全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

南陀楼綾繁

全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

版画イラスト=宇田川新聞

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無心に本を読みたいんです

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 江戸っ子と云えば神田っ子。祭田よしこさん(32歳 仮名)は神田駅前に実家があり、現在もそこで暮らしています。江戸三大祭のひとつに数えられる神田祭にはかならず参加し、今年もはっぴ姿をSNSで披露していました。
 彼女と会ったのは、私たちが主催する「不忍ブックストリートの一箱古本市」でした。谷根千に路上で古本を販売するイベントが定着するにしたがい、さまざまな関連企画が生まれました。若い人たちが、地元の飲食店をおみくじ形式で紹介する「谷根千おしょくじ」もそのひとつで、よしこさんは彼らが発行するミニコミの編集を担当していました。
 よしこさんはちょっとばかりヤンキーが入っていて、古本女子にはあまりいないタイプ。話してみるとさっぱりして面白いです。ファッションにうとい私は、春と秋に彼女と一緒に上野のアメ横に行って、買う服を指南してもらっています。
「祖父の代から神田に実家があり、神田祭には子ども神輿から参加しています。今年は宮入りの際に先【はな】棒(花棒とも書く。担ぎ棒の一番先を云う)についたのが自慢です」
 父は時代小説や刑事ものが大好きで、家族でサスペンスドラマを観るのが日課だった。母は友だちと出かけるときには、お土産によしこさんに本を一冊買うことをルールにしていたそうです。ビルの別の部屋には祖母が住んでいて、その本棚にあった安野光雅の『旅の絵本』がお気に入りでした。
「この本や『おふろやさん』(西村繁男)のように、文字が少ない絵本が好きで、絵を眺めながら勝手にお話を妄想していましたね」
 小学生の頃は、『いやいやえん』(中川李枝子・作、大村百合子・絵)や『長くつ下のピッピ』(リンドグレーン)などを読んだそうです。とくに好きだったのが、『コロッケ天使』(上条さなえ)で、学校の図書室で何度も借りたので図書カードの三分の二がよしこさんの名前でした。
「一回借りると、三回ぐらい読みました。繰り返し読むのが愉しかった。人気があるとか名作だとか考えずに、好きな本を読めたのは、いま思うと幸せでしたね」
 中学生になると、群ようこやさくらももこらのエッセイを読むようになりました。高校で衝撃を受けたのは、『風俗嬢菜摘ひかるの性的冒険』。やまだないとのカバー絵に惹かれて読んだのですが、「ギリギリのところでプライドを持って仕事をしているのがカッコよかったです」。ちなみに、菜摘さんは2002年に亡くなっています。
 大学では生活社会学を専攻。消費生活をテーマに卒論を書きます。当時好きだった作家は、江國香織や吉田修一など。卒業後は編集専門学校で学び、編集プロダクションに入社します。
「仕事は忙しかったけど、やりがいがありました。ただ、この時期はあまり本が読めませんでした」
 このまま読書から離れてしまうのは嫌だなと思っていたところに、一箱古本市に関わるようになり、本好きの友人がたくさんできました。いまは新しい仕事も決まり、順調そうです。

 そんな祭田よしこさんのお悩みは?
「本について話してくれる知り合いが増えて、いろんな本を買うようになりました。その一方で、自分が本のことを知らないことをコンプレックスに感じてしまいます。ネットを見ていても、誰かの評価とか賞をとったとかの情報が入ってきます。そういうこととは関係なく、無心に楽しく本を読みたいんです」
 本を読むことはエライことでもなんでもありません。本は私にとってはなくてはならないものですが、まったく興味もないひともいる。それでいいのだと思います。とはいえ、歳を取るにつれて、先入観とか情報が邪魔になって、純粋に読書を楽しめてないなあと感じることは、私にもあります。
 そういうときは、原点に戻りましょう。今回は私が熱中して読み、その後折に触れて再読してきた3冊を。

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 夏目漱石『吾輩は猫である』(1905~06初出/新潮文庫ほか)は、中学生の頃に通読したと思います。それまでエンターテインメント小説しか読んでいなかった私ですが、熱中して読みました。この作品は教科書や子ども向けのダイジェストで読むのではなく、ちょっと取っつきにくくても原文を読むほうがいいです。明治に書かれたものですから、固有名詞や表現が判らないのは当たり前。なるべくいちいち注釈を見ないで、ストーリーを味わってほしいです。無精な苦沙弥先生を取り巻く個性豊かな面々たちが、落ちのない落語のようなエピソードを語ります。軽い気持ちでも一気に読めてしまうし、背後にあるもの(モデルになった人物やほかの漱石作品との関連)などを自分なりに考えていくのも楽しいです。幸い、この作品には無数の評論とパロディがあります。一生遊べる小説だと云えるのではないでしょうか。

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 小学生でSFにハマって以来、星新一と筒井康隆はとにかく全部読みました。とくに筒井康隆には作風の変化とともに、読んでいる自分も変わっていくような感覚がありました。『みだれ撃ち瀆書ノート』(集英社、1979/集英社文庫 ※書影は単行本)は書評エッセイですが、純文学から落語、科学、心理学まで幅広く取り上げています。藤枝静男の『田紳有楽』などというぶっとんだ前衛小説は、この本で紹介されなければ手に取ることはなかったでしょう。エンタメ少年が少しずつ読書の幅を広げていくために、まさに格好のガイドでした。

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 最後は、少女マンガです。弥生美術館(文京区)で12月25日まで開催中の陸奥A子展。その図録として刊行された、外舘惠子編『「りぼん」おとめチック・ワールド 陸奥A子』(河出書房新社、2015)では、「りぼん」でひとつの時代を築いた陸奥A子の世界を一望できます。本書でリリー・フランキーや江口寿史が語るように、男の子にとっても陸奥A子は唯一無二の存在でした。この世界にいつまでも浸っていたいと、何度も単行本を読み返したものです。とくに『こんぺい荘のフランソワ』は、「好きなことで生きていく」という夢を見せてくれました(もっとも、フリーランスの食えなさ加減もしっかり予告してありますが......)。

 よしこさんは最近、再読するのが好きだった頃を思い出して、昔熱中して読んだ本を読み返しているそうです。弱ったときには原点に戻るのが一番です。そこから、次に進む方向が見えてくるのではないでしょうか。

(版画イラスト=宇田川新聞)

Profile

南陀楼綾繁

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『谷根千ちいさなお店散歩』(WAVE出版)、『小説検定』(新潮文庫)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)ほか。

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