全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

南陀楼綾繁

全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

版画イラスト=宇田川新聞

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やせたいけど食べてしまいます

wakakusa.jpg 北九州市の小倉駅を降りると、駅の南側に魚町銀天街という長い商店街があります。
 うどん、ラーメン、チャンポン、焼うどんなどの麺類の店をはじめ、さまざまな飲食店や喫茶店、居酒屋、角打ち(酒店のカウンターでの立ち飲み)などがズラリと並び、どこにも立ち寄らずに通り抜けるのは困難を極めます。
 当然、その日もカレーを食べたあと、ラーメン屋に寄ってしまいました。これから取材でも食べるというのに。この街に来ると、どうも食いしん坊になってしまうのです。
 この魚町の中に、「メルカート三番街」があります。1968年建築の中屋ビルが、若い建築家たちによってリノベーションされ、カフェやギャラリーなどが入居しました。このビルを中心にさまざまなまちづくりの試みが行なわれ、ここで開催されるリノベーションスクールには全国から人が集まります。
 そのビルのらせん形の外階段を登った二階に、〈水玉食堂〉があります。「食堂」と名乗りながら、出てくるのはいわゆる「カフェめし」という店が結構あるなかで、この店はきちんと定食を出しています。この日のメニューは、鶏肉とキノコの和風バターソテー。もう腹いっぱいなのだけどと思いながら、美味しいので全部食べてしまいました。店名通り、ご飯は水玉の茶碗で出てきます。
 この店は、石川夕佳さん(37歳)と大庭さや加さん(37歳)の二人が営んでいます。中学校と高校の同窓でしたが、仲良くなったのは予備校に通っていたときだそうです。その後、看護婦として働いていた石川さんが、「食べ物に関わる仕事をしたい」と、市民会館に勤めていた大庭さんを誘って、2011年6月にこの店をオープンしました。
 石川さんは頼れるお姉さんといった感じ。メニューは彼女が考えます。おだやかな大庭さんは、飲み物担当。
 店内には小さな本棚があり、そこには食や生活に関するリトルプレスが並んでいます。これは石川さんが選んで並べたもの。手に取って眺めるお客さんも多く、「何を読まれているのかを見るのが楽しみです」と石川さん。店からほど近い商店街では、春と秋に「とほほん市」という一箱古本市も開催されています。また、2014年にはビル内にZINEやリトルプレスを扱う〈ナツメ書店〉もオープンし、自然と水玉食堂に本好きが集まるようになっているのです。
 石川さんは福岡県田川郡生まれ。小さいころから本が好きだったそうです。「よく覚えているのは、目の悪いオバケが眼鏡を掛けたら世界が明るく見えるという絵本。お祭りの場面でアメを食べているのが好きでした」。『からすのパンやさん』(かこさとし)、『こまったさんのカレーライス』(作・寺村輝夫、絵・岡本颯子)と、やっぱり食べ物が出てくる絵本がお気に入りだったとか。
 小学校の頃は、町の図書館に通って、ホームズ、ルパン、マガーク探偵団などの推理ものを読んだり、料理の本を見てお菓子づくりをしていました。誕生日には図書券をもらって、好きな本を買います。高校の頃は「どうしてそんな事件が起こるんだろうと思って」、犯罪心理の本を読みふけりました。
 医大では精神看護を専攻し、病院に勤務します。当時は夜勤明けに、書店を数軒ハシゴして気分を切り替えていたそうです。 
 店を開いてからは、やはり食まわりの本を読むことが増えました。高山なおみの『日々ごはん』シリーズを繰り返し読み、魚柄仁之助、平松洋子、いしいしんじらの本も好きだとのこと。
「自分でつくったことのない料理が出てくると、どんな味なんだろうと気になりますね。真似してつくってみて、店のメニューに加えることもあります」
 一方、大庭さんは北九州市の生まれ。「子どもの頃は本には興味なかったですね」と笑います。テレビっ子で刑事ものやサスペンスのドラマが好きだったそうです。
 中学で通学時間が長くなったことから、本屋に寄るようになり、赤川次郎や内田康夫のミステリーを読むようになります。高校から大学にかけては、京極夏彦にハマります。「関係なさそうな要素も全部つながっていく快感がありました。自分でもこんなに厚い本を読むようになるとは思いませんでした(笑)」
 最近では古本屋に行くことも増え、横溝正史の単行本を買って読んでいます。「横溝は好きなんですが、あの角川文庫のカバー絵(杉本一文)が怖くて......。いつかは、金田一ものの舞台になった岡山県で開かれている『1000人の金田一耕助』というコスプレイベントに参加したいです(笑)」
 二人は店から数分のところで、一緒に暮らしています。毎朝、小売店の並ぶ旦過市場を通り、「今日は何の料理にしようかな」と話すそうです。


 そんなお二人の共通のお悩みは?
「仕事でも私生活でも、食べることが中心になっています。やせたいけど、つい食べてしまうんです」
 たしかに、二人とも食べるだけじゃなくて、お酒を飲むのも大好きのようです。
 しかし、それを私に訊かれても......。そんな解決策あったら、とっくにやせていますよ。それに、読んでいて食べたくなる本はたくさんあっても、その逆は難しいんだよな。ダイエット本なんて読んだことないし。などとぼやきつつ、なんとか選んでみました。
tyokai.jpg 食事という行為のグロテスクな面を描かせたら、筒井康隆の右に出る人はいないでしょう。たとえば、『最高級有機質肥料』ではスカトロジアを、『定年食』ではカニバリズムを描いています。どちらも、最高に後味が悪いです。
『乗越駅の刑罰』(初出1972/『懲戒の部屋 自選ホラー傑作集1』新潮文庫)は、7年ぶりに故郷に帰ってきた作家が、うっかり切符を買い忘れたことから、駅員らから壮絶ないじめに遭います。登場人物か増えるたびに、そのいじめはエスカレートしていき、最後に登場するのが「煮えくり返った猫のスープ」なのです。
 強烈すぎるその場面しか覚えていなかったのですが、読み返してみると、社会的に成功した(と自覚している)主人公が、故郷を捨てた「原罪」によって復讐されるという構図は、多くの人の心の底にある恐怖なのではないかと感じました。
taberukoto.jpg 藤原辰史『食べること考えること』(共和国、2014)は、農業史を研究する著者が戦車、有機農業、牛乳などさまざまな題材から、「食べ物と人びとの生活との繋がり」を考察した本です。専門的な内容を含みつつ、文章は読みやすく示唆的です。
 なかでも、大学生の頃から通っているという町の中華料理屋について書いたエッセイがいいです。食が産業化されることで、「台所が小さな『工場』になり、食の技法が化学反応過程になる」。その状況に「小さな食の空間」を対置しています。それがただのノスタルジーでないことは、フードコートに食の公共空間としての可能性を見出していることでも明らかです。
kuhuku.jpg 最後に、雑賀恵子『空腹について』(青土社、2008)は、幸せをもたらす食ではなく、むしろ不幸と分かちがたく結びついた食がテーマです。残飯、餓死、食人など、極限の食の状況が描かれます。
 たとえば、戦前の日本で、軍隊や学校から出た残飯が、貧民窟で売られていたことについて、著者はこう書きます。
「ひりつくような空腹の欲望は、残飯をモノとしてみる視線を支え、その視線の集積が、カネの世界とモノの世界の狭間で残飯をカネの世界に引き戻し、商品とする残飯屋を生み出してきた。それはけっして、『分かち合い』の原理が根底にある共同体とはならなかったけれども、しかし、辛うじて都市の中に異物の塊としての貧困者が存在することを可視化させていた。けれども、現在、わたしたちの空腹は、もはやモノをそれそのものとしてみることをさせるほど、野生的ではない」
 別の個所では、「空腹」の感覚が分らないという若い人が多いとあります。
 しかし、貧困母子家庭を救うための「子ども食堂」が各地で増加しているように、「不幸な食」は、目に見えないところで広がっているのかもしれません。

 非日常的な食についての本を読むと、食への嫌悪感が高まって、少しはやせるかなと思ったのですが、むしろ、普通に食べることのありがたさが身に染みて、ご飯を美味しくいただいてしまいました。やっぱり、この悩みへの回答者としては失格だったようです。

(版画イラスト=宇田川新聞)

Profile

南陀楼綾繁

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『谷根千ちいさなお店散歩』(WAVE出版)、『小説検定』(新潮文庫)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)ほか。

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