玲子さんのおしゃれクロゼット

西村玲子

玲子さんのおしゃれクロゼット

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かけがえのない日々

うつろいゆく季節の中で思い出す、
あの人の言葉、あの時の出来事。
積み重なってゆくすべてを、
ずっと大切にしてゆきたい。

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 ひらっとした薄衣のようなスカートがある。随分前に買ったもので、自分の今の気持ちからは遠く離れている。とはいえ、素敵といって買った当時を思い出し、家の中で穿くことにした。秋を迎えるこの季節に、黒いコートを着て、鏡に向かって写真を撮る。イラストにするためである。
 なんとコートの薄いウールにこのスカートありというほどぴったりである。目が点になる。こういうこともあるのだ。なんでも処分すればいいというものではない。処分した品々が走馬灯のように浮かぶ。
 この季節は落ち着いていて大好きなのだが、どこか切なさと背中合わせ。夏の暑い時は生活しているだけで精一杯で、真冬になったらなったで忙しい。この切ない気分を大切にしたいと思う。先ほどのウールのコートの横にあったコットンのコート。梨色と命名して大好きな色である。
 十年前に五十五歳で亡くなった友人から、バッグやセーターと一緒に渡されたものだ。
「私は多分、着ることはもうないと思うの。玲子さんに着てもらえたら嬉しいの」
 私たちは抱き合って泣いた。Y子さんが着る時まで預かっているから、と強く抱きしめた。

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 そんな思い出がぽつりぽつりと、あちらこちらにある。増えていくのはそんな人々や父や母の思い出である。
 友人たちとの楽しく気軽な会話、気軽な旅は続いていく。積み重なっていく。しかし、ある時、急にその人との思い出がストップする。積み重ならない思い出は、一つ一つが自分にとって突然重要なかけがえのないものに変化する。品物だったり、会話だったりが、ずっと動かないままになる。
 そんな品々を眺めながら、人生ってね、それがいいのよ、そうやって意味のある品々が作られていくのよ、と思う。ある日友人が、「この本、買ってからずっと読んでいなかったの
だけれど、読み始めたら、素晴らしくて。切なすぎて泣けてしまうけれど、読んでみて」
と、一冊の本を貸してくれた。
 フィリップ・クローデルという著者の『リンさんの小さな子』という本。生きていくことの残酷さと美しさ、人を思う心が詩のような文体で綴られていて良かった。こうして大切な本を借りることの嬉しい感じは、なんだろう。他にはない交流が生まれて、大切な思い出になった。

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 私も彼女にお返しに『洞窟』(ティム・クラベー)という本を読んでもらうことにしたが、どうだろうか、気に入ってくれただろうか。もし、読むのが苦痛だったりしたら悪いな。お貸しする前に、もう一度読み返せばよかったかしら。と案外不安になるのも経験した。
 そんな秋の始まりの中で、大切に丁寧に生きていくことを思う。身の回りの小さなところから、じわじわと整理していきたい。

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Profile

西村玲子

イラストレーター・エッセイスト。ファッション、インテリア、映画、旅など、多彩なテーマを文章とイラストで綴り、洗練されたライフスタイルを提案し続けている。著書は最新刊の『おしゃれは楽しく いつも好きな服で』など200冊以上。

Pick Up Book

  • かがみの孤城
  • i
  • 私のスポットライト
  • ビオレタ

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