『名古屋16話』吉川トリコ

評者:山内マリコ

名古屋16区とその周辺の街が奏でる
せつなくも愛おしい物語たち

名古屋16区とその周辺の街が奏でる<br>せつなくも愛おしい物語たち

 はじめに少し、こちらの話を。わたしの元に、東京二十三区を舞台に小説を書いてみませんか―という執筆依頼が来たのは、二〇一二年十一月のことだった。小説が掲載されるのは東京新聞が展開しているサイト〈東京新聞ほっとWeb〉、月一更新で連載期間は二年。打ち合わせに行った新聞社の会議室でこわばっていると、担当の方が「そうそう、〈中日新聞ほっとWeb〉に載せる名古屋版は、吉川トリコさんにお願いするんですよ」と教えてくれて、一気に緊張がほどけたのだった。
 トリコさんはわたしが二〇〇八年に読者賞をいただいたR-18文学賞の、第三回大賞受賞者である。単行本デビュー前から親しくさせてもらっていて、このときも新聞社を出るとすぐに電話をかけ、一緒の仕事や〜ときゃあきゃあ喜び合った。
 さて、地方出身のわたしがこの企画に抜擢されたのは意外だったし、自分でも「大丈夫か?」と不安もあったけれど、名古屋での十六話を紡ぐのがトリコさんであるのは、とても真っ当なチョイスである。トリコさんは名古屋在住、名古屋ロケで映画化された『グッモーエビアン!』をはじめ、いくつかの作品では名古屋を舞台に、登場人物たちが名古屋弁で話す小説を書いている。著者自身も本書のあとがきで触れているように、「吉川トリコといえば名古屋」のイメージは年々濃くなっている。だから名古屋市内の各区をテーマにするという、うんとドメスティックなこの連載テーマは、まさにトリコさんにうってつけなのだった。
 というわけで、水を得た魚のごとくのびのびといろんな物語が詰まった『名古屋16話』は、著者の十八番ともいえるガールズ小説で幕を開ける。ミーハーおばあちゃんとウエイトレスの交流を描いた「さよならなんて言わないで」は、おばあちゃん憧れの歌舞伎俳優とジャニーズが、〝アイドル〟という意味では同等なのだと気づくことで、年代差が軽々と越えられていく。一方、ギャルの胸アツな友情物語「失恋温泉」は、もはや自分は彼氏以上の存在にはなれないことを悟りつつ、「無敵の十代」を共に過ごした親友の、〝ベストフレンド〟でありつづけようと誓う主人公の健気さが沁みる一編。どちらもグッと来るツボを、ほんの数ページの中でぐいぐい押してくる。なくなってしまう御園座への切ない思いがベースにある前者も、郊外を軽ワゴン(絶対トヨタの車!)でぶっ飛ばす後者も、どちらもいまの名古屋を象徴する景色だ。
 その二編をA面とするなら、ナゴヤドームを舞台にした第五話あたりから、著者のもう一つのシグネチャーともいえる要素が散見しはじめる。それは、ちょっぴり複雑な家庭環境に振り回される子供や、父親であることを全うできない父親、だったりする。トリコさんが描くのは、いつだって女の子のための小説だけど、家族もまた大きなテーマであり、その多くが、一般的な意味では普通じゃない設定で登場する(だからといって全然不幸な感じはしないところが魅力なのだが)。本書は名古屋にある16の区を舞台にした「名古屋16話」と、近隣の県に舞台を移す「8の旅」の二部構成だが、後半の静岡編「そろそろ真面目な話をしよう」では、主人公がこんなことを、長年のつき合いになる恋人に打ち明けている。
「両親が離婚して、お母さんとおねえちゃんと三人で名古屋で暮らすようになってからも、毎年夏休みになると高速バスに乗ってパパんとこまで行ってたんだよ」
 おそらくそれは、トリコさん自身の物語でもあるんだろう。名古屋作家の看板を背負いながら、実は静岡県浜松の生まれである。トリコさんが名古屋生まれ名古屋育ちだったら、たぶんこんなふうにストレートに、名古屋を舞台にした小説は書いていないんじゃないかと思う。
 作者は全二十四編の中に、長編小説では見せないような、非常にプライベートな顔をのぞかせている。ズバリ著者本人を彷彿させる小説家、河村が登場する第八話「名前なんかいらねえよ」、その河村が母校で講演する「オールドガール」に至っては、かなり私小説風なのでドキドキしつつ、河村のキャラに笑ってしまった。もちろん、厳密にどこまでが事実でどこからがフィクションなのかはボカされている。けれど、作品の中に作者の個人的な人生やパーソナリティを感じられるものが好きなわたしなんかは、こういった「チラ見せ」的なギミックに、俄然心を摑まれた。一話一話が(掲載の規定ゆえ)長くはないからこそ、著者は実験でもするように、この機会に乗じてこそっと親密な打ち明け話をするように、あちこちに(パンを落として歩くみたいに!)大事なものをちりばめている。そしてその描き方はとても軽やかで、どこか愉快そうなのである。『名古屋16話』は、吉川トリコという小説家にとって、存外、重要作になっている気がする。
 最後に、わたしのお気に入りの一話のことを。
 第十五話「あの娘といた夜」は、「もう二十歳じゃない」すべての元・女の子のための物語だ。あのころ夢中になった音楽と、ガイシホールをいまも「レインボーホール」と言ってしまう自分たち。結婚して生活にあごまで浸かった主人公が、「あの娘」を置き去りにするラストシーンの、胸の痛みが我がことのように迫る。空を仰いで泣きたくなるような一編だった。たまらない気持ちになった。
 こういうの、「失恋温泉」の二人には、まだわかんないんだろうな〜。

『名古屋16話』
吉川トリコ
定価:本体1500円(税別)

Profile

山内マリコ
1980年富山県生まれ。2008年「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。著書に『ここは退屈迎えに来て』などがある。

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