『キャッチ!』刊行記念

岡崎愛子さんインタビュー

『キャッチ!』刊行記念

撮影:清水茂(P-TALK)

2005年4月25日、その日は晴れていて、気持ちの良い朝だった。 いつも通り会社や学校に向かうたくさんの人を乗せたJR福知山線の快速電車は、尼崎駅手前でカーブを曲がりきれずに脱線。運転士を含む107人が死亡、562人が負傷する大惨事となった。 同志社大学に通う2年生だった19歳の岡崎愛子さんは、1両目に乗車し、奇跡的に助かったものの、頸髄を損傷する大怪我を負う。突然、日常は終わりを告げ、闘いの日々が始まった──。 事故から10年を経て、あれからのことを初めて本にまとめた岡崎さんが語ってくれました。

10年のもつ意味

──今回、本を書こうと思えたのはなぜですか?
岡崎 いい意味で、あまり騒がれなくなったからでしょうか。当時は「あの事故で」といったら、みんなびっくりして声を失うというか、強烈なインパクトを与えていたんですよ。
──今はどんな反応が多いですか?
岡崎「ああ、知ってる」「ニュースですごいやってたよね」くらいになってきました。当時は「岡崎愛子」よりも「あの事故の被害者」というイメージばかりが先立ってしまって。何をしても「あの事故の......」というのが付きまとってくるのがすごく嫌でした。それが10年経ったら、いい意味で風化したというか、反応も薄くなってきて、私自身を見てもらえるかなと感じるようになりました。
──そんなふうに思えるようになったのは最近のことですか?
岡崎 ここ2~3年ですね。それまでは、自分から事故のことは言わないし、できれば隠したかった。今なら「あの事故の被害者なんです」って普通にいえます。いっても「ああ、そうだったんだ」くらいに受け取ってもらえるから、ずいぶんラクになりました。
──体の状態はいかがですか?
岡崎 首から下に麻痺が残ったので、自力では歩けません。腕は動かせるのですが、指が曲げられないので握力はゼロです。お風呂に入るのも着替えるのにも介助が必要なので、毎日ヘルパーさんに来てもらっています。一人の時にうっかり物を落としたりすると取るのに時間がかかるのが不便ですね。ただ、事故直後よりは、ちょっと指が動くようになってきたり、体幹が安定してきたりという変化はあります。

──リハビリの効果でしょうか?
岡崎 そうですね。もう7年くらい、毎週2回続けているので。時々は週1回になったり、2週に1回になることもありますけど、希望を持って続けています。おかげで動かない関節が固まったりすることもなくて。よくこんなに軟らかくキープできているねといわれます。

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人はいつ死ぬかわからない

──負傷者最長の377日間の入院の後、車椅子で同志社大学に復学。卒業後は上京してソニーに入社されました。どうしてご実家を離れ、一人暮らしをしながら東京で就職する道を選んだのでしょうか?
岡崎 とにかく負けず嫌いなので、「すべてを事故に奪われたくない」と思ったら、絶対就職してやろうとファイトが湧きました(笑)。障がい者を雇用している会社のなかでも、ソニーは「配慮はするけど特別扱いはしない」という社風があって、そんな環境のなかで挑戦してみたいと思って志望したら、運よく採用されたんです。
──でも、せっかく入社したソニーを2014年に退社してしまいました。
岡崎 家族には悲しがられましたが(笑)。このまま勤めていれば、まだまだいろいろ
な経験ができるとわかっていたのですが、以前から、ぼんやりと「犬に関わる仕事がしたい」という想いがあったんです。私の体は麻痺によって自律神経の機能が低下しているので体温調節がうまくできません。だから暑くなるとボーッとしてめまいを起こしたり、寒くなると家のなかでも凍えそうなくらいに震えていることもある。疲れやすいし、体が思うように動かないと思うことも、年々増えていました。そんな自分の体力面を考えると「いつかやろう」なんていっていられない。人はいつ死ぬかわからない。だからやりたいことはすぐにやらないと、というのは私が身をもって体験したことです。それで、思いきって一歩を踏み出してみることにしたんです。

犬に恩返しをしたい

──なぜ「犬」なのでしょうか?
岡崎 事故にあう前、私はドッグスポーツにはまっていて、河川敷で愛犬のダイナとフリスビーに明け暮れていました。家には他にも2頭の犬がいたんですが、事故にあってからとくに、その犬たちの存在の大きさを感じるようになりました。私、勝手に一人で悩むタイプなんですけど、犬を見ていると、「この悩みちっさいなあ」とか「もっとシンプルに考えればいいじゃないか」と思わせてくれる。それでけっこう救われた。そんな犬たちに、すこしでも恩返しできればと思いました。
──具体的には、どんなお仕事なのでしょうか?
岡崎 たとえば、犬に問題行動がある時、犬をなんとかする、というイメージをもつ人は多いと思います。でも問題行動の原因ってほとんどの場合、飼い主さんの接し方だったり、置かれた環境から来ていることが多くて、犬のせいじゃないんです。そもそも、犬にとっては問題でもなんでもなく、必要があって吠えたり甘がみをしたりしている。そう考えたら、犬をどうにかするというより、人が変わるほうが本質的じゃないかな、と。そのための方法を一緒に考えて、接し方や環境を変えるお手伝いができたらと思っています。
──子どものしつけと同じで、犬にもある程度の厳しさは必要なのでは?
岡崎 私も経験があるからわかるのですが、今は、犬がいけないことをしたら??るなどの罰を与えるドッグトレーニングが普及しています。その通りにしたら、たしかにその時はいうことを聞いてくれるけど、副作用もある。犬も生き物なので、過度に怒られたり、身の危険を感じるほどの恐怖を覚えたりすると、ふとした瞬間にかんだり、唸ったりしてしまう場合があります。それによって嫌なことがなくなったら、犬も学習し、かむ、唸るといった行動がさらに定着してしまうという悪循環。そのことに、私は勉強して気づいたんです。
まずは、犬とどう暮らしたいのか考えてみてほしいと思います。いうことを聞かせて、服従関係にしたいのか、笑いながら楽しく暮らしたいのか。ほとんどの飼い主さんは、きっと楽しく暮らしたいんじゃないかと思うんですよね。それが誤ったしつけの知識によって崩れているのが、私にとっては許せないというか、なんだか残念だなと。

事故について思うこと

──事故について、今どんなふうに思っていますか?
岡崎「無心」という言葉が近いかもしれません。不思議なくらい、怒りや恨みの感情はないです。自分の障がいが受け容れられなかった頃は「あの電車に乗り遅れていれば」「首じゃなくて、せめて足の骨折だったら」「あの事故さえなければ」と、後悔や怒りに悩まされることもありました。でもそのうち、事故のせいで心を乱されている自分に、無性に腹が立ってきて。事故を忘れたいのではなく、とらわれたくない、という思いが強いです。自分の人生だから、事故にとらわれず、自分の足で歩みたい。10年経ったからようやく、いえることかもしれません。

心のブレーキをかけているのは自分

──そんなふうに考え方を変えるのは大変なことだったと思います。心の持ちようを変えるうえで、何か意識されたことはありますか?
岡崎「できないこと」を見るんじゃなくて、「できること」を数える、ということでしょうか。そしたら、意外になんでもできると思うんですよ。「できない」というのは心の中で自分がブレーキをかけているだけで、本気で考えてみたら、方法はいろいろあるんじゃないかって。
こうやって呼吸をしていること、話したり食べたり、誰かに感謝できることが、どんなにすてきなことか。わたしにはできる体があるんだから、やりたいことは、とりあえず全部やってみる。あきらめるのは、思いつくかぎりのことをやってみて、どうしても、どうにもならないと自分のなかで納得できてから、いちばん最後の選択肢にとっておきたいと思っています。

『キャッチ! JR福知山線脱線事故がわたしに教えてくれたこと』
岡崎愛子/著

キャッチ! JR福知山線脱線事故がわたしに教えてくれたこと

本の詳細はこちら>>

Profile

岡崎愛子

(おかざき・あいこ)
1986年、大阪府生まれ。2005年、JR福知山線脱線事故で頸髄を損傷する大怪我を負い、車椅子ユーザーとなる。2008年、ソニー株式会社に入社。2014年2月に退社。人と犬が生涯のパートナーとして楽しく暮らせる関係作りをサポートするため、ドッグトレーニングを学び、起業する。現在は、人と犬の生活環境を変えて、問題行動を解決する専門家として活動中。

岡崎愛子サイト:http://okazakiaiko.com/
Laughing Dog:http://laughing-dog.net/

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