『きみはいい子』映画公開記念&『わたしをみつけて』文庫化記念

中脇初枝インタビュー ~やまない雨はない。~

『きみはいい子』映画公開記念&『わたしをみつけて』文庫化記念

「事件」として報道はされなくても、実は私たちのまわりに存在する問題をすくい上げ、その先に光を示した感動作『きみはいい子』が、「そこのみにて光輝く」で数多くの映画賞を受賞した呉美保監督の手で映画化されました。 原作、映画ともに必読、必見の作品です。 『きみはいい子』と同じ町を舞台にした長篇『わたしをみつけて』も、第27回山本周五郎賞の候補作になるなど話題の感動作です。 原作者、中脇初枝さんがそれぞれの作品への思いを語ったインタビューをお届けします。

『きみはいい子』ポプラ社 『わたしをみつけて』ポプラ社
映画『きみはいい子』公式サイト

よく知っている場所で、起こっていること

―――『きみはいい子』は、同じ日、同じ町、同じ雨の午後を舞台とした短篇集ですが、この設定にしようと思われた理由を教えてください。

同じ日、同じ時間、同じ場所に、別々の人が生きているというだけで、すごいことだと思うんです。単なる偶然ではあるのですが、ものすごい偶然が積み重なって、そういうことになっているんですよね。

なにかがあって、どれだけ追いつめられてしまっても、その同じ時間や空間にいる人たちが、ほんの少しだけでもかかわることで、すくわれる可能性がある。そんなかかわりの中で、同じ日、同じ町の人たちが、すくい、すくわれる物語を書きたいと思いました。

――― この町は、なんとなく、よく知っている場所のようにも思えます。

この町は、ちょっとした都会ならどこにでもあるような町なんです。人がたくさん住んでいて、お年寄りも若い人も子どももいるんだけれど、お互いにかかわりあうことを避けて、地域のつながりがなくなってしまった町。

都会って、すごくたくさんのひとが暮らしているし、足の踏み場もないくらい家だらけなのに、お互いに知ろうとしない。こどもたちだって、個人情報の保護なんていわれて、せっかく縁あって同じ学校の同じクラスになったのに、遊ぼうと思っても、家がどこかわからない。電話番号さえ知らない。

お互いに迷惑をかけないように暮らすことが第一になってしまっているから、なにかあっても、助けを求めない。

だから、つらいところに追いこまれてしまっている人が、すごく近くにいてもわからない。けれども、わたしは、できることならみんなすくわれてほしいし、すくってあげられる存在であってほしいと思うんです。本当にお互いにひらいていれば、犬の散歩をしているだけでも、そういう人には気づけるはずだと思うんですよね。

近所のおばさんからの「べっぴんさん、おかえり」

――― 中脇さんは、子ども時代、どんなところですごされたのですか?

わたしは徳島県の生まれですが、三歳のときに引越して、高知県の四万十川べりの町で育ちました。家が山の上にあって、坂道を下っていけば川だったので、友達とよく泳いで遊びました。どこの親も忙しく働いていましたが、ご近所同士のつきあいがあって、学校から帰る道で会うひとは、たいていが顔見知りで、声をかけてくれました。

そういうところって、人が少ない分、どんな人でも宝物みたいに思えるようなところがあって。わたしもとても大事にしてもらって育ちました。近所のおばちゃんに会うと、本当は全然べっぴんさんじゃないのに、必ず「まあ、べっぴんさん、おかえり」と言ってくれるんです。小学生のときだったんですけど、学校でいやなことがあっても、帰ってきたら「べっぴんさん」って言ってもらえる幸せがあって。

――― 今のお住まいは神奈川県ですが、生まれ故郷とはやはり違いますか?

都会は人が多すぎて、人のことなんてどうでもいいどころか、むしろ邪魔だと思ってしまうこともあるくらいですよね。満員電車に乗ったときとか。そうなると他人に対して愛情なんて持てないのも当たり前だと思います。

――― 田舎と都会とでは、子どもに対する接し方も違いそうですね。

だからといって、都会の子はそういう幸せなことがなくても生きていけるのかっていうと全然そうじゃなくて、やっぱり必要なんです。

以前、子ども会の役員をやっていたことがあるんですが、わたしが、ひとりの男の子の名前をわからずにいたら、「ぼくの名前知らないの?」って、ものすごく悲しそうに言われちゃったんです。子ども会といっても、とてもたくさん子どもがいるから全員の名前なんて覚えられっこないんですが、その子はわたしともっと親しいつもりでいたんですね。でもわたしは彼の名前を知らなかった。それはショックですよね。

――― 自分のことを知っていてほしいという気持ちは子どもの頃は特にありますね。

そういう意味で、名前というのは大切ですね。わたしの子どもが通った幼稚園の先生は、入園式の翌日に、子どもの名前だけじゃなくて、わたしがその子の親だということまでしっかり覚えて、名字で名前を呼んでくれたんです。こどもひとりひとりの成長を見守ってくださって、子育てをはじめたばかりの親も一緒に育ててくれる、とてもすばらしい幼稚園でした。

顔と名前を覚えてもらうということは、ひとりの人間として存在を認めてもらったということです。そこから全てがはじまる。短篇のうちのひとつに、「わたしのことを名前で呼んで」と言うおばあさんが出てくるのですが、すごく切実だと思います。誰も名前を呼んでくれなくなったら、存在そのものがあやうくなりますよね。

三メートル以上遠くに伝えたかった

――― この物語を書こうと思われたきっかけを教えてください。

うちの子どもと同じ歳の子どもが亡くなった事件がありました。うちの子は、毎日おなかいっぱい食べて、遊んで、寝る前は歌を歌ってもらったり、お話をしてもらったりしている。それなのに、なぜ、同じ歳の子どもが死んでしまうような目にあわなければならないのかと、とても胸が痛みました。

けれども、まわりを見てみたら、死なないまでも、つらい思いをしている子どもも、そういう経験をして大人になって苦しんでいるひとも、たくさんいるんですよね。そして、子どもがかわいそうなときって、その親も同じようにかわいそうな状況に追いこまれているんですよね。そんな子どもも親もどうにかしてあげたい。家の中でどうにもならないんだったら、まわりのひとが助けるしかない、と考え、そういうことを書こうと思ったんです。

わたしがすごくまわりに助けられて子育てをしているし、自分も大事にされて育ってきているから、みんなそういうふうになってほしいんですよね。

――― 小説を書くということは、中脇さんにとってどういうことですか?

子どもの成長とともに、いろんな人たちと知り合い、PTAや子ども会のような社会的なかかわりも持つようになりました。でも、そんな中で、困っている子に手をさしのべたとしても、その子ひとりしか助けられない。そういう思いを、いくら大きな声を出して伝えようとしても、身の回り三メートルくらいにしか届かない。もどかしいんです。だから、書いて思いを伝えたら、知らないひとや、本来声が届かない人にも、もしかしたら伝わるかもしれないと思って。

――― どんな方に読んでもらいたいですか?

今まさにつらい状況にある人にも読んでもらいたいし、過去のことでつらい思いをしている人にも読んでほしい。なにより、当事者ではない人に、自分のまわりの人の存在に気がつくきっかけになってほしいと思います。同じ町でお互いに知らなくても、すれ違うことがあるかもしれない。今は名前も知らない、同じ町に暮らす人の、その存在に気づいて、思いを寄せるきっかけになってくれたらうれしいです。

つながっているふたつの作品

――― その後『きみはいい子』には、読者からの感想がたくさん寄せられました。

男性も女性も、とても幅広い年代の方からお便りをいただいてびっくりしました。テーマが子どもの虐待という重いものだったので、こういう暗い話が受け入れてもらえるのか、最初は不安だったんです。でも、すごくたくさんの方が読んでくださって、世の中には優しい人がこんなにいっぱいいるんだなあと感じましたし、書いてよかったと思いましたね。『きみはいい子』で描いた救いは、本当にささやかなものでしたけど、読者から大きな共感をもらえたことが、私にとっての救いになりました。

―――『わたしをみつけて』も『きみはいい子』と同じ町が舞台です。続編と考えていいのでしょうか。

続編というより、一緒に生まれた物語ですね。『きみはいい子』には5つの短編が収録されていますが、最初の構想ではもう1話あったんです。ほかの話にくらべて短すぎたため、その話は外すことになりました。でも、それがいちばん最初に書いたものだったので、やっぱりもう一度しっかり書きたいという思いがずっとあって。それで、あらためて書き始めたものが『わたしをみつけて』になったんです。

だから、別々の作品ではあるけれど、世界としてはひと続きです。『きみはいい子』は5話すべて、雨のシーンで終わっているんですが、『わたしをみつけて』では、主人公の弥生さんが、菊地さんという彼女にとって重要な存在となる人物と雨の日に出会うところから、物語が動き出します。どんなに降り続いている雨でも、いつかはやむ。あがらない雨はない、だから大丈夫なんだよ。雨というつながりには、そういう思いを込めています。

生まれたその日に命をなくす子が多い

――― 主人公を捨て子という設定にしたのは、何か特別な理由があるのでしょうか。

意外に思われるかもしれませんが、虐待されて死亡する子どもって0歳児がいちばん多いんです。それも、生まれたその日に命を失っている子が多い。つまり、生まれる時点からすでに、「生まれてくること」を拒否されているということですよね。そこには、親のさまざまな事情があり、決して親だけを責めて終わりにできることではありませんが、一日も生きることができなかった子どもがいるのは事実です。

じゃあ、そういう子がもし死ななかったら、その後の人生はどうなっていたんだろうということを考えました。もしかしたら、この作品の主人公の弥生さんのように、自分でもがんばって、まわりにも助けられて、人と関わり合いながら生きていくことができたかもしれない。そうあってほしい、命が助かったなら、何としてでも生き延びてほしい。そういう気持ちが書きたくて、弥生さんには捨てられた子どもという状況から生きていってもらうことにしたんです。

それに、私は、物語というのは欠落から始まるもので、それを埋めるために書かれていると思うんですね。ミステリーにしても、たとえば最初に人が死ぬという欠落があって、謎を解くことで終わる。昔話の多くも、何かが失われるところから始まって、それを取り戻す、もしくはほかのもので埋める、もしくはほかのところにいい場所を見つける。物語ってそういうものだと思うので、登場する人物も何かしら欠落していることになるのかなと思います。

――― 弥生さんの職業が看護師、舞台が病院であることにも、物語としての意味がありますか。

弥生さんのように養護施設で育った子どもには看護師になる人が多いので病院を舞台にしようと考えたんですが、じつは書き始めてから、ああ病院にしてよかったなあってしみじみ思ったんです。病院は病んでいる人、具合が悪くて困っている人が集まる場所で、そういう人たちを助けるというのが「救い」ですよね。欠落を抱えて生きてきた弥生さんが、病院という人を救い、癒す場所にたどり着くということは、とても意味のあることなんじゃないかと思ってます。

「いい子」であることの悲しみ

――― この作品でも、「いい子」という言葉が、重要なキーワードになっています。

『きみはいい子』に登場するのは皆、「いい子だね」と言ってもらえなかった子どもたちです。それは本当につらいことなんですが、一方で、「あなたはいい子でしょ」「いい子にしてなさい」と言われて、その通りに「いい子」にしていることができることで、逆につらい思いをしている子どももいるんじゃないかと思うんです。

能力が高くて言われた通りにできるから、成績もいいしスポーツもできて、進学も就職も順調に進んでいく。はたから見ると何の問題もない「いい子」なんだけれど、もしかしたら本人は「いい子」であることに縛られてしまっているんじゃないか。本当は言われたようにできてもできなくても、「好きよ」「あなたが大切よ」と言ってもらいたかったのに、「よくできていい子だね」と言われて、ずっと悲しい思いをしていたのかもしれない。この作品では、そういう、うまくレールに乗れてしまう子どもの悲しさとか苦悩も書きたいと思いました。

できれば、そんな人に読んでもらいたいですね。「いい子ね」って言われて育ってきて、いい子じゃなきゃダメなんだって思って生きている人に、そうじゃなくても大丈夫だよって伝えたい。ちょっとしたきっかけで人は変われるし、自分の置かれている場所も変えることができる。そのことに気がついてもらえたら、そちらに向かって少し背中を押すことができたらいいなと思います。

(「asta*」インタビューより再構成)

『きみはいい子』

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STORY
17時までは家に帰れず校庭で待つ児童と、その姿を見つめる新任教師の物語「サンタさんの来ない家」をはじめ、娘に手を上げてしまう母親を描く「べっぴんさん」、ひとり住まいの老女と少年の物語「こんにちは、さようなら」など、同じ日、同じ町の雨の午後を描いた五篇からなる連作短篇集。それぞれの家族が抱える傷と、それでもそこに射すたしかな光を描き出す、心を揺さぶる物語。
ポプラ文庫 定価:本体660円(税別)

『わたしをみつけて』

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STORY
児童養護施設で育ち、今は准看護師として働く弥生は、問題がある医師にも異議は唱えない。なぜならやっと得た居場所を失いたくないから。そんな弥生を、二つの出会いが変えていく。新たな一歩を踏み出す主人公の姿に胸を打たれる感動作。『きみはいい子』から深化した、その後のあの町を描く長篇。
ポプラ文庫 定価:本体600円(税別)

Profile

中脇初枝

(なかわき・はつえ)
1974年生まれ。高知県中村市(現・四万十市)出身。高校在学中の1992年、『魚のように』で第2回坊ちゃん文学賞を受賞。2012年に発表した『きみはいい子』が第28回坪田譲治文学賞を受賞し、第一回静岡書店大賞ならびに 2013年本屋大賞第4位に輝いた。そのほかの小説に『祈祷師の娘』『みなそこ』などがあり、『わたしをみつけて』(文庫版は2015年6月5日発売)は、『きみはいい子』と同じ町を舞台としている。『こりゃまてまて』など絵本や児童文学作品も数多く発表している。

Pick Up Book

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お知らせ

Cov_Kuko_R.jpg『最高の空港の歩き方』の刊行を記念してトークイベント「夏休み、空の玄関で逢いましょう。」を7月23日(日)にジュンク堂書店大阪本店で開催いたします。いま空港がアミューズメントパーク化しています。ご当地グルメ、空港限定グッズ、お風呂、空港アート、飛行機撮影、工場見学ーー飛行機に乗る人も、乗らない人も楽しめる「空の玄関」の遊び方と、その背景にある「進化の理由」を『最高の空港の歩き方』の著者・齊藤成人さんと空港ファンであるイラストレーターの綱本武雄のふたりが熱く語ります。入場無料(先着40名)です。

170713_img.jpgポプラ文庫ピュアフルの人気シリーズ、「ばんぱいやのパフェ屋さん」(佐々木禎子 著)の1巻が、コミックスになりました! 漫画はやぎさん、このたび新創刊したレーベル「アニメージュコミックスmiere」(発行:ティーダワークス 発売:徳間書店)にて、7月5日発売です。文庫もコミックスも、よろしくお願いいたします!

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『あざみ野高校女子送球部! 』(ポプラ文庫ピュアフル、680円+税)の刊行を記念して、小瀬木麻美さん トーク&サイン会を開催いたします。

場所 :リブロ港北東急SC店特設会場  日時 : 2017年7月16日(日) 午後2時~

参加特典として、小瀬木麻美さんが今回のイベントのために書き下ろした「『あざみ野高校女子送球部!』番外編」をもれなくプレゼント!センター南が舞台になった短編小説です。

Cov_shigotoba_R.jpg佐藤ジュンコさんのコミックエッセイ『仕事場のちょっと奥までよろしいですか?』が刊行になりました。作家・伊坂幸太郎さん、漫画家・いがらしみきおさんから伝統工芸の職人さんまで「作ること」のプロ15名の仕事術をイラストでルポ!

達人たちの仕事場にお邪魔したら、楽しい驚きがいっぱい。まさに大人の社会科見学!ふむふむ、へーと読んでいるうちに、むくむくとやる気が湧いてくるお仕事エッセイです。

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