全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

南陀楼綾繁

全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

版画イラスト=宇田川新聞

22

人生に希望を見出したいんです

suto.jpg 鮎川るきさん(37歳 仮名)とはじめて会ったのは、彼女が当時働いていた書店のレジでした。おっとりした動作ですが、好きな本の話になると熱が入ります。
 おっとりとした人だと感じているのは私だけでないらしく、彼女は学生の頃、友だちから「るきさんみたい」と云われていたそうです。高野文子のマンガ『るきさん』の主人公は、自分のペースでゆったりと暮らしています。
 鮎川さんは浜松市生まれ。両親と三つ上の姉の4人家族です。父も母もともに高校の教師で、父は古典を教えていました。
 また、祖父は在野で万葉集や古事記の研究をしていたそうです。その兄は小さな出版社を営んでおり、国会図書館にはその刊行物が何点か所蔵されています。
 自宅の居間の本棚には、父の蔵書がたくさんありました。漢詩など専門書が多かったのですが、その中から読めそうだと思ったものをパラパラとめくるのが好きでした。そうやって小学校高学年で、夏目漱石や芥川龍之介を読んだそうです。
 姉も本好きで、本棚にはグリムやアンデルセンの童話、江戸川乱歩、シャーロック・ホームズなどが並んでいました。そこからも引っ張り出して読んだそうです。
「父、母、姉がそれぞれの本棚を持っていて、お互い、面白そうだと思った本を勝手に読んでいる感じでしたね」
 両親は仕事が忙しく、保育園ではみんなが帰った後も、親が迎えに来るまで本を読んで待っていました。小学校でも3年ごろまでは、放課後は学童保育に行っていました。そこにある図書室でも本を読んでいます。
 最初に読んだ本として覚えているのは、ディック・ブルーナの『うさこちゃんのたんじょうび』、それから『ねずみくんのチョッキ』(なかえよしを・作、上野紀子・絵)です。ねずみくんは絵がちょっと怖く、キャラクターも可愛くないけれど気になる絵本でした。表紙に深い緑が使われていたのも憶えています。
 もう一冊は、『てぶくろ』(エウゲーニー・M・ラチョフ・絵、内田莉莎子・訳)。道に落ちた手袋の中に、いろんな動物が入っていくお話。いまでも手袋が落ちているのを見ると、この話を思い出すそうです。ウクライナ民話を題材にしたこの話は、何種類も絵本として出ています。
 小学4、5年ごろは、友だちが貸してくれたことからコバルト文庫が好きになります。『天使のカノン』など倉本由布の恋愛ものを夢中になって読みます。6年のとき、同じ友だちからよしもとばななの『キッチン』を借りて読みます。その後、この作家が好きになり、20代までは新作が出たら必ず買っていました。
 中学校では水泳部に入り、部活が忙しくて学校の図書館にはあまり行きませんでした。友だちのお姉さんの本棚にあった、くらもちふさこ、大島弓子、高野文子らのマンガを読み、気に入ったものは自分で買って読んでいます。
 高校で読んで覚えているのは、村上春樹の『回転木馬のデッドヒート』。淡々として起伏は少ないけれど、気になる情景が描かれています。
「いまでも時々読み返します。ささいなことだけれど、どこか引っかかる話が好きなんです」
 大学では芸術学部映画学科に入り、東京で一人暮らしをはじめます。しかし、入って1年ぐらいで「何か違うかも」と感じ、大学にはあまり行かず、まだ日本進出したばかりの〈スターバックスコーヒー〉でアルバイトをしていました。
 卒業後もしばらくはスタバで働き、そろそろ何かした方がいいかと、広告制作会社に入社しました。通勤電車の中では、本を読んでいました。中でも印象的だったのが山川直人の『コーヒーもう一杯』などのマンガで、東京の古い街の描写に共感したそうです。
 29歳で大学の同級生と結婚。夫は麻雀と映画が好きで、その影響で鮎川さんも阿佐田哲也、阿部和重、保坂和志などの本を読みます。
 しかし、その半年後には大けがをして、1か月半入院します。病院では、手が痛くてページをめくりにくいのに、起きている間はずっと本を読んでいました。売店にある藤沢周平の時代小説は全部読みました。
「江戸時代の人々が耐え忍ぶ姿に自分を重ねていました。このときは本に助けられましたね」
 退院後は会社を辞め、リハビリをしながら主婦をしていました。
 その後、近所の書店でアルバイトを募集しているのを見つけて、働くようになります。棚も任されて、本屋の仕事が楽しくなってきました。
 そんなとき、本や映画を教えてくれた浜松の友だちが、ガンで亡くなります。その知らせを受けた日に、本棚にヘンリー・スコット・ホランド『さよならのあとで』を見つけます。この世を去った「私」から贈られる詩です。鮎川さんはその本を、友だちの通夜に持って行き、お姉さんや友人に読んでもらったそうです。
 その書店もしばらく前に辞め、いまはぶらぶらしているとのこと。それでも、知人の仕事の手伝いをするなど、少しずつ社会に戻りつつあるようです。

 そんな鮎川さんのお悩みは?
「私はもともと『こうしたい』という欲求が薄いようです。それに、大けがをしたり、友だちが亡くなってから、人生に希望が持てなくなっています。これからどうやって生きていけばいいのか分かりません。人生に希望を見出したいんです」
 たしかに、鮎川さんの話を聴いていると、目の前の状況を受け入れてしまうところがありますね。若いのに達観してしまったのでしょうか。
oroshiya.jpg しかし、絶望的な状況でも、希望があれば生き抜くことはできます。井上靖『おろしや国酔夢譚』(文藝春秋、1968/文春文庫)は、1782年(天明2)に伊勢から出航した船が難破し、無人島に漂着した船頭の大黒屋光太夫以下17人の苦闘を描いた小説です。そこで彼らはロシア人と出会い、シベリアを横断して首都ペテルブルグに着き皇帝に拝謁します。
 ロシアには日本との通商を開きたいという意図があり、漂流民を簡単に日本に帰そうとしません。食べるもののない無人島生活を耐え抜いた水夫たちも、この「待つ」時間に耐えかねて死んでいったり、帰国することを諦めてロシア正教に帰依したりします。彼らは希望を失ってしまったのです。そして、希望を持ち続けた3人だけが日本に帰ることができました。
 本作は映画化(佐藤純彌監督、1992)もされています。現地ロケで、シベリアの過酷な自然環境が再現されていますので、こちらもぜひ。
chinmoku.jpg もう一冊は、小池龍之介『沈黙入門』(幻冬舎、2008/幻冬舎文庫)です。著者は20代でサイト「家出空間」と寺院とカフェを融合させた「イエデカフェ」を運営。その後、父を継いで住職となります。
本書は、「自分」というやっかいな存在と向き合い、飼いならすためのレッスンとでも云えるでしょう。他人を批判することと、他人に気を使いすぎることは同じ根っこを持ち、結局のところ、自分をよく見られたいという欲があるのだという指摘には納得します。
 仏道は「もともとは、己自身を徹底的に見つめる中で、生活や思考のスタイルをデザインする方法」だと、著者は云います。鮎川さんは「こうしたい」という欲求がないと云いますが、逆に「こうしたくない」ことは何かと考えてはどうでしょうか? 自分を見つめ直すことを通して、やりたいことが見えてくるのかもしれません。
tooki.jpg 最後に紹介する、天藤真『遠きに目ありて』(大和書房、1981/創元推理文庫)は、鮎川さんの悩みに直接かかわらないかもしれません。でも、いまの鮎川さんにぜひ読んでほしい小説です。
 警部の真名部は、偶然のことから、脳性マヒの少年・信一とその母親に知り合います。信一は言葉を発するのにも、タイプライターで文字を打つのにも、長い時間がかかります。
「つい代って打ってやりたくなる。だが信一少年のその姿は、そんな安っぽい同情を、頑として受けつけない、きびしさにみちている。これは彼のことばなのだ。ひとに代って打ってもらったのでは、その瞬間からそれは彼のことばではなくなるのだ」
 信一は不自由な体を持ちながら、大量の本を読み、すぐれた洞察力を持っています。真名部が事件の話をすると、謎の本質を見抜くのです。連作短篇集ですが、話が進むうちに、家に引きこもらざるを得なかった信一少年が、「現場を見たい」とまで積極的になっていきます。希望が可能性を広げたのでしょう。
 ちなみに、信一とその母は、ミステリー作家・仁木悦子の『青じろい季節』に登場する母子にインスパイアされて生まれたもの。仁木自身も胸椎カリエスのため、車いすで生活しながら、多くの傑作を残したのです。

 高野文子の『るきさん』の主人公は、おっとりした性格ながら、これだけは譲れないというものを持っています。実際、彼女はラストで意外な行動に出ます。鮎川さんにも、そのうち、自分の核になる何かが見つかるはずです。そのときが来るまで、毎日を一生懸命過ごせば、それでいいのではないでしょうか。

(版画イラスト=宇田川新聞)

Profile

南陀楼綾繁

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『谷根千ちいさなお店散歩』(WAVE出版)、『小説検定』(新潮文庫)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)ほか。

Pick Up Book

  • i
  • 私のスポットライト
  • ビオレタ
  • ムーとたすく

Pick Up Book

  • i
  • 私のスポットライト
  • ビオレタ
  • ムーとたすく