全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

南陀楼綾繁

全国各地の本好き女子の悩みに本でこたえてみた

版画イラスト=宇田川新聞

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出不精で困ります

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 東京の谷中・根津・千駄木、通称「谷根千」には、カフェ、雑貨店、ギャラリー、靴店など個人が経営する店が点在します。〈古道具Negla(ネグラ)〉もそのひとつです。店内は和箪笥、ガラス瓶、トランクなど和洋を問わず、古いモノであふれています。値段も手ごろで、何か一つ買って帰りたくなります。これだけたくさんのモノがあるのに、どこかに共通した世界を感じるのは、店主のカジノリコさん(37歳)のセンスがあってのことでしょうか。彼女の笑顔を見ると、私はいつも気持ちが安らぎます。
 カジさんは福岡県生まれ。両親と2人の姉、弟、妹の7人家族でした。会社員の父は、若いとき文学青年で岩波文庫を愛読していました。「いまでも小説や詩の一節を暗唱することがあります。八木重吉の詩は父に教えてもらいました」。母も子どもに本を読み聞かせるのが好きな人で、家族で出かける際には小型の絵本を持って行き、子どもが退屈すると読んでくれたそうです。当然、家の中は本が多く、のちに図書館に寄贈したほどでした。
「記憶に残っている最初の本は、谷川俊太郎さんの言葉遊びの絵本です。『いるかがいるか』などの語感が好きで、何度も読みました。切り絵の民藝っぽい表紙や紙の質感まで覚えています」
 おそらくそれは、『ことばあそびうた』(詩・谷川俊太郎、絵・瀬川康男)シリーズの一冊ではないでしょうか。たしかに、表紙は切り絵っぽくはあります。カジさんは、ビジュアルの記憶力が優れているようで、日本や世界の昔話の絵本のことも「表紙がタータンチェックで、緑バージョンと赤バージョンがありました」と話します。
 マンガも好きで、姉妹がそれぞれ少女マンガ雑誌を買って読み合いました。姉の影響で、自分の年代よりも上の『ガラスの仮面』なども読んでいます。
 小学校は築100年もの古い校舎で、図書館は校舎と渡り廊下でつながっていました。高い窓に、プロペラ式の扇風機があったそうです。この場所が気に入って、しょっちゅう通っていました。借りた本が増えると、ひとりひとりに与えられた図書カードの枚数も増えていきます。それを見ると、なんだかウキウキします。
 小学3年で神奈川県に引っ越し、数年後に千葉県に移ります。はじめて作家の名前を意識したのは18歳で、金井美恵子の小説に熱中しました。姉に勧められてアガサ・クリスティーや『シャーロック・ホームズ』を読んだり、父の蔵書からドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を手に取り、途中で挫折したりしました(のちに新訳で完読したそうです)。
 武蔵野美術短期大学のプラスティック科に在学中に、骨董店〈ニコニコ堂〉に通うようになり、店主の「長さん」こと長嶋康郎さんの影響を受けます。当時読んだ本は、ブロンテ『嵐が丘』、モラヴィア『無関心な人々』、メルヴィル『バートルビー』、保坂和志、庄司薫など。メイ・サートンの『独り居の日記』は、一人暮らしを淋しく感じるときに読んだそうです。
「もっとも、いまでは全部忘れてしまっていますね(笑)。アントニオ・タブッキのリスボンが舞台になっている小説の、路面電車の走る街でレモンのお酒を飲む場面とか、情景を断片的に覚えているだけです」
 千駄木にネグラを開店したのは、2009年。店舗での営業のほか、カフェやバーでの出張販売も盛んに行なっています。
「冬になると、店のソファーに座って本を読むのが楽しみです」とカジさんはニコニコしました。

 そんなカジさんがいま悩んでいるのは、マンガのこと。好きな作品を繰り返し読みたいので、iPadで電子書籍を買ったりレンタルしたりするようになったそうです。ディスプレイだと暗い中でも読めるので、つい徹夜してしまうこともあるとのこと。
「一度読みだすとマンガの世界にハマってしまうんです。どうしたら途中でやめることができますか?」
 そして、もう一つの悩みが、マンガ耽溺にも関わるのですが、「出不精で困ります」。ときどきは外に出て、いろんなものを見たりしたいのですが、仕事以外は家にずっといてしまうとのこと。
 うーん、最初の悩みは難しいですねえ。私も一度読みだすと、ラストまで一気にいかないと気が済まないほうなので。ただ、現実的な解決策としては、電子書籍を止めて紙の本に戻したら、物理的な限界に直面して、自ずから「ほどほど」にせざるを得なくなるんじゃないでしょうか?
 今回は、出不精問題に役に立つかもしれない本を紹介します。

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 姫野カオルコ『近所の犬』(幻冬舎、2014)では、犬好きの女性作家が自宅で犬が飼えないため、近所にいる犬を見つけては駆け寄りなでるという「借飼【しゃくし】」を行ないます。豪邸に住むおすましやのウェルシュ・コーギーの「モコ」、スピッツなのにむだ吠えしない「拓郎」、耳の遠いおじいさんが連れていた雑種「マロン」らの出会いを通じて、人々が暮らす街の風景が見えてくるようです。
 犬との出会いは楽しいだけでなく、「私は犬が好きだが、犬が私を好くことはそんなにない」という苦い思いも抱かせます。直木賞を受賞した自伝的連作長篇『昭和の犬』とあわせて読むと、ぐっと主人公に気持ちに近づけます。
nikomi.jpg  坂崎重盛『東京煮込み横丁評判記』(光文社、2008/中公文庫)は、浅草橋、小岩、立石、浅草、北千住、上野などにある、煮込みのうまい店を巡るエッセイ集。登場する店はいずれも雰囲気が良く、煮込みもウマそう。すぐにでも行きたくなります。ガイドブックとして使うのも自由ですが、「しかし、煮込みは一つの着地点であって、メインは、煮込みが食べられる居酒屋のある町や横丁周辺をブラつくことなのである」。
 めざした店のカウンターが満席だったら、数軒先の店にふらりと入る。あるいは、目についた路地を歩いてみる。一杯ひっかけて、目的の店に戻ってきたころには、本題の煮込みはどうでもよくなっている。このいい加減さ、力を抜いた感じがいいのです。好きなものを意識しつつも、それにとらわれすぎない柔軟さが必要なのかもしれません。
hyaken.jpg いっそ、出不精を極めるという手もあります。内田百閒は達意の文章で知られ、いまなお愛読されています。
 百閒は大学を出てから、就職先が見つからず一年半、なにもしない生活を送っています。すでに結婚して子どももおり、郷里から祖母と母を呼んで同居していました。その頃のことを書いた文章に『掻痒記』(『内田百閒集成7 百鬼園先生言行録』ちくま文庫、2003)があります。
「そうそう毎日就職の依頼に出かける先もないので、洋書を飾った書斎に坐り、尤もらしく新刊書を繙いたけれど、勉強が足りないのでよく解らなかった。原稿料を稼ぐために、翻訳をしようと思って机に向かうと、まだ始めない内から欠伸【あくび】ばかり出て、しまいには、ただ翻訳の事を考えるだけでも欠伸が止まらない様になった。それで翻訳も物にならず、うつらうつらと日を暮らした」
 その後の、無為をあざけるように頭が痒くなっていく描写は壮絶です。しかも、百閒はのちに陸軍士官学校や法政大学のドイツ語教授を勤めた頃も借金に追われ、家族と離れて下宿屋に蟄居しているのです。まさに出不精の王様です。
 ただ、その世間と隔絶した生活のなかで書いた文章は、観察眼と想像力を併せ持つものでした。出歩いていればいいってもんじゃないのでしょうね。

 遠くへ旅するのではなく、日常と地続きにある風景を楽しんで、そこから何かが得られれば、明日への活力になるのではないでしょうか。私も出不精なので、せいぜい近所をぶらつくようにしたいです。

Profile

南陀楼綾繁

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表として、各地のブックイベントに関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。著書『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『谷根千ちいさなお店散歩』(WAVE出版)、『小説検定』(新潮文庫)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)ほか。

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