全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

南陀楼綾繁

全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

版画イラスト=宇田川新聞

18

ゆっくりがんばったらダメでしょうか?

koduki.jpg 2年前、私たちが運営している不忍ブックストリートに、一通の助っ人さんへの応募メールが届きました。この連載で何度か触れていますが、助っ人さんというのは、毎年春に谷根千エリアで開催する一箱古本市を手伝ってくれるひとのことです。
 毎年50人以上が応募してくれるのですが、そのメールに私たちが驚いたのは、それが中国からのメールだったからです。その時点では男女も年齢も判らなかった差出人は中国の広州在住で、4月から日本に留学するそうです。上手な日本語で、「古本好きで、人と交流する機会も増やしたい」ので参加したいと、書いてあります。
 しばらくして、助っ人さんの集会に登場したのは、小柄で明るい女の子。まだ17歳だと云います。日本語も上手に話します。それが、古月さん(19歳 仮名)でした。
 彼女は日本語学校に通い、翌年には美術大学に入学しました。そして、3年目の今年も一箱古本市の助っ人さんをしてくれました。今年は同じ学校の友達が3人も、彼女に誘われて助っ人さんになりました。
 古月さんは中国南部の広州市で育ちました。両親とも教師で、家には父の本が多くあったそうです。その後、両親は離婚し、母と二人暮らしになります。
 小学校の頃は、母からも先生からも「本を読め」と云われました。学校では読書感想文の宿題が多かったです。母からは論語を毎日一節覚えるように云われ、そのご褒美にもらうシールを集めると、遊ぶ権利がもらえたそうです。「もう全部忘れました」と、古月さんは笑います。
 強制的に本を読まされたことで、マンガを読んだりアニメを観たりするようになります。ディズニーや『ドラえもん』、香港で流行していた『老夫子』(3人の叔父さんが活躍する)などを読みます。台湾の絵本作家・幾米(ジミー・リャオ)の『布瓜的世界』も好きでした。
 中学生では、アニメから日本文化に興味を持つようになり、夏目漱石、森鷗外、村上春樹、渡辺淳一らの中国語訳を読みます。
「当時の私にはまだ難しかったです。ただ、(芥川賞を受賞した)青山七恵の『ひとり日和』や、ネット発の『電車男』は、現代的な言葉づかいで読みやすく、カバーデザインも気に入りました。太宰治の『人間失格』のように、読んだあと自分の中に何かが残る本が好きなんです」
 その頃から、日本への留学を志し、日本語の勉強をしはじめます。
 高校に入ると、哲学や歴史の本も読みました。中国では、欧米やアジアの古典が新刊として刊行されています。また、新刊をダイジェストで紹介する雑誌『読者』も愛読したそうです。
 一方では、小学校のときからみんながパソコンを使いこなすデジタル・ネイティブ世代でもあり、古月さんもタブレットで好きなイラストを描いてきました。
 日本に留学し、現在は美術大学で視覚伝達を専攻しています。将来は、本のデザインやイラストの仕事に就きたいそうです。
 日本に来て、読みたい本はどんどん増えています。最近面白かったのは、フローベールの『ボヴァリー夫人』。長い間読まれてきたクラシック(古典)を読んでいきたいそうです。「日本の大学生は、あまりクラシックを読みませんね」とも。雑読ばかりの私も、耳が痛いです。

 そんな古月さんのお悩みは?
「人は自分の能力を世間に証明しなければならないのでしょうか? 自分なりに、ゆっくりがんばったらダメでしょうか?」
 社会に出るために、自分の好きなことや理想を犠牲にすべきかどうかで、悩んでいるそうです。理想に燃える若者らしいお悩みです。
 日本も中国も、近代以降、社会で成功し、「立身」することが義務とされ、それを方向づけるために教育も行なわれてきたと思います。しかし、そういった上向きをめざす生きかたとは、まったく異なる生きかたを選んだ人たちもいます。
neboke.jpg 水木しげる『ねぼけ人生』(筑摩書房、1982/ちくま文庫)が、『ゲゲゲの鬼太郎』で知られる漫画家の自伝です。水木さんは昨年亡くなりましたが、多くのマンガ作品やエッセイを残してくれました。
 この本は、鳥取県境港でガキ大将として過ごした少年時代、命からがらジャングルを逃げ回った軍隊時代、戦後復員し、貧乏のどん底で紙芝居や貸本マンガを描いた時代を回想しています。水木さんの文章には、過酷な体験を語っていても、どこかのほほんとしたユーモアがあります。それは、水木さんが出世や成功にまったく関心を示さず、好きなことだけをやってきたからではないでしょうか。
 ラバウルの戦地で、水木さんは原住民と仲良くなり、彼らの暮らしかたに憧れを抱きます。
「必要以上にうまい物を食べようとしたり上等の服を着ようという野心さえおこさなければ、昼寝をしてくらせる。これが楽しいのだ」
kakyou.jpg 一方、宮本常一『家郷の訓』(三国書房、1942/岩波文庫)の舞台となる山口県の周防大島は、南方の楽園のように豊かな土地ではありません。瀬戸内海に浮かぶ風光明媚な島ですが、土地は痩せていて、人々は島の外に出稼ぎに行かざるを得ませんでした。
 民俗学者の宮本常一はこの島で育ち、祖父母や両親からさまざまなことを教えられます。それらは、学校で学ぶこととは異なり、島の共同体で生きていくための知恵でした。神様に祈るというような、何でもないようなことでも、その根底には深い意味がありました。
 集まって共同で飲食する「タノモシ」について、著者はこう書きます。
「娯楽は都会人にとっては個々がたのしむことのように考えているけれども、村にあっては自らが個々でないことを意識し、村人として大ぜいと共にあることを意識するのにあるのであって、これあるが故にひとり異郷にあっても孤独も感じないで働き得たのである。帰れば家郷に多くの親しき人たちがおり、それが自分を迎えてくれることが分っていることが自らの意を強くさせたのであり、盆正月に帰省してのこの数々の会食は全く交情をあたためるためのものであった」
 こうして、島の暮らしは祖父母から父母へ、そして息子や娘へとゆっくり受け継がれてきました。しかし、戦後の社会構造や価値観の変化によって、いまの私たちはこういう意識を持てなくなってしまっています。そのことが悲しいです。
yukiwo.jpg 最後は、粘り強く研究をつづけた学者の本です。『中谷宇吉郎 雪を作る話』(平凡社〔STANDARD BOOKS〕、2016)には、物理学者の中谷宇吉郎が書いたエッセイが収められています。
 中谷は北海道帝国大学にいた頃から、雪の研究をはじめました。雪の結晶を採集し、その構造を調べるために、何度となく十勝岳に通っています。
「本統の科学というものは、自然に対する純真な驚異の念から出発すべきものである。不思議を解決するばかりが科学でなく、平凡な世界の中に不思議を感ずることも科学の重要な要素であろう」(「簪を挿した蛇」)と、中谷は云います。
 雪の研究は、即座に利用される発見でも、最先端の理論でもなかったでしょう。しかし、中谷らがコツコツとつづけた研究は、のちの物理学研究に大きな影響を与えました。
 なお、STANDARD BOOKSには、中谷の師である寺田寅彦や、数学者の岡潔ら、科学者の書いた文章がひとり1巻に編集されています。科学的精神を知るために最適のアンソロジーだと思います。

 中国でも日本でも、世の中はますます早く、複雑になっています。そんななかで、古典を読み、本質的なものを見つめる人は、時間はかかっても、きっと、どこかに到達すると思います。

Profile

南陀楼綾繁

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『谷根千ちいさなお店散歩』(WAVE出版)、『小説検定』(新潮文庫)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)ほか。

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
  • ビオレタ

お知らせ

Cov_shigotoba_R.jpg佐藤ジュンコさんのコミックエッセイ『仕事場のちょっと奥までよろしいですか?』が刊行になりました。作家・伊坂幸太郎さん、漫画家・いがらしみきおさんから伝統工芸の職人さんまで「作ること」のプロ15名の仕事術をイラストでルポ!

達人たちの仕事場にお邪魔したら、楽しい驚きがいっぱい。まさに大人の社会科見学!ふむふむ、へーと読んでいるうちに、むくむくとやる気が湧いてくるお仕事エッセイです。

aruaru_R.jpg

本サイト連載「お父さんクエスト」が大人気の小山健さんがイラストを担当した『左利きあるある 右利きないない』が2月8日に発売!

「あるある本」のヒットは多いが、ありそうでなかった「左利きあるある」! 左利きの人は「日常のすべてが不便」と言っても過言ではありません。

(本書より)
・缶切は無理、急須も無理
・リコーダーで一番下の小さい穴を押さえづらい
・自動販売機で小銭を入れづらい
・握手するとき左手を出しかけ一瞬挙動不審になる
・定規で線を引くと目盛りが逆
・アルミホイルやラップが切れない
・習字の止め、ハネができない
・スポーツの部活などから勧誘される...ほか多数

小説『i』の刊行と個展『i』の開催を記念して、西加奈子さんによるオリジナル作品(原画)を装丁に用いた特装版を刊行します。限定100部、定価3万円(税別)です。1月21日(土)から29日(日)まで、個展会場であるAI KOWADA GALLERY で先行予約を受け付けます。1月30日(月)からは、AI KOWADA GALLERYのHPからお申し込みいただけます。この貴重な機会をどうぞお見逃しなく!

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
  • ビオレタ