医療と音楽が出会うとき。何が私たちを癒すのか?

佐藤由美子さんイベントレポート

医療と音楽が出会うとき。何が私たちを癒すのか?

構成:天野潤平

2018年6月10日、神保町ブックセンターで、地域医療ジャーナル主催のトークライブ「医療と音楽の出会い」が開催されました。登壇したのは、米国認定音楽療法士の佐藤由美子さん。オハイオ州のホスピスで10年間音楽療法を実践し、2013年に帰国してからは緩和ケア病棟や在宅医療の現場でもセッションを提供、現在はアメリカに戻り執筆活動等を行っています。なぜいま、医療の現場で音楽療法に注目が集まっているのか。音楽が人を癒すとはどういうことなのか。地域医療編集室協力のもと、当日の内容を配信させていただきます。

第二次世界大戦と音楽の力

 こんにちは。今日はトークライブということで、どういう内容をお話ししようか迷ったんですけれども、普段の講演とは違った内容を考えてみました。地域医療ジャーナル主催ということもあり、医療関係や介護福祉のお仕事をされている方が半分以上ですね。ブックセンターという場ではありますが、少し専門的な話をしていきたいと思います。

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 初めての方のために、簡単に「音楽療法(Music Therapy)」についてお話しします。音楽が癒し(Healing)につながるという考えは昔からありましたけれども、今日の音楽療法という学問が始まったのは、第二次世界大戦中の欧米です。トラウマを抱えて帰ってきた軍人のために音楽家が病院に行って、音楽を弾いたんですね。

 そのとき、2つの気づきがありました。まず、音楽にはとても大きな力があるということ。もうひとつは、音楽をセラピーとして提供するためにはトレーニングが必要だということ。それが大学での音楽療法学科設立のきっかけとなりました。

 現在、米国認定音楽療法士(MT-BC)は約7000人、日本音楽療法学会認定音楽療法士は2700人ぐらいます。いまはもうちょっと多いと思いますけど、日本にも資格があるのです。資格の内容は国によって異なりますが、音楽療法を行うのにトレーニングが必要なことは変わりません。


セラピーの本質

 音楽療法とは、治療関係の中で「個人の目的」を達成するために音楽を利用する方法です。この治療関係というところがポイントで、クライアントとの信頼関係があって初めてセラピーは成立します。なので、音楽療法の中で最も重要な要素は何かと言われたら、クライアントとセラピストとの関係性なんです。

 今日は、私がよく聞かれる質問をもとに話を進めていきましょう。まず、音楽療法にマニュアルはあるのかどうか。これはすごくよく聞かれます。

 でも最初、私は何を言われているのかが、正直よくわからなかったんです(笑)。最近、やっとその意味がわかってきました。考えてみると、私たち日本人は、マニュアルがあって、それに従うということに慣れています。しかも、それをやるのがすごく上手だと思うんです。

 だから音楽療法の話をしても、まっさきにマニュアルがあるのかが気になる。ナチュラルな考えなのかもしれません。


マニュアル VS ニーズ

 私はこの質問をされるたびに、「マニュアルはつくれないんです」とお話しします。なぜマニュアルをつくれないのかというと、音楽療法とは、簡単に言えば、クライアントのニーズに対応するために音楽を使用することなんです。つまり、クライアント中心のアプローチ。

 「パーソン・センタード・ケア(Person-Centred Care)」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。最近、認知症のケアとかでこの言葉が使われたりします。これは、まずその人のニーズは何なのかを見極めて対応するというアプローチなので、マニュアル的なアプローチとは間逆なんです。

 もちろんマニュアルにも良い点はあるんでしょうけど、やっぱりニーズは人それぞれ違います。だからマニュアルは、あえて悪い言い方をするなら、こちらのやり方を押し付けることになることがある。逆に、パーソン・センタード・ケアは、その人の状況や気持ちにどう対応するかを考えて、こちらが変える。まったく逆なんです。この辺のところがわかりづらいのかなあと、しみじみと感じています。

 だから音楽療法といったとき、音楽を聴く、一緒に歌う、楽器を使った即興、歌詞のディスカッション、音楽回想法など、さまざまな介入方法がありますが、パーソン・センタード・ケアのアプローチで考えていくと、「その人にとって何が必要なのか」がわからなければ、音楽を使いようがないわけです。

 では、実際に日本の医療福祉の現場でパーソン・センタード・ケアが行われているかと言えば、多くの場合、行われていないと思います。今日はみなさんと、そういうことも一緒に考えていければなと思います。


音楽療法のエビデンス

 そもそも音楽療法にはエビデンス(Evidence)があるのか、ということもよく聞かれます。音楽療法は、エビデンスに基づいた音楽の使用法のことです。

 先日、静岡県で講演したときに、「音楽療法でがんは治りますか?」という質問がありました。ちょっとびっくりしましたが、音楽療法でがんは治りません。もしそんなエビデンスがあったら、いまごろ音楽療法はブームになっています(笑)。

 その質問をしてくれた方は、「音叉でがんは治ると信じている」とおっしゃっていました。もちろん信じるのは個人の自由です。けれども、音楽療法というのは、「私は音楽が効くと信じる」ということではないんですね。

 やはり、医療に取り入れられるためにはエビデンスが必要です。特に日本では、エビデンスに基づかないさまざまな「インチキ医療」が行われているという現状があります。ですから音楽療法を「怪しいもの」と思っている医療関係者も多いんです。音楽療法にはしっかりとしたエビデンスのあることを多くの人に知ってほしいと思います。

 実際に注目されている音楽療法のエビデンスとしては、うつ状態の軽減や、身体的・精神的苦痛を和らげる効果などがあげられます。


なぜ、医者が注目しているのか?

 今日は地域医療ジャーナル主催ですが、『死に逝く人は何を想うのか』という本を出版したあとにメッセージをくれたのも、多くはお医者さんでした。お医者さんでも音楽療法に注目している方が多いんだなと、そのときにすごく感じました。

 もちろん、注目される理由には、先ほどのエビデンスもあると思いますが、もうひとつには、医療の焦点が変化しているということがあると思います。以前は症状を治療することが医療だと考えられていましたけれども、それが全人的なケア、つまり「ホリスティックケア(Holistic Care)」に変わってきている。

 ホリスティックケアとは、身体だけではなく、スピリチュアリティー(Spirituality)や社会的立場など、総合的な観点からケアを提供することです。その人の病気や身体だけを見ていても、本来の回復にはつながらないということがわかってきたわけですね。


日本型スピリチュアルの誤解

 先日、私は初めてお寺で講演をしました。そこで先ほど出てきた「スピリチュアリティー」について話してみたのですが、最後にすごくたくさんの質問があったんです。とても難しいテーマなのに、みなさん興味があるんだなと思いました。さて、スピリチュアリティーとは何でしょう? 

 日本でも「スピリチュアル」という言葉を聞きますよね。初めて日本でその言葉を見たときに、私はびっくりしてしまったのですが、スピリチュアル=占いとか不思議体験とかパワースポットみたいな使われた方をしている。だから、音楽療法でスピリチュアルケア(Spiritual Care)をやると言うと、クリスタルボールを使うんですかとか、宇宙にお祈りしてるんですか、みたいなことを言われるんです(笑)。スピリチュアリティーという言葉が日本に入ってきたときに、かけ離れた解釈をされちゃったのかなと思います。

 そもそもスピリチュアルは、スピリチュアリティーの形容詞です。だから英語ではスピリチュアルというよりは、スピリチュアルケアとかスピリチュアルペイン(Spiritual Pain)というように、形容詞的に使われます。スピリチュアリティーはその名詞です。

 スピリチュアリティー=宗教だと思っている方が緩和ケアの現場にもいらっしゃいますが、宗教とは異なります。スピリチュアリティーという言葉は幅広い意味を持つので、なかなか日本語に訳しづらい言葉なんですね。簡単に言えば神聖なものと自分、世界と自分との関係性、他人を思いやる気持ち、感謝の気持ち、自分を生き生きとさせるもの、人生に意味を与えるものが、スピリチュアリティーと言えると思います。

 だから、音楽なんてまさに、その人のスピリチュアリティーの表現(Expression)だと言えます。音楽に限らず、アートというものはスピリチュアリティーのエクスプレッションと言えるでしょう。音楽とスピリチュアリティーは、とても関わり深いものだと思います。


宗教は恐怖を癒すのか?

 私は日本で高校卒業をして、その後アメリカに渡り、米国認定音楽療法士になって、10年間オハイオ州のホスピスで活動しました。16年ほどアメリカで暮らし、帰国後は青森慈恵会病院や横須賀の在宅医療で活動をし、いまはまたアメリカに戻っているんです。だからアメリカでの経験のほうが長いんです。

 日本に帰ってきたときに、特に医療関係者の方によく聞かれたのが、「アメリカ人はクリスチャンだから死を恐れないじゃないですか?」「日本人は宗教心が薄いから死が怖いんじゃないですか?」ということでした。簡単に言うと、死への恐怖は宗教とは関係していません。むしろスピリチュアリティーと関係しています。

 どういうことかと言うと、クリスチャンの場合、死んだら天国に行くと信じていますよね。それに救われる人はもちろんいます。天国で亡くなったお母さん、おじいさん、子どもに再会するとか、そこに希望を見いだす人はいます。でも一方で、キリスト教は地獄に行く可能性もあるんですね。もちろん宗派にもよるんですけれども、罪を犯した人は地獄に行く可能性があるので、それって、私たちには想像できないほど恐ろしいことなんです。

 宗教で救われる人もいれば、そうでない人もいる。単純な話ではないのです。もっともっと複雑なことだと思います。


ままならないスピリチュアルペイン

 では、スピリチュアルケアと言ったとき、それが対象とする痛み、つまりスピリチュアルペインとはなんでしょう?

 自分らしく生きられなくなった悲しみ、人生の意味を見出せない苦しみ、やり残したことへの後悔、大切な人との関係を修復できない苦悩などです。こういったスピリチュアルペインは、人生最期のケアを行っているときに、多かれ少なかれ、患者さんが感じるものです。ただ、スピリチュアルペインにどのように対応していけばいいのかはなかなか難しい。

 ここで事例を紹介しましょう。岡本さん(仮名)という女性です。彼女のことは『死に逝く人は何を想うのか』の中でも触れましたが、83歳の肺がん患者さんで、私がお会いしたときにはほとんど意識がなく、お話が普通にできる状態でもなかったです。

 ただ彼女は、手足をバタバタさせたり、ベッドから起きようとしたり、すごく動揺していました。そういう状態のことを「ターミナルアジテーション(Terminal Agitation)」という言葉で表現します。ターミナルは最期、アジテーションは動揺とか興奮ですね。

 これは死が近くなった人にはよく起こる現象なのですが、なぜそうなっているのかを判断するのは難しいんです。というのは、それが体の痛みから来ている場合もあるし、スピリチュアルペインから来ている場合もある。しかし、本人に「どうされたんですか?」と聞いても、「お腹が痛い」などと言える状況ではありませんから、こちらとしてはできる限り対応するしかないのです。

 もちろん、しっかりとした医療スタッフがいれば、たいていの場合、ターミナルアジテーションは薬で抑えることができます。ただ、中には薬を投与してもまったく状態が改善されない方もいて、そういった場合は、フィジカルペイン(Physical Pain)ではなくてスピリチュアルペイン、つまり精神的な痛みなのだろうと想像できるのです。岡本さんの場合もそうでした。


「ごめんね」――岡本さんの後悔

 私は、娘さんと話をしていく中で確信を持ちました。岡本さんには娘さんがいて、彼女と「お母様は音楽が好きですか?」という話になったのです。童謡が好きということだったので、「赤とんぼ」を歌いました。歌の最中、岡本さんの様子はとても穏やかでした。でも、歌が終わると叫んだんです。「息子に会いたい!」って。びっくりして娘さんのほうを見たら、「一昨日くらいからずっとこうなんです」と言いました。

 実は岡本さんの息子さん、娘さんから見たらお兄さんですが、19歳のときに交通事故で亡くなっているというのです。そういう事情なら、何十年以上も前のことではあるけれど、「息子さんに会いたい」という気持ちはわかりますよね。

 事情が複雑だったのは、娘さん自身にも障害があって、車椅子だったんですよ。彼女のことが、どうやら岡本さんは心配だったらしい。しかもその障害の原因は、遺伝的なものだったらしいんです。岡本さんは、病棟に来る直前に娘さんにこう言ったようです。「こんな体に生んでしまってごめんね」って。娘さんからしたらびっくりですよね。自分のせいだと思っていたのかと。だから心配で死ねないんだなと。

 この話を聞いて、岡本さんのターミナルアジテーションは、スピリチュアルペインによるものだと思いました。


伝えたいのは「ありがとう」だけ

 このように、私は音楽をきっかけに娘さんと話を進めていきました。そして、彼女がいまお母さんに伝えたいのは、「ありがとう」の気持ちだけだということがわかりました。

 お母さんは息子を早くに亡くした。しかも交通事故のときに他の人もケガさせてしまった。そんな中、娘である私も障害を持ってしまった。だからお母さんはすごく苦労したし大変だった。それでも頑張ってくれた。私の障害はお母さんのせいではない。だから心配しないで。もうお兄ちゃんのところに行ってもいいんだよ。

 そんなことを、娘さんは話してくれました。私は、「何かお母さんへ贈りたい歌はありますか?」と尋ねました。そのときにリクエストされたのが、「この広い野原いっぱい」という曲だったのです。

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 この曲は、感謝の気持ちを歌っている歌です。歌いながら、これが娘さんの気持ちなのかな、と思いました。歌のあいだ、岡本さんもまた、穏やかな表情でした。
私が歌い終わると、娘さんはお母さんのところに行って、「いままで、ありがとう」と伝えました。

 その数日後に、岡本さんは亡くなりました。


言葉にできない、でも黙ってはいられない気持ち

 これは本当にごく一部の例ですけれども、音楽はこのように、患者さんやご家族が気持ちを表現するツールになったりします。フランスの詩人ヴィクトル・ユーゴーの言葉に、こんなものがあります。

音楽は、人間が言葉で言えないことで、しかも黙ってはいられない事柄を表現する。

 ホスピスで音楽療法をやっていると、このことを感じる場面が本当にたくさんあります。エンド・オブ・ライフ(End of Life)になったとき、スピリチュアルケアや心のケアということを考えるときに、何が大事かと言ったら、気持ちを表現する、共有するということなんです。それが最初の第一歩なんですね。

 ただ、最期の場面で、特にご家族がそういう気持ちを共有するのは、なかなか難しい。でも岡本さんたちには、それができたわけです。岡本さんはこれまで抱えていた「ごめんね」の気持ちを伝えることができたし、娘さんはお母さんに「ありがとう」を伝えることができた。

 ありがとうとかごめんねとか、シンプルな言葉でいいんです。でも、なかなか言葉にするのが難しいというシチュエーションはたくさんあります。そういうときに、音楽がひとつのツールとして存在するわけです。


何が、患者さんを癒しているのか?

 最後です。音楽で癒されるのが音楽療法なんでしょうか? というか、そうなんでしょう? このように言われることはとても多いです。でも、実はそうではないということを、みなさんに知っていただきたいと思います。

 「癒し」は英語でHealingと言いますが、この言葉は、どうしても受け身なニュアンスで捉えられているように思います。セラピーもそうですね。誰かに何かをしてもらって癒される、みたいなイメージが強いと思うんです。

 けれども、心の回復や成長が起こるためには、その人自身がそれに取り組まないといけません。私たちには、サポートすることしかできないわけです。そしてそれこそが、セラピーにおいて最も難しいことなんです。

 私が代わりにやってあげられるんだったら、そんな簡単なことはないですよ。でも、私たちは、その人がそれをできるようにサポートしていくしかない。そのためには待つしかないときだってあるし、ただそこにいることしかできないこともある。けれども、やっぱり本来の意味での回復が起こるためには、本人がやらなきゃいけない。

 患者さんを癒すことができるのは、本人だけなんです。そして、その人がもともと持っている力を引き出すことを、エンパワーメント(Empowerment)という言葉で表現します。

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 今日お話しした内容は『死に逝く人は何を想うのか』に書いた内容がほとんどです。みなさんの中には、音楽を具体的にどのように使えばいいのかを考えている方もいらっしゃるかもしれませんが、音楽の使い方についてもこの本には書きました。『ラスト・ソング』というのは私が初めて書いた本ですけれども、主にストーリーを中心に書いています。もしかすると、音楽療法そのものについては、こちらのほうがイメージしやすいかもしれません。

 ということで、今日はめずらしく時間通りに終わりました。自分でもビックリです(笑)。ご清聴ありがとうございました。



※うつ病に対する音楽療法のエビデンスは、コクランのレビューを参照。日本での研究結果も報告されているので、日本緩和医療学会2017レポートも参照されたい。

Profile

佐藤由美子

ホスピス緩和ケアの音楽療法を専門とする米国認定音楽療法士。バージニア州立ラッドフォード大学大学院音楽科を卒業後、オハイオ州のホスピスで10年間音楽療法を実践。その間、キャンサーサバイバー(がんと共に生きる人)や障がい児との音楽療法、遺族を対象としたグリーフワークも行ってきた。オンラインジャーナル“Voices, A World Forum for Music Therapy”にて音楽療法に関する様々な記事を発表。研究書“Musical Life Review in Hospice”(ホスピスにおける音楽回想法)などが米国音楽療法学会誌“Music Therapy Perspectives”に掲載される。発表された研究に加えて、アメリカ国内での学会で講義を行うとともに、地域ではセルフケア、グリーフケア、ホスピス緩和ケア音楽療法など、様々なトピックに関するワークショップを行う。セッションでは主にピアノ、ギター、アイリッシュハープ、ネイティブアメリカンフルート、ウクレレ、ボイスを使用。2013年に帰国し、国内の緩和ケア病棟や在宅医療の現場で音楽療法を実践。その様子は、テレビ朝日「テレメンタリー」や朝日新聞「ひと欄」で報道される。ブログ「佐藤由美子の音楽療法日記」は、現在ハフィントンポスト日本版 とイギリス版に掲載中。著書に『ラスト・ソング――人生の最期に聴く音楽』、『死に逝く人は何を想うのか――遺される家族にできること』(ともにポプラ社)がある。

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