全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

南陀楼綾繁

全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

版画イラスト=宇田川新聞

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便利さに振り回されたくないんです

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 ひとが何かにハマっていく様子を見るのは、微笑ましいものです。それが、自分と同じ趣味ならなおさらで、「わが門にようこそ!」と手を広げたくなります。
 今年春の「不忍ブックストリートの一箱古本市」で、「ひな菊の古本」の屋号で店主さんとしてデビューした女性もそのひとりです。谷中・根津・千駄木という地域に惹かれ引っ越し、その町で行なわれる一箱古本市に参加しました。すっかり楽しくなって、東京の他の地域で開催されている一箱古本市にも出すようになります。
 8月には根津の古本屋〈タナカホンヤ〉の一角を借りて、なぜか、かき氷屋を期間限定で開きます。9月には横浜の六角橋商店街で夜に行なわれる一箱古本市に出店。そのまま、その通りでの野宿イベントで一夜を過ごし、翌朝別の場所の古本市に出店しました。その三日後にも出店......という、まさに病膏肓の古本市ライフを驀進中なのです。
 面白いことに、彼女の妹も、姉が一箱古本市に参加するのを手伝っています。二人で活動するときの名前は「どんぐり姉妹」だというので、どんぐり姉(35歳 仮名)とどんぐり妹(31歳 仮名)に一緒にお話を聴きました。
 二人が生まれたのは横浜市。両親ともに本好きで、父が編集者ということもあり、家じゅうに本が溢れていたそうです。「トイレの中に誰のものか分からない本が置いてあったりします(笑)。面白そうだと思ったら、手に取ってみる感じでした」と、どんぐり妹は云います。母は図書館を「いつまでもいられる幸せな場所」と呼び、寝るときはよく絵本を読んでくれました。
 どんぐり姉の記憶にある最初の本は、『はじめてのおるすばん』(しみずみちを・作、山本まつ子・絵)。祖母に買ってもらいました。のちに古本屋めぐりをするようになって、昔読んだことを思い出し買い直したそうです。
 中高生は部活や受験勉強で本から離れていましたが、大学に入ってから村上春樹や江國香織を読むようになり、卒業後によしもとばななに出会います。過去のよしもと作品も遡って読み、新作が出ればかならず買って読んでいます。「いろんなことで落ち込んでいるときに読んで、気分が楽になりました。妹もばななさんが好きなので、一箱古本市の屋号は『ひな菊の人生』からいただきました。『どんぐり姉妹』もばななさんの作品のタイトルです」と、どんぐり姉。
 この数年は角田光代、西加奈子、中村文則らを愛読しています。最近面白かったのは色川武大の『うらおもて人生録』。「アウトローな人に惹かれるところがあるかもしれません」。
 一方、どんぐり妹はいろんな本に手を出して、読みかけのまま放置していることも多いそうです。「買うと満足しちゃうんですよね(笑)。本よりも本のある空間じたいが好きなのかも。並んでいる本のタイトルを見ていると、その先に何があるのか分からなくてワクワクします」。最近は本に限らず、なんとなくアヤシイ、シュールなものが好きとのこと。
 古本屋や書店のトークイベントに行くようになって、一箱古本市にも出店。「本の世界に向かって突き進んでいるようで、運命を感じています」と目を輝かす姉を、後ろからもっとやれと焚きつける妹。性格は異なりますが、互いに本を貸し借りし、昔よりも仲が良い関係だとか。
 近々ついに妹までが谷根千に引っ越してくるという、どんぐり姉妹の今後が興味深いです。

 一人ずつにお悩みを質問しましたが、姉は「携帯やSNSなどに寄りかからない生活をしたい」と願い、妹は「世の中の動きが速くなりすぎている気がします」と憂います。なるほど、つまり「便利さに振り回されたくないんです」ということでしょうか。
 たしかに、いまはインターネットをはじめ便利なツールが身近になっていますが、それが私たちに幸せをもたらした、とは云い切れない気がします。

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 ヘレーン・ハンフ編著、江藤淳訳『チャリング・クロス街84番地 書物を愛する人のための本』(中央公論社、1980/中公文庫)は、アメリカ在住の女性が、ロンドンの古書店に勤務する男性と交わした書簡をまとめたものです。1949年から69年までのあいだ、彼女は本を注文し、彼はそれを手に入れて発送します。たんなるビジネス上の関係を超えて、二人は書物の素晴らしさを語り合い、贈り物を交換します。感情豊かな独身のアメリカ女性を、古書店員は英国流のユーモアで包みこむのです。
 重要なのは、二人は時間と空間によって隔てられていたということです。手紙の返事がないことにイライラし、やっと届いた本に驚喜する。メールのような即時性がない分、思いはより深いものになるのではないでしょうか。
 二人の書簡が終るまで、彼女はロンドンを訪れることはありません。
「でも、どうかしら、たぶん行っても行かなくても同じことだという気がします。(略)今私がすわっている敷物のまわりをながめると、一つだけ確実なことが言えます。イギリス文学はここにあるのです」
 じつは、本書には続篇(『続・チャリング・クロス街84番地 憧れのロンドンを巡る旅』雄山閣)もあるのですが、正篇の訳者・江藤淳が云うように「もとのままが最良」だという気がします。

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 広瀬正『マイナス・ゼロ』(河出書房新社、1970/集英社文庫)は、タイムマシンものの古典にして傑作。現在から1932年(昭和7)にタイムトラベルした浜田俊夫は、自分が生まれた頃の東京に生きることになります。俊夫が足を踏み入れたその時代の銀座は音と光と人に溢れ、輝いています。この場面には、たんに作者のノスタルジーだと片づけられない、失われてしまったものへの哀しみが感じられます。

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 最後は、岡嶋二人『クラインの壺』(新潮社、1989/新潮文庫)を。いまでこそ普通に使われている「ヴァーチャル・リアリティ」の概念を、いち早くミステリーに取りこんだ作品です。主人公が感覚をシミュレートする実験を進めるうちに、いま自分が立っている場所の「確かさ」がグラグラと揺れていきます。便利さの行きつく先が、ここではありませんように。

 ここまで書いて、ふとフェイスブックを覗いたら、東北の人と四国の人がほぼ同じ時間に、自分の見た夕日の写真を載せていました。たんなる偶然ですが、時間と空間がつながっているということに、なんだか安心しました。便利さに励まされるということもあるんですね。

(版画イラスト=宇田川新聞)

Profile

南陀楼綾繁

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『谷根千ちいさなお店散歩』(WAVE出版)、『小説検定』(新潮文庫)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)ほか。

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