全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

南陀楼綾繁

全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

版画イラスト=宇田川新聞

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父に似てきた自分が不安なんです

otousan.jpg「高知にいらっしゃるんですか? わたし、案内しますよ」
 はじめて会った瞬間、廣谷ゆかりさん(42歳)は云いました。谷中のギャラリーでの彼女の陶芸展には、ユーモラスな絵柄の皿が並んでいました。その場で知人に紹介された翌週には、高知の町を彼女の車で案内してもらっていたのです。
 小柄で、のんびりした口調で話す廣谷さんですが、そのエピソードはどれも強烈で、同乗の友人と腹を抱えて笑ってしまいました。工房にやって来る近所のジジババのこと、下ネタばっかりやるバンドのこと......。若く見えるのに二人の子持ちということも、そのとき知りました。
 東京に帰ってからも彼女のことが忘れられず、不忍ブックストリートでやっているユーストリーム「不忍ブックストリーム」で、一時期「今月の廣谷さん」というコーナーをつくって、スカイプで出演までしてもらっていました。
 そんな彼女にとって、「本」はどういう存在だったのでしょうか? 国立のギャラリーでの個展のため上京した廣谷さんと会って、話を聞きました。
 廣谷さんは愛媛県松山市生まれ。家族は父、母、ひとつ上の兄、祖母。父は家にいたりいなかったりで、飲む、打つ、買うを重ねて自由に生きていました。生活を支えていたのは母でした。借金のせいで何度も引っ越ししたこともあり、家財道具は少なく、本もありませんでした。
 粗暴な父への恐怖から、小学生の頃の廣谷さんは言葉を発することができず、友だちも少なかったそうです。家に帰りたくなかったので、学校の図書館で借りた本を田んぼのところで読んでいました。図書館に並んでいる本なら手あたり次第、何でも読みました。「本しかなかったんです」と廣谷さんは云います。
 その後、父がいない時期が続き、家庭内に平和が訪れます。中学に入った廣谷さんは「明るくなろう」と一念発起し、外国の少女小説に出てくるキラキラした女の子をモデルに、さわやかに振る舞いました。バスケット部に入り、活発な中学生時代を送ります。この時期には本はほとんど読まず、友だちから回ってくる雑誌を読むぐらいでした。
 高校では看護科に入ります。中学のときの「明るいふり」に疲れて、元に戻った廣谷さんは、学校がつまらなくなり、飲食店でのバイトにはげみます。学校の外での知り合いが増えていきます。
 この頃、古本屋でバイト先の人に教えてもらった深沢七郎の『東北の神武たち』を買って読みます。
「描写はさらっとしているけれど、日本の闇みたいなものを感じさせてゾクッとしました。でも、あっけらかんとしているところもあります。深沢七郎の自由な生き方に共感して、私も家を出たいと思いました」
 卒業後、昼間は病院で働き、夜は看護学校に通いました。その後、さまざまな仕事をしますが、居酒屋で働いていたときに現在のご主人と知り合い、結婚します。
 25歳で陶芸をやってみたいと思い、親方に弟子入りします。その頃、親方の友人だった男が嫌いで、そいつを主人公にした小説を書きはじめます。その後何年も書き続けていますが、まだ完結していないそうです。「結末は決まっているんです。こんどその男に会ったときに終わらせようと思っています(笑)」
 その後、高知市に移住。窯場を持って、そこでつくった作品を東京のギャラリーに持ち込みます。現在では、各地で個展を開くようになりました。
 陶芸の仕事をはじめてから、いろんな人に会います。ある店で会った元新聞記者のおじいさんとは、長い間、文通をしています。その人は文学好きで、幸田文の随筆『木』を廣谷さんにくれます。
「仕事で山に出入りしているのですが、この本を読むと植林への見方が変わります。自然へのまっすぐな視線がよくて、繰り返し読んでいます」
 この人はその後、廣谷さんに幸田文の本を大量に送ってくれたそうです。
 また、よく行く喫茶店のマスターからは「これ読んでみたら」と、ロベルト ボラーニョの長篇『2666』(白水社)を渡されます。
「850ページもある分厚い本なので、まだ読み終わっていません。私は、自分で選ぶよりも、人から勧められて読む本の方がハマるみたいです。この人が好きな本なら読んでみようと思うんです」
 廣谷さんは、来年には住み慣れた高知を離れ、大阪に引っ越す予定。
「高知という土地だから陶芸の仕事ができたと思っていたのですが、関西でも偶然、窯場にする場所を見つけることができました」
 
 そんな廣谷さんのお悩みは?
「私の父はちょっとタバコを買いに行って、そのまま何日も家に帰ってこないような人でした。他人にとっては魅力的なところもあったでしょうが、身内としては迷惑な人でした。そんな父を反面教師にしてきたつもりでしたが、私もいつかあてのない旅に出てしまうのではと恐れています。父に似てきた自分が不安なんです」
 お答えになるかはわかりませんが、フツーではない父と娘の関係を描いた本を挙げてみます。
father.jpg まず、内田春菊『ファザーファッカー』(文藝春秋、1993/文春文庫)は、強圧的な義父に身も心も支配される女の子の物語。実父は遊び人で、幼稚園児の「私」の小遣いを取り上げてパチンコに使うような男です。その父が出て行ったあと、家に入り込んだ養父は、「私」の生活を監視し、奇妙なルールを押し付けます。
「この親がいる限り、私はずっとこんな目に遇ってなきゃいけないのか、と頭が怒りと諦めでいっぱいになった。でももう泣いたりはしなかった。この頃から、私はますます自分の感情に鍵を掛けることを覚えた」
 養父は「私」の身体を求め、母親もそれを黙認します。母親は実父にどこか似てきた「私」を嫌悪しているようです。
 そして、「私」は「別にここにいなくてもいいんだ」と思いつき、そのまま家を出ます。
hagisaku.jpg 娘が文学者の父を回想する文章は多いのですが、そのなかでも、距離を置いて父を観察しているのが、萩原葉子『父・萩原朔太郎』(筑摩書房、1959/中公文庫)です。
 朔太郎は詩人としては有名でしたが、生活能力はなく、経済的には医者である実家に頼っていました。妻は朔太郎の母と折り合いが悪く、葉子と妹を置いて、ダンスの教師と駆け落ちしてしまいます。
 その後、葉子たちは父と祖母と暮らすようになりますが、祖母は激しい性格で、葉子にきつく当たります。父はそれを見てみないふりで、葉子を助けようとはしません。
 朔太郎は不器用で、食事のときもぼろぼろこぼすため、祖母から前掛けをさせられています。歩くときも、「ふわふわと身体が宙に浮くような早足で、あやつり人形のようないぎごちなさだった。今にもころびそうで危なっかしくて見ていられない」のでした。地に足がつかないまま、一生を終えたのです。
「お父さまは、あんな大きな眼をしていても現実は見えなかったのでしょうか」と、葉子は書いています(「歳月 父・朔太郎への手紙」『蕁麻の家 三部作』新潮社)。
しかしその葉子も、長男(のちに演出家となる萩原朔美)を抱えて離婚し、父と同じ、文学の道に進むのでした。
kidnap.jpg 最後は、楽しいダメ父の物語を。角田光代『キッドナップ・ツアー』(理論社、1998/新潮文庫)は、小学5年生のハルが、家からいなくなっていた父にユウカイされます。父に対してどうふるまったらいいのか、娘をどうあつかっていいのか判らない二人が、逃避行のあいだに次第に、自然な父娘らしい関係になっていきます。
 いつもヘラヘラしているダメな父親が、唯一、娘を叱る場面があります。
「これからずっと先、思いどおりにいかないことがあるたんびに、な、何かのせいにしてたら、ハルのまわりの全部のことが思いどおりにいかなくてもしょうがなくなっちゃうんだ」
 この言葉のあと、父と娘の手はしっかりとつながれるのです。

 廣谷さんはつらかった過去のこともたんたんと、笑いを交えながら話してくれました。いまは父も落ち着いて、母と一緒に暮らしているそうです。波乱万丈な人生でしたが、「いまは楽しくやっているので、べつに悩むことはないんです」と明るいです。それをあえて考えてもらったのが、今回の悩みです。
 父に似てきたことを不安に感じても、廣谷さんはそんな自分を嫌になったりはしません。「それはそれで面白い人生になるかも」と、どこかで思っているのかもしれません。しなやかで強いひとです。

Profile

南陀楼綾繁

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『谷根千ちいさなお店散歩』(WAVE出版)、『小説検定』(新潮文庫)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)ほか。

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