「私が笑ったら、死にますから」と、水品さんは言ったんだ。

隙名こと

「私が笑ったら、死にますから」と、水品さんは言ったんだ。

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プロローグ 5年前、俺の一人称が「僕」だった頃

 僕のお父さんは「まったくもー」ってなぐらい、厄介な死に方をした。
 話のネタになるぐらいの、運の悪い変わった死因だ。
 ていうか、実際に話のネタになった。テレビのニュースはもちろん、ネットのまとめサイトなんかでも、僕の父の死は紹介されたのだ。こんな感じに。

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【運悪すぎ】40代おっさん、亀が頭に直撃して死亡wwww

 4月28日午後2時頃、静岡県東水川の付近にて、釣りにきていた千葉県在住の40代男性が頭部に強い打撃を受け、搬送先の病院で死亡が確認されました。
 警察の調べや目撃者の証言によると、上空から亀が落下し、釣りをしていた男性の頭部に直撃したとのことです。この川の近所の静岡市立坂道動物園では、ヒゲワシという鳥が先週末から脱走しており、警察が事故との関連を捜査しています。専門家によると、ヒゲワシは獲物の亀を捕食する際に、甲羅を割るため亀を上空から地面に落下させる習性があります。ヒゲワシは日本で唯一、この動物園のみで飼育されていました。
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 亀の直撃をくらって父が死んだとき、僕は小学五年生だった。
 その頃の僕は、すでにインターネットの使い方を熟知していた。だから見なくてもいいものまで見て、読まなくてもいいものまで、読んでしまったのだ。
 無責任に無邪気に、複数の匿名の書き込みで賑わうコメント欄なども。
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 名無しさん@
 日本で一羽だけの鳥が、数日前にたまたま脱走
 →たまたま亀を捕獲して落下させる
 →たまたま遠方から釣りにきてたおっさんの頭にHIT! ってこと?
 連休初日から、笑えるニュース投下ありがトン

 名無しさん@
 同じ死に方をしたギリシャ詩人がいたよ。アイスキュロスの二番煎じ、乙。
 古代から繰り返される喜劇www

 名無しさん@
 南の島では、毎年ヤシの実の落下で人が死んでるしな
 騒ぎ立てるほどのことじゃない

 名無しさん@
 日頃の行いが悪かったんでしょ。今の40代とか、滅びた方が日本のため。
 突撃したカメたんに、お悔やみ申し上げます。

 名無しさん@
 外出するなら、ヘルメット必須だよね。
 これだから日本人は甘いと言われる。自己責任wwwwwww
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 そんな文字列を、ただ茫然と、何も見てない目で眺めていた。
 そんな小学五年生の僕。
 赤の他人にとっては数分の暇つぶしのコンテンツに過ぎないけど、僕たち家族にとって父の死は悲劇以外の何ものでもなかった。
 どんなに物珍しいコミカルな死に方だろうと......死は、死だ。軽い死なんてない。
 あるのは重苦しい、息が詰まるような、心臓を潰されるような苦しさだけ。
 この日から、四人家族だった我が家の食卓は「母、僕、妹」の三人となり、連日通夜のような静けさが続いた。まあ、実際に通夜をしたわけだしね!
 不幸なニュースを目にしたくない僕たちは、テレビや新聞を一切見ない時期もあった。母は寝込み、妹が不登校になった時期もあった。
 でも、どんなに落ち込んでいても、お腹は減って食費はかかる。
 父が遺してくれた保険金は、僕たちの当面の生活費には充分だけど、ずっと安心していられる金額でもなかった。母は本格的にフルタイムの仕事を始め、僕と妹は家事を担当することになった。
 慣れない仕事に奮闘する母、シチューやカレーを作る僕、洗濯物を折り畳む妹。
 以前とは形は変わってしまったけど、時間をかけて少しずつ、僕たち家族は日常を取り戻していった。
 凍り付いて一生溶けることがないと思っていた氷山が、少しずつ溶けるかのように。悲しみは、繰り返す現実生活の中に少しずつ溶けていったんだ。

 ――そしてある日曜の朝。
 すっかり気丈になった母は、僕と妹に言ったのだ。
 大事な話があるの、と前置きしたあとで。とっておきの秘密を打ち明けるかのように。

「お願いだから、あなたたちは、小説家なんて目指さないでね」

 ......へ?

「お父さんがあんな死に方をしたのは、ミステリー作家を目指していたからだと思うの」

 ......はぁ? みすてりーさっか?
 そんなの初耳だ。釣りが趣味の、のんびりした会社員だったじゃん。
 そりゃ確かに、よく読書もしてたし、俺へのクリスマスプレゼントは「シャーロック・ホームズ大全」だったりしたけどさ。
 突然の話についていけず、僕はポカンと口を開けた。妹だって口を半開きにしていた。 朝食の後だったので、妹の口の横には苺ジャムがついていた。ありゃりゃ。なおも、母は語り続けた。
「私たちが出会ったのは学生の頃でね。お父さん、昔からずっと本気でミステリー作家を目指してたの。毎日毎日、珍しい死に方とか、手の込んだ殺し方とかね、そういうのを考えたり、楽しんだりしてたけど......。そういうのはやっぱり良くないことなんじゃないかなぁって、お母さん思ったの。創作とはいえ、不謹慎だし悲しいもの......。あんな珍しい死に方をしたのも、なんだかバチが当たったからなのかなぁって......」

 ええーーー。
 母ちゃん、アホかーーーー! んなわけあるかーーーい!!

 そんなツッコミを入れたかった。けど、無理だった。母は真顔だったから。
 父が死ぬ前はいつも柔らかな微笑みを浮かべていた母。でも、父が死んでからはいつもどこか遠くを見るような目つきだった。
 そして今は、微笑みでもなく遠くを見るでもなく、僕たちをじっと深い眼差しで見つめている。本気で、本当に本気で、僕たちのことを心配しているのだ。
「はいはい、ママ考えすぎ。てゆーか、ママも元気だしなよ! なんだっけ、ほら、サイコンとかしてみたら?」
 どこで覚えてきたのか、七歳の妹の「再婚」の発音がたどたどしい。
 その言葉に母が苦笑して、場の緊張が解けた。母は「あー、ほら、お弁当ついてる」と妹の口元を拭い、日常がまた動き出す。
 やれやれ。
 まったくもって、母の主張はおかしい。理性的じゃない。
 でも、母の気持ちを完全にバカにすることもできなかった。予想もしなかった事故で家族を失った理不尽さは、理性をちょっぴり失わせてしまうんだ。
 そして同時に、僕は別の疑問に取りつかれてしまった。
 ......父が、お父さんが死んだのは本当に、偶然の事故なんだろうか?
 もしかしたら、前代未聞の「事故に見せかけた殺人」のトリックを思いついて、それを実行していて......。
 なーんて、わかってる。亀が当たったのは、まったくの偶然の事故なんだ。
 父の死をもってして、僕は悟った。
 ――偶然と不運で、人はあっさりと死んでしまう。
 でも、自分の父が「あまりに不運な事故で、マヌケな死に方をした」なんて、そのまま素直に認めたくはなかった。
 その頃、僕は学校で酷いあだ名をつけられていて、悔しくてたまらなかったし。

 その日の夜。自分の部屋のベッドにもぐり込み、布団をかぶって考えた。ふかふかの布団に包まれると、妄想が加速する。
 お父さんは、志半ばで死んで無念だったんだろうか。それなら、そんな父の跡を継いで、僕はミステリー作家になりたい......かもしれない。
 でも、「人が死ぬ」って怖い。すごく怖い。眠れなくなるぐらい、怖い。
 死ぬって、いなくなることだ。父が死んでいなくなってからは、殺人事件はたとえ作り話のエンターテイメントでも、無邪気には楽しめなくなっていた。
 いや、でもでも......と思い、布団からガバっと起きて、本棚に駆け寄る。父に買ってもらった本をあれこれ眺め、必死で内容を思い返す。
 そういえば、人が死ななくたって面白いミステリーはたくさんある。
 ――いわゆる『日常の謎』ってやつだ。
「人が死なない、平和な謎解き......かぁ」
 そっと呟いてみる。その途端、真っ暗な心に、ぽぅっと暖かな光が灯ったようだった。
 そうだ......、これなら父の遺志も継げて、母の忠告も無視はしていない。

 うん。僕は日常の謎を書く、ミステリー作家になる!
 小学五年生で、父を亡くしたあと。
 ぐっと拳を握りしめ、僕は密かに誓ったのだ。


 そんな決意をしてから、早五年――。
 俺の一人称は「僕」から「俺」へとシフトした。
 そして俺は「ミステリー作家を目指してるけど、まだ一作も書いたことがないでーす」という、アイタタタな高校一年生に成り果てていた。
 だってさー、小説書くのって、ミステリーって、本当に難しい! ネタを探そうにも、日常に「謎」なんて転がっちゃいないのだ。

 そう、日常に謎なんて、ない。
 あるのは退屈か、不運で不幸なニュースだけ。

 謎だらけの美少女――水品(みずしな)さんに話しかけられるまでは、そう思っていた。*

続きは『「私が笑ったら、死にますから」と、水品さんは言ったんだ。』(ポプラ文庫ピュアフル)でお楽しみください。

Profile

隙名こと

茨城県つくば市在住。『「私が笑ったら、死にますから」と、水品さんは言ったんだ。』で第7回ポプラ社小説新人賞<特別賞>を受賞し、デビュー。

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
  • ビオレタ

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