全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

南陀楼綾繁

全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

版画イラスト=宇田川新聞

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就活でスーツを着たくありません

ekate.jpg 8月に茨城県つくば市で「友朋堂書店一箱古本市」がありました。友朋堂というのはつくば市内に数軒あった新刊書店です。地元の本好きに親しまれた書店ですが、今年2月に閉店しています。今回の企画は、閉店した本店のシャッターを開けて、その中で一箱古本市を行うというものです。営業時に使っていた棚ひとつ分に、各出店者が本を並べて販売します。店主さんが「この店で買って読んだ本です」と云えば、お客さんもかつて通っていたときの思い出を語るというように、読書の記憶を引き出す場になっていました。
 恵加手りなさん(21歳 仮名)はこのとき、「越境文庫」という屋号で旅や異文化についての本を並べていて、印象に残りました。現在、市内の大学の4回生。はにかみ屋な感じですが、好きな本について話すときは表情が豊かになります。
 父の仕事の関係で、北九州市八幡区で生まれ、1年後に北海道に引っ越します。育ったのは札幌市です。大学で韓国語を教える父と、新聞記者の母、7つ下の弟の4人家族。両親の仕事柄、各自の部屋に大きな本棚があるほか、トイレには共同の本棚があって、オススメの本が並んでいたそうです。
 幼い頃に読んでいたのは、『おしいれのぼうけん』(ふるたたるひ、たばたせいいち)、『大どろぼうホッツェンプロッツ』(オトフリート・プロイスラー)など。「色づかいがキレイで美しく感じた」ので、荒井良二の絵本もよく読んだそうです。
 小学生になると、学校の図書館で世界の名作や、ルパン、ホームズ、怪人二十面相などのミステリものなど、全集やシリーズを片っ端から読みます。また、通っていた学童保育はマンガの宝庫で、『キャンディ・キャンディ』や『のだめカンタービレ』など新旧の作品や、『ちゃお』『りぼん』などの雑誌を読みます。
 家にたくさんの本があったこともあり、えり好みせず何でも読んでいます。もっとも、これには運動や集団行動が苦手な性格も関わっているのかもしれません。
 中学から高校にかけては吹奏楽部に入り、クラリネットを演奏します。朝練も含め、毎日練習していました。余談ですが、この「本好き女子」連載に登場する女性の吹奏楽部への所属率はちょっとびっくりするほど高いです。本と吹奏楽には、なにか深い結びつきがあるのかもしれません。
 この頃になると、本の好みがはっきりして、恩田陸、角田光代、星新一などの作家を読むようになります。佐藤多佳子や梨木香歩の作品は、同じ年代の女の子が主人公で感情移入しやすかったそうです。一方、趣味に合わないと、途中で読むのをやめる本もありました。教室で読むことも多く、むしろ周囲の音があった方が読書に向いているそうです。「だから、いまでも喫茶店で本を読むのが好きなんです」と、りなさんは云います。
 高校では部活動と受験勉強の両立で精いっぱいで、あまり本は読めなかったそうです。ただ、この頃から付けはじめた手書きの日記は、いまでも続いているとのこと。
「当時はマジメになりすぎて、行きづまっていました。早く大学に行って違う世界を見たいと願っていたんです」
 つくば市の大学に入学し、2年から一人暮らしをはじめます。札幌では中心地で暮らしていたので、人が少ない町に寂しさを感じ、先の友朋堂書店に通いました。また、出版社のミシマ社がインターンを募集しているのを知り応募、ときどき通って仕事の手伝いをしています。そこで勧められた本を読むようになります。
 大学では3年で経済学を専攻しますが、4年で本来行きたかった人類学専攻に移ります。「ディティールの積み重ねから大きな物事が見えてくる」ことに魅力を感じ、はじめて研究する喜びを知ります。最近は専門書のほかに、武田百合子『富士日記』などの日記文学や、何でもない人生について論じた岸政彦『断片的なものの社会学』などが面白かったと、りなさんは云います。
 やりたいことが見えてきたせいか、これまで読んできた本から得たものが、ちょっとずつつながってきているようです。そういう時期って、何を読んでも面白いんですよね。
 取材の翌月には、ロシアに留学し、卒論のテーマを探すつもりだと話してくれた彼女ですが、いまはモスクワで充実した生活を送っているようです。

 そんなりなさんのお悩みは?
「就職活動でスーツを着たくありません」
 みんながスーツを着て、似たメイクで就職活動に臨むのがおかしいけど、いざ同じ立場になると自分もそれを受け入れてしまいそうで不安だと云います。
nanimono.jpg 卒業を控えた大学生が誰でも抱くであろう、就職活動への恐怖と疑問を描き、直木賞を受賞したのが、朝井リョウ『何者』(新潮社、2012/新潮文庫)です。いまどきの就活の「あるある」をきっちり押さえて、複数の登場人物を描き分けています。
 主人公は、りなさんがいま感じているような就職活動への認識は間違っていると云います。
「自分は、幼いころに描いていたような夢を叶えることはきっと難しい。だけど就職活動をして企業に入れば、また違った形の『何者か』になれるのかもしれない。そんな小さな希望をもとに大きな決断を下したひとりひとりが、同じスーツを着て同じような面接に臨んでいるだけだ」
 しかし、一歩引いたところから友人たちの就活を観察している彼が、変わらざるを得ない出来事が起こります。そのとき、この小説が一人称で書かれなければならなかった理由が判るのです。
syuusyoku.jpg 一方、香山リカ『就職がこわい』(講談社、2004/講談社+α文庫)は、若者のなかに、就職活動を忌避し、「無業」を選ぶ傾向があることを指摘し、その背景にある心理を分析しています。12年前の本なので、データは最新ではありませんが、いまでも通じる内容だと思います。
 著者はこう述べます。
「若者は、何もかもやりたくないわけではなくて、『本当にやりたいこと』『自分にしかできないこと』ならおおいにやる気はある。ただ、それを自分で見つけることもできないし、それより問題なのは、『本当にやりたいこと』など大部分の人は見つけることができないのである」
kyosyo.jpg 最後は、ほかの人と同じ道をたどらずに、自分の生き方をつかんだように見える主人公の小説を。北森鴻の「蓮丈那智フィールドファイル」シリーズは、美貌にして孤高の民俗学者・蓮丈那智が事件に遭遇するものです。『凶笑面』(新潮社、2000/新潮文庫)をはじめ、知的好奇心をくすぐってくれるミステリです。著者は惜しくも亡くなりましたが、パートナーの浅野里沙子が引きつぐかたちで、遺作を完成させています。
 たしかに、蓮丈が就活でスーツを着ているところなど想像できませんね。助手の内藤三國は普通に着ていそうですが......。ただ、孤高の天才であり続けるためには、それを引き受けるだけの苦しみもあるのではと、平凡な私なんかは思います。

 りなさんは子どものころからマジメだったそうですが、いまの若者は全般に真面目すぎるところがあるような気がします。だから、うまくいかないときに、自分を丸ごと否定されたような気持ちになるのでしょう。「他人のことだから」と云われるかもしれませんが、もっと適当にやってみてもいいんじゃないでしょうか? 読書だって、肩ひじ張っていたら得られないものがたくさんあるのですから。

Profile

南陀楼綾繁

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『谷根千ちいさなお店散歩』(WAVE出版)、『小説検定』(新潮文庫)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)ほか。

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
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お知らせ

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・定規で線を引くと目盛りが逆
・アルミホイルやラップが切れない
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