全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

南陀楼綾繁

全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

版画イラスト=宇田川新聞

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テンションがいつも低いです

earth.jpg「なんやろなー。本は好きなんだけど、何を読んだか覚えてないんですよねー」
 池内美絵さん(42歳)に取材を申し込むと、まずそう云われました。池内さんは現代美術家で、自身の身体とモノとの関わりをアート作品にしています。その作品はとても美しいのですが、その一部には彼女の皮膚や体毛が封じ込められていたり、一度飲み込んで排泄したモノだったりします。
 ご本人に会うと、ひょうひょうとした感じで、とんでもない発想を実行してしまうエネルギーがどこから出てくるのかと不思議に思います。でも、この人が普通のこととして淡々と話すエピソードには、しばしば度肝を抜かれるのです。
 池内さんは愛知県に生まれ、1歳で愛媛県松山市に引っ越し、そこで成長します。家族は両親と1つ下の妹の4人暮らし。父は自動車などの部品メーカーで設計の仕事をしていました。
 家には本が多く、文学全集の類も並んでいました。国語の教科書に抜粋収録されていた芥川龍之介や太宰治の作品を全部読みたくて、文学全集に手を伸ばしました。松山に縁のある夏目漱石も、全集で読んだそうです。『こころ』はKが自殺するところを、いまでも覚えています。
 小学生の頃は、近所の本屋で月に1度、小説とマンガを月ごとに交代で買ってもらいました。その習慣は中学でも続いて、試験の結果がいいと買ってもらえる冊数が増えたそうです。
 マンガで好きなのはホラーものでした。楳図かずおの『ミイラ先生』は怖くて部屋に置いておく気になれず、妹とこっそり捨てにいったそうです。
 友だちと交換ノートをしていて、そこに連載めいたものを書いていたり、近所の子と手書きで同じ内容の雑誌を何部かつくり、先生にもあげていました。書いたりつくったりするのは、ずっと好きだったようです。
 幼いころから絵を描くのが好きで、小・中は美術のクラブに属していました。高校ではデザイン科に入り、自転車で10キロ以上の距離を通学していました。課題で絵ばかり描いていましたが、それが楽しかったそうです。この時期は、美術書以外はあまり本を読みませんでした。
 大学は京都の美術短期大学に進学。ひとり暮らしをするようになります。陶芸を専攻し、美術館やギャラリーに通いました。
「大学の図書館に『手塚治虫全集』があったので、それを全部読みました」
 卒業後、同じ大学の専攻科、研究科と進み、さまざまな素材で作品をつくるようになります。大学を出たあとは、大阪のギャラリーでデザイナーとして働き、その後フリーランスのデザイナーに。
 その頃、池内さんは本屋で「S&Mスナイパー」という雑誌を手にします。小学生の頃、家の近所の「ナイトショップ」に並んでいるエロ雑誌に興味を持っていたそうです。この「S&Mスナイパー」には当時、アラーキーこと荒木経惟の連載があり、そのモデルを募集する記事が載っていました。
「やってみないと分からない」と思った彼女はモデルに応募し、誌面に載ります。その後、編集長が美術好きということから、同誌のデザインを手がけるようになりました。
 現在は博物館で働きながら、好きなペースで作品をつくっています。個展を開く以外に、ポストカードや冊子も発行しています。
 本を読むと自分のなかに何かが蓄積されているという実感はあるけれど、作品をつくることへの直接的な影響はありませんと、池内さんは云います。
 しばらく前に引っ越しして、イベントで本を1000冊ほど処分しました。手元に残したのは、生き物に関する本が多いとのこと。
「飴屋法水『キミは珍獣(ケダモノ)と暮らせるか?』は、生き物についての考え方に共感しました。それから、エドワード・ゴーリーの『おぞましい二人』は、実際にあった殺人事件を元にした絵本ですが、殺人者の夫婦が食事をしている風景に、『生きること』ってなんだろうと思いました」
 
 そんな池内さんのお悩みは?
「私は、テンションがいつも低いです。キャピキャピしている人を見ると、『ああいう風にできない』と思うのですが、ちょっとだけ、それに乗ってみたい自分もいます(笑)」
 なるほど。他人のことをうらやましがったりしなさそうな池内さんでも、そんな気持ちを持つことがあるんですね。
dosa.jpg テンションをどう上げるかはよく分かりませんが、上らざるを得ないシチュエーションのひとつがギャンブルです。阿佐田哲也のギャンブル小説は、実際に博打をやったことのない私にもヒリヒリとした快感を与えてくれます。
『ドサ健ばくち地獄』(『色川武大・阿佐田哲也全集』第10巻、福武書店、2010)は、名作『麻雀放浪記』の約10年後を描いています。青春小説の色が濃かった『麻雀放浪記』に比べると、本作は生き残りを賭けた闘いです。
 フリーのばくち打ちであるドサ健は、スナックの女・殿下をたき付けて賭場を開かせます。そこに海千山千の男たちが集まり、連夜、麻雀やテホンビキの勝負を繰り広げます。目的は相手をコロシて喰うことのみ。そのためには、目の前の勝負だけでなく、あらゆる手を使うのです。
 現在では数十万、数百万にあたる金が一瞬にして消え、一瞬にして倍になる。その恐怖と快感。それがずっと続くのです。そのテンションに耐えきれなくなった男たちが、一人また一人と脱落していきます。
 物語のおわり頃に、ドサ健はこうつぶやきます。
「俺はなんでも、とことんまでやりてえんだ。納得がいくまでなァ。負けてった連中だって皆そうなんだろうよ。この世でひとつくらい、とことんまでやれるものがあっていいんだ。それでなくちゃァ、最初からばくちなんかやるもんか」
 一方、望まないのにテンションを上げられてしまうこともあります。 
saiaku.jpg 奥田英朗『最悪』(講談社、1999/講談社文庫)は、町工場を経営する中年男、銀行員の女性、世の中を舐めて暮らす若い男の3人が主人公です。彼らは、それぞれの事情を抱え、それを解決しようとします。しかし、事態はどんどん悪い方向に転がっていきます。「少しでもいいことがあると、その数倍の量で悪いことが自分にのしかかってくる」のです。
 そして、文庫で600ページもあるこの小説のラスト100ページで、溜まっていたガスが爆発するように、事態が大きく動き、3人のテンションも頂点に達します。
 同じ作者の『邪魔』『無理』と並んで、「テンション暴発3部作」と私は勝手に名づけています。このテンション、自分では絶対に体験したくないです。
 一生テンションが上がらず、ローテンションのまま生きている人もいます。つげ義春はいわばローテンションの王様です。つげのエッセイはマンガ作品以上に暗いです。旅行記では、何もない僻地の索漠とした宿に泊まり、「つまらぬところに来てしまったと後悔」しつつも、その後も何度も訪れてしまいます。「自分は『本当はここにこうしていたのかもしれない』」という気分になるのだといいます。
kusetu.jpg マンガ家になろうと考えてからの10年間を綴った『苦節十年記』(『つげ義春全集』別巻、筑摩書房、1994/ちくま文庫)も、悲惨な話の連続です。貸本マンガを描いても、原稿料は安くいつも金が足りません。
 米を一升だけ買いに行ったとき、紙袋が破れて中身がこぼれてしまいます。
「私は道路に這いつくばって濡れ鼠になりながら、両手で米をかき集め、夢中になって上着とズボンのポケットに詰め込んで、ふとバス停を見ると、バス待ちの客が大勢私を見ていた。(略)道路に残った米をバスは踏みつぶして行った。このときはさすがの(何がさすがなのか)私も涙ぐんでしまった。米などもう大切な時代ではなかったのに」
 この一文の「(何がさすがなのか)」のように、つげ義春の文章には暗さの底に、かすかな笑いがあって、それが少しだけ救いになっています。
 つげはその後、『ガロ』で発表した諸作で注目されますが、ノイローゼや妻の死によりマンガを描かなくなります。でも、マンガ家を辞めたわけでなく、いまでも新作を待っている人は多いです。

 自分なりの道を選んで生きてきた池内さんは、ほかの人のテンションに影響を受けることはなさそうです。無理にそうする必要もないでしょう。それに、自分では気づいてないだけで、作品づくりに没頭しているときの池内さんは、十分にテンションが上がっているのでは? と思うのです。

Profile

南陀楼綾繁

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『谷根千ちいさなお店散歩』(WAVE出版)、『小説検定』(新潮文庫)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)ほか。

Pick Up Book

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