パパとセイラの177日間

まはら三桃

パパとセイラの177日間

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こっちだって、いろいろあるんだよ

 中古ながらもコルナゴだ。需要もあるだろう。
 家に戻る前に短い決心を固めた。分厚いシートをかぶった流線形が見えてきて、耕生は息をひとつついた。そばへよりカバーを外す。美しくスマートなフォルムがあらわになった。傷はおろか、錆びの一か所もない。磨き上げられた自慢のコルナゴ。スマホを取り出し四方八方からと、個別パーツをそれぞれ写真に収めた。
 今日の仕事は午前中に一本と午後から三本。午前中の仕事を終えて出品しておこうと決める。
 耕生は現在、ウェブの作成や、パソコントラブルのサポートを出張サービスでやっている。登録しているサポートセンターを通じた依頼先に直接出向くため、出勤先は毎日変わる。自転車があれば便利だが仕方がない。
 この日はまず、渡川橋にある割烹風の居酒屋へホームページ更新作業に向かった。新しいコース内容に合わせ、壁紙を替えて欲しいとの依頼だ。BGMもつけて欲しいという。明るいものがいいだろうと朱色の壁紙を選び、ゴスペル調の邦楽インストルメンタルをダウンロードした。和風モダンなおしゃれな出来だと満足していたところ、「うちは老舗の割烹ですよ」と女将から苦情が出た。どう見ても居酒屋にしか見えない店構えなのだが、「もっと格調を高くしろ」というので、薄い紫の背景にしてBGMを篳篥、笙演奏の雅楽にしたら納得した。
 ホームページを見て、格調を求めてたずねた客が失笑するか激怒するかの代物になってしまったが、ほかにトラブルは起こらず、作業が一時間弱で終わったのはよかった。思ったよりも空き時間が取れたので、駅前の公園のベンチに座り、じっくり出品作業をすることにする。
 愛車とお別れするのは断腸の思いだが、せめて丁寧な餞のことばを添えてやろうと、おすすめポイントをコメントする。文面を何度もチェックして、映りの良い写真を厳選し出品ボタンを押したときには、目の奥が熱くなった。
「沙織のとき以上だな」
 悔し紛れにつぶやいてなんとか心を保つ。沙織が出て行った悲しさはコルナゴを手放すことよりも些細なことだと思いたかった。実際は両方失ってしまっているという最悪の事態なのだが、そこは考えないようにしたい。
 二件目の出張先は個人宅で、依頼主は七十代の男性だった。玄関から薄くなった白髪頭に眼鏡をかけた老人が出てきたときからいやな予感があった。この仕事を始めて、わずか半年程だが、このタイプの老人は間違いなくしつこいのだ。
 この日も、「突然文字がおかしくなった」という症状を訴えられたのだが、パソコンの確認をする後ろで、さっそく始まった。
「買った家電専門店に電話をしたら、つっけんどんな対応だった。まったく今の人間は顧客サービスの意味がわかってない」
「日本企業を応援するためにもメイドインジャパンを選んだのに、これならアップルの方がよかった」
 噴き出す不満の大かたは、自分の能力がパソコンについていかないことへの苛立ちの変換なのだが、リタイアした老人というのはそのすき間に、自分の過去の自慢話をちょいちょいちりばめるのが面倒だ。もしかしたらそれこそが主訴ではないかと思う。
「私は定年までテレビ局にいたんだよ」
「外国の特派員にという話もあったんだがね」
「でも同期に譲ったよ。日本に留まり外国に向けて日本の良さを発信することこそ、本当の国際人だと思ってね」
 例によってあいづちさえも打たないのに自慢話は繰り広げられた。背中越しの問わずがたりを聞き流しながら耕生は、パソコン画面を復旧させた。原因はすぐに特定された。不要な操作で設定が変更されてしまったらしく、書式が変わっていたのだ。簡単な操作で元に戻った。
 今日のところはいくつかのパソコン上の操作が必要だったが、中にはコンセントが抜けていただけということもある。働いていた企業の部署ではいち早くパソコンを導入し、その指導係をしていたと豪語する老人の家でのことだった。
 さすがにコンセントが抜けていただけとは言えなかったが、客はどうやら気づいたらしく顔を真っ赤にしていたのは愉快だった。
「終わりました」
 二十分程度の作業を終え、耕生は背後を振り返った。自慢話を終えこれからのメディアの役割について熱く持論を展開しているところだった客は、面食らったような顔をした。
「終わった? もう?」
 話の腰を折られて不愉快そうになったが「しかしコンピューターがいくら優秀だといってもなんだな。人間みたいに自己治癒力がないんじゃしかたないな。私なんかちょっとの風邪くらい寝てれば治る」と、精一杯の負けん気をにじませるのを忘れなかった。
 印鑑と代金をもらい、領収書を書いて家を出る。
 歩きながら確かめたスマホの画面を見て、耕生の口は「おっ」の形に開いた。さっそくコルナゴ購入希望者が出ていたのだ。それも五人も。入札希望価格も同時に目に飛び込んできて、今度は実際に声が出た。
「おっ」
 最高金額は十一万二千円である。
 さすがはコルナゴ。
 入札したのは昼休み中の会社員やリタイア後のシニアか、大学生だろう。それなら夜まで待てば、さらに値がつり上がることも期待できた。日中は仕事で忙しいアクティブな富裕層が反応する可能性は高い。
 耕生は次の依頼人のもとへ移動するべく駅へと向かった。次は食品卸会社の事務室だ。業務に使うパソコンは一般家庭とは違い、使用頻度が高く使用領域も広いので、手間はかかりそうだが、足取りは軽かった。

※試し読みはここまでになります。

<愛車コルナゴにいい値がついて、ちょっと安心した耕生ですが、このあと「こっちだって、いろいろあるんだよ」とついイラついてしまう出来事が。さて、セイラは保育園に通い続けられる? 沙織とは...? 耕生が意外な仕事を始める続きは、発売中のポプラ文庫『パパとセイラの177日間 保険外交員始めました』(まはら三桃 著)でぜひお楽しみください。>

Profile

まはら三桃

1966年、福岡県北九州市生まれ。第46回講談社児童文学新人賞佳作入選し、『カラフルな闇』でデビュー。『鉄のしぶきがはねる』で坪田譲治文学賞を受賞。他に『鷹のように帆をあげて』『奮闘するたすく』『白をつなぐ』など多数の作品がある。

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
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