上を並べました。借りて帰ることも、その場で読むこともできます。トークや展示などのイベントも行なっています。 
 北上わたるさん(44歳 仮名)は、この〈まちの本棚〉の準備段階から関わり、いまではスタッフとして店番をしてくれています。この場所にいる時間が一番長いこともあり、最近は「店長」と呼ばれています。
 出会った頃は、云いたいことを言葉にできずもじもじしていた彼女も、最近は自分の意見をはっきり出すようになりました。昨年秋には、我々と同じような民間図書館の活動を報告する「マイクロ・ライブラリーサミット」に一緒に参加しました。
 両親とも石巻生まれで、本人も石巻で生まれ、育ちました。三人姉妹の真ん中。父は高校で数学を教えていました。母はパッチワークの講師。
 父は本好きで、自宅には棚からはみ出すほどの本がありました。いま〈まちの本棚〉になっている〈躭(たん)書房〉にしょっちゅう通っていたそうです。その場所でいま、娘が店番をしているというのは奇縁ですね。父は病気のため68歳で亡くなる直前まで、車いすで本屋に行っていたそうです。
 姉も本好きで、『ナルニア国ものがたり』(C・S・ルイス)などの長い物語にハマると、北上さんに面白かったところを話してくれました。その解説を聞いて、面白ければ読んでいたそうです。
 北上さんの記憶に残る最も古い本は、『ポッケにいつもお星さま』(小椋佳・編著、永田萌・絵)です。「保育園を卒業するとき、先生からもらいました」。母には小学館の『ママお話きかせて』シリーズを読んでもらったことも覚えています。
 小学生のときは、叔母の家にあった昔の少女マンガを読むのが好きでした。中学になると、本屋で見つけた白土三平の『サスケ』の絵柄に惹かれ、古いマンガを少しずつ集めるようになります。そういえば、石巻には石ノ森章太郎の記念館である〈石ノ森萬画館〉があります。
 高校では、国語の教科書に抜粋されていた夏目漱石や芥川龍之介を読むようになります。また、クラスの女の子がシャーロック・ホームズが好きで、読む順番まで指定して貸してくれました。
「わたし自身が何かに熱中する方ではないので、専門的なもの、マニアックなものにこだわる人の話を聴くのが面白いです。自分の知らない世界を見せてくれる感じです」
 仙台の短大の被服科を経て、東京の文化服装学院に入り、卒業後、東京で縫製の仕事に就きます。十数年、東京で暮らしたのち、父の病気をきっかけに2008年に地元に戻ってきました。町のなかに何軒もあった本屋がひとつもなくなっていることに、寂しさを感じたそうです。
 2011年3月11日は、母と二人で橋の上に逃げて、助かりました。家は流されなかったものの父の本は水浸しになり、北上さんが集めていたマンガの本は流されてしまいました。「その後しばらく、生活していても何か取ってつけたような感じでした。いままでの自分がどうだったのか判らなくなっていました」と、北上さんは当時を振り返ります。
 このままではよくないと思っていた頃、石巻で一箱古本市が行なわれることを知り、自宅を片付けて出てきた本を持って出店しました。その後、〈まちの本棚〉設立に向けての茶話会に参加し、いまに至ります。
「まちの本棚のスタッフとして、トークや展示などの企画に関わることで、さまざまな本を読むようになりました。改めて本って面白いと思います」

 そんな北上わたるさんのお悩みは?
「他人に勝手に振り回されてしまいます。八方美人なので、なんでも他人に合せてしまうんです。自分を軸にしたいんですけど、うまくいきません」
 勝手に、というのは、向こうは意識していないのに、こちらが一方的に振り回されてしまうというニュアンスでしょうか。
arasuka.jpg 取材後、北上さんが津波の被害を逃れた父の本棚の写真を送ってくれました。その中に、新田次郎『アラスカ物語』(新潮社、1974/新潮文庫)がありました。この本は、石巻にゆかりの深い小説です。
 明治元年に石巻に生まれた安田恭輔は、15歳で両親を失い、故郷を離れて外国航路の見習い船員となります。アメリカに渡り、沿岸警備船ベアー号のキャビンボーイになり、フランク安田と呼ばれます。この小説は、アラスカの氷に閉じ込められ、食糧危機に瀕した船から助けを呼ぶため、フランクがひとり雪原を進む場面からはじまります。
 フランクはこの事件で出会ったエスキモーの人たちと仲良くなり、彼らと一緒に生きることを決意します。言葉も習慣も異なる人々に溶け込み、エスキモーの女性と結婚します。そして、白人が鯨を乱獲したことにより、それまでの生活を変えざるを得なかったエスキモーの先頭に立ち、新天地をめざすのです。
 作者・新田次郎はこの作品を書くためにアラスカに滞在し、その後、石巻も訪れました。その取材記にこうあります。
「やはり恭輔は気が強い男だったのだなと私は思った。意志が強くなければ、あれだけのことはできなかったはずだ。ただ、その意志の強さを人の前では表さなかった。彼は東北人らしいねばり強さときわめて謙虚な姿勢でその生涯をおし通した」
 作中には、一度の故郷に帰ることのなかったフランクが、石巻の風景をおもう場面があります。それは、とても美しい描写です。
 意志の強さが成功を導くとは限りません。松本清張は、執念にとり憑かれた人々を好んで描いてきました。それは、清張自身が執念のひとだったからでしょう。
aru.jpg 芥川賞を受賞した『或る「小倉日記」伝』(『傑作短編集(一)』新潮文庫、1965)の主人公は、小倉に住んでいた時代の森鷗外の足跡を追った田上耕作です。耕作は子どもの頃から体が不自由で、言葉もうまく話せませんでした。すぐれた知性を持っていただけに、彼は世間の目にコンプレックスを感じていました。しかし、知られざる文豪の足跡を追うことが、自分にしかできない仕事になっていきます。母もそれを助けます。
 心ない人から「そんなことを調べて何になります?」とあざ笑われ、絶望に陥ることもありました。それでも耕作は調べつづけ、衰弱して亡くなります。
 どんなことでも、一生を賭けるだけのものを得られるひとは、幸せなのではないでしょうか。
kanawana.jpg 最後に、現在進行形で揺らぎながら、前に進んでいる女性の本を。
 植本一子は写真家で、ラッパーECDの妻です。2人の小さな子と夫と暮らす日々を、ブログに綴った『かなわない』(タバブックス、2016)は、けっして淡々とした日記本ではありません。
 子育てのストレスと仕事ができない不安を繰り返し訴える前半、仕事を再開し多くの人と交わる狂乱的にと云っていいほど活動的な中盤、そして夫や娘と「好きな人」との間で引き裂かれ精神的な危機に陥る後半と、どこを読んでいても、ヒリヒリと痛いです。それでも、途中で読むのをやめることはできませんでした。
 それは、不安定なものを抱えながらも、世間体や常識で取り繕うとせず、自分をさらけだして生きていこうとする意志が、伝わってくるからです。
「私は私のことを人に知ってほしい。ただそれだけなのかもしれない。結婚したら何か自分が変われると思っていた。子どもを産めば何か変わると思っていた。でも自分の根底にあるものは全く変わらず、結局それに突き動かされて生きている、写真を撮っている。
 それは何なんだろう。変わりたいと思っていたけれど、変わらなくていいところもあるのかもしれない。無くしてはいけない大事なものがある。それに苦しめられ、それに生かされている」


 意志の強い生き方をした人には、私も憧れを抱きます。そうできない自分に引け目を感じた時期もあります。でも、年を重ねてみると、優柔不断さも自分をかたちづくってきた要素なのだと気づきました。北上さんと付き合ってみて、彼女は、人の話を聴くことがとても好きなのだと思いました。そういう自分を、もっと楽しんでみてはどうでしょうか。

Profile

南陀楼綾繁

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『谷根千ちいさなお店散歩』(WAVE出版)、『小説検定』(新潮文庫)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)ほか。

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