全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

南陀楼綾繁

全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

版画イラスト=宇田川新聞

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働きたくないんです

kokeshi.jpg 2004年、あるミニコミの創刊号が話題になりました。「野宿野郎」というタイトルで、文字通り、野宿を愛好する人のための雑誌です。編集長は22歳の女の子ということもあり、週刊誌などでも取り上げられました。
 私がその編集長のかとうちあきさん(35歳)と出会ったのは、その2年後に谷根千で行なわれた一箱古本市でのこと。本屋さんごっこに気合の入る店主さんが多いなか、その辺で拾ったビジネス書をやる気なさげに並べる「野宿野郎」の面々は、誌面そのままのゆるさでした。たしかこのとき、かとうさんは遅刻してきたと思います。
 ミニコミにはありがちですが、「野宿野郎」は第7号を最後に、新しい号が出る気配がないまま6年が経っています。かとうさんからは、「そろそろ出したいんですけどねー」という言葉を毎年聞いているような気がします。
 かとうちあきさんは横浜市生まれ。両親と弟の4人家族です。母は教育熱心で、家には絵本が多くありました。その中でも記憶に残っているのが、『ねないこだれだ』(せなけいこ)です。なかなか寝ない子どもがおばけに連れていかれるというストーリーで、宵っ張りのかとうさんはコワかったそうです。まだ字が読めなくても、毎日のように眺めました。
 もう一冊は、『ねむいねむいねずみ』(佐々木マキ)。旅をしているねずみが寝られる場所を探すというお話で、「いま考えると、野宿好きのきっかけになったかも」と、かとうさんは云います。
 小学校では休み時間のたびに図書館に行って、いろんな本を読みました。「なんてたくさん本があるんだ」と嬉しかったそうです。かとうさんは幼稚園のときから集団行動が苦手で、小学校の教室ではみんなと同じように手を上げることができませんでした。そんなときに、タイトルは忘れましたが、戦時中に田舎に疎開した主人公が村はずれに住むお兄さんと仲良くなる物語を読んで、自分のことのように身につまされたそうです。
 中学では、少し大人になって人付き合いもするようになりますが、やっぱり学校という空間が苦手でした。「部活はコンピュータ部。できたばかりで上の学年がいないので、インベーダーゲームで遊んでました(笑)。ほぼ帰宅部です」とかとうさん。コバルト文庫や太宰治の『人間失格』、坂口安吾の『堕落論』、つげ義春や山田花子ら「ガロ」系マンガなどを読んでいました。
 高校1年のとき、国語の授業の課題で『沈黙』を読んだのがきっかけで、遠藤周作を読むようになり、彼が描くキリスト教について知りたくて、トルストイやドストエフスキーなどを読みます。この頃は、深刻な文学が好きだったようです。
 青春っぽいことをしたくなり、クラスメイトと熱海まで歩いたのが、野宿旅行の最初です。高3では夏休みを使って、青森から下関まで53日かけて歩きました。
「それまで地方に行ったことがなかったので、新鮮でした。歩いて行けばどこにでもたどり着けることがうれしかったです」
 はじめて行く土地では、自分から声をかけないと知りたいことは判りません。一日だ待って歩いていると人としゃべりたくなることもあり、積極的にコミュニケーションをとるようになりました。
 大学では社会学を専攻。ゼミの先生の影響で、内田百閒の小説や、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』など南米のマジック・リアリズム文学を読むようになります。在学中も4、5か月かけて北海道を一周するなど、野宿旅行を続けています。「就職せずに、プラプラして生きたい」と、卒業後は、それまでアルバイトしていた介護の仕事をそのまま続けています。
 2年前には、横浜で〈お店のようなもの〉をオープン。商店街の一角にあるボロボロの家屋に、どこから拾ってきたのかよく判らないモノが置かれていて、誰が店主なのか、いつ開いているのかもはっきりしない、まさに「のようなもの」な場所です。ときどきイベントを開催しながら、客かどうかも判らない人たちと楽しく過ごしています。
 読書には波があって、この10年ほどはほとんど小説を読まなくなっています。野宿旅行に本を持って行っても、読まずじまいのことが多いそうです。
「いまよりも働かなくなったら、もっと読むようになるんですけどね」と、かとうさんはのほほんと笑います。

 そんなかとうさんさんのお悩みは?
「働きたくないんです」
 たくさん働いてお金を稼ぎ、豪華旅行をするよりも、働かずに野宿旅行する方がいいと、彼女は云います。
 私だって働かずに楽しく生きたいとはいつも思ってるんですが、現実はなかなか厳しいです。でも、かとうさんの場合、悩みというよりは、こう生きるんだという「宣言」にもとれますね。つよい意志を感じます。
hataraka.jpg 分厚いので読みとおすのがちょっと大変ですが、かとうさんにぜひ読んでほしいのが、トム・ルッツ、小沢英実ほか訳『働かない 「怠けもの」と呼ばれた人たち』(青土社、2006)です。本書は、アイドラー、ラウンジャー、ヒッピー、スラッカーなど、歴史上に現れた「怠けもの」の姿を描いています。
 とくに興味深いのが、ハーマン・メルヴィルの小説『バートルビー』についての考察です。ウォール街の事務所に雇われたバートルビーは、主人が依頼した仕事に対して、「しないほうがいいのですが」と答え、それ以降、まったくなにもしないのです。
 著者はこう指摘します。
「メルヴィルが示唆したこととは、ある文化における社会的な価値観も、ときには支配力を失う可能性があり、そうなれば、ほかの人々には抵抗しがたく思える『働け』という社会的圧力にも、それに負けじと抵抗する者が出てくるということだ。彼らができれば働かないほうがいいと思うのは、ただ『しないほうがいい』からなのだ」
mahoro.jpg 三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』(文藝春秋、2006/文春文庫)では、便利屋として毎日忙しく働く多田のもとに、高校時代の同級生だけどほとんど接点のなかった行天が転がり込んできます。多田は、何を考えているのかよく判らない行天になんとなく押し切られて、彼を居候させます。
 行天は多田の仕事先に律儀についてきますが、まともに作業はしないし依頼主を怒らせるしで、役には立ちません。多田はイラついて、行天を追い出そうとしますが、いざいなくなると必死で探すのです。多田も行天も、過去の出来事を原因とする「空虚」を抱えていて、ときどき日常の裂け目からそれが現れます。言葉に出すことなく、お互いを思いやる関係が描かれます。
 続篇『まほろ駅前番外地』、『まほろ駅前狂騒曲』と話が進むにつれ、行天は少しずつ社会復帰しているように見えますが、多田がちょっと目を離せば、すぐさま働かなくなります。その危なっかしさが、かえって魅力的です。
makeru.jpg 最後に紹介するのは、マンガ家・カレー沢薫のエッセイ集『負ける技術』(講談社文庫、2015)です。著者は、マンガ家になりたいと夢見てデザイン系の専門学校に通うも、マンガを描き上げないまま違う仕事に就き、ハードルの低い新人賞に引っかかってデビューしたそうです。
 現在は会社員として働きながらマンガを描くという生活で、結婚もし自宅も購入しています。世間的には順風満帆のようですが、ご本人によれば、いろんなものに負け続けている日々だとのこと。このエッセイで、著者はリア充の連中をはじめ、さまざまな仮想敵に闘いを(一方的に)仕掛け、(一方的に)負け続けます。その自虐っぷりがたまりません。
 ちなみに、著者がマンガを描くときのBGMは、映画の『八甲田山』。「自分が『もうだめだ』と思ったところで、タイミング良くスピーカーから寒さにやられた隊員たちの断末魔の叫びが聞こえてきたりする」と、「もはや私の代わりに叫んでくれているといっても過言ではない」と感じるのだそうです。......働くのってタイヘンですね。

 1975年のドラマ『俺たちの旅』で、中村雅俊ら会社員をやめて、やりたいように生きるために、自分たちで「なんとかする会社」をつくります。かとうさんの〈お店のようなもの〉を知ったとき、このドラマのことを思い出しました。固定概念から抜け出し、社会の網の目をくぐるように、できるだけ働かずに楽しく生きる。かとうさんがその夢を実現できたらいいなと思います。

Profile

南陀楼綾繁

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『谷根千ちいさなお店散歩』(WAVE出版)、『小説検定』(新潮文庫)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)ほか。

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