『東京23話』山内マリコ

評者:吉川トリコ

23区それぞれの一人称で綴る新たな東京物語の誕生!

23区それぞれの一人称で綴る新たな東京物語の誕生!

 年に二、三度のペースで東京に通うようになってだいぶ経つが、名古屋もんの私にはいまだに東京という街がようわからん。『ロスト・イン・トランスレーション』っていう映画があったけど、日本人なのにあのかんじがわかると言ったら驚かれてまうかね。東京の夜を一人で歩いとったりするとよぉ、異国の街を歩いているときのようなよるべなさが襲ってくることがあるんだわ。
 ほんでこの『東京23話』。この本を書いたのは富山県出身、上京十年目の山内マリコなんだけど、私はこのマリコってのと二人で東京の街を歩いたことが何度かあるんだわね。渋谷原宿表参道青山、それからお伊勢丹......まーあれだわ、おのぼりさん丸出しのアホ面さげてミーハー女が行きがちなとこだわ。そんな「東京なう!」な場所を歩いとると、マリコの口から出てくる出てくる、向田邦子の住んでたマンションがあのへんにあっただの、安井かずみと加賀まりこがいっしょに暮らしてたアパートがどうしただの、そうすると不思議なもんで目の前のそっけない景色がちがった意味を持つようになるんだわ。ちょっとした魔法みたいなもんだがね。
 いつだったか目当てのカフェが見つからずに同じ場所をぐるぐるまわっとったら、「なんかあそこ東京っぽい!」と突然マリコが叫んだことがあった。なんなんいったいと視線の先を追うと、青山の奥まった場所に屋台村のような場所ができとったの。ほんで夕焼け空の下、名前も聞いたことのない異国の酒を二人で飲んだ。このいきさつ自体が私には「東京っぽい話」に思えるんだけど、まあ、わかってもらえんでもええわ。それが私の東京観なんだで。
 話が逸れてまった。『東京23話』の話をしんと。
「23区それぞれの一人称で書こうかなって。中央区は銀座のマダム、渋谷区は渋谷のギャルっていうふうに」
 連載がはじまる前に電話でマリコからそう聞かされたとき、わ、おもしろそう! と一瞬で胸が躍った。躍ったんだけど、よくよく考えてみたら、23話もそれで書くのってどえりゃあ大変なんじゃ......って気が遠くなってまった。たった一回っきり、「名古屋弁で書評を書こう!」と見切り発車ではじめたはいいけどすでにえらい勢いで後悔しとる私にはわかる。いちゃあくりゃあにようわかるでよ! まーかん、やっとれーせんわ! ってやつだがんね。
 東京23区は皇居のある千代田区を中心にかたつむり状に特別区番号が振られとって、この本もその番号順に書かれとるんだが、港区だの新宿区だの、地方もんにもわかりやすい華のある中心部にくらべ、いまいち馴染みの薄い郊外のほうへいくにつれ、「区の一人称」という大前提があやしくなる回や、ネタ選びに苦労したことが偲ばれる回もちらほらあったり、しまいにゃ、たけしを台東区で出しちまったなんて! 安売りすんなよ! と足立区怒っちゃったりで、非常にスリリングで味わい深いことになっとる。切れ味バツグン、見せ場たっぷりの粋な前半もええけどよぉ、私はこの後半がなんとも言えず好きなんだわぁ。
 いいかげん名古屋弁がきつくなってきたのでここらで標準語(?)に戻るが、前述のとおり、マリコが見ている東京と私が見ている東京はちがう。この本での東京は、江戸時代から昭和にかけてそれぞれの区が「よかった時代」を懐かしむ体で書かれている。はじめのうち私はこの本を、名画座通いに明け暮れ、古い日本映画に造詣の深いマリコならではの、東京への憧憬がふんだんに盛り込まれた連作集として読んでいた。ここで書かれている区の多くは、過ぎ去ってしまった時代の思い出を胸に、なにかを諦めてしまったものだけが持つ独特の色香を放ちながら静かに東京のいまを見つめている。「よかった時代」を太陽がさんさんと輝くまっ昼間だとすれば、さながら黄昏の中に彼らはいる。
 様子が変わってくるのが、後半も後半、特別区番号23番つまり最後の区である江戸川区篇「日本インド化計画」である。2000年問題の際に来日した大勢のインド人が江戸川区に住み着いて新たなコミュニティを築きつつある、という内容で、本書で唯一、平成以降の東京を語っている。「港区ヤ渋谷区ニ比ベタラ、地味デ特色ガナイ」と自覚しながら、小松菜や朝顔や蓮根の名産地であると地味なアピールをする江戸川区のいじらしさときたら、どや顔で自慢話をくりひろげる特別区番号の若い連中とは大違い! くだけた言い方をすれば「江戸川区タン萌え〜!」である。変化を積極的に受け入れる、変化こそ東京の真髄だと語る江戸川区タンは感動的ですらある。
 そうして、大トリを飾る東京都。読み終えた瞬間、これまで読んできた23区の印象ががらりと変わり、まったくちがった意味合いを持つようになる。まさに魔法のような一篇。実際に体感してほしいので詳細は省くが、書物や映画から膨らませていた東京への憧憬を23話にわたって書くことにより、この著者は新たな東京物語を発見したのだな、という気がした。
 次にマリコと東京を歩けるのはいつだろう。そのときを私は心待ちにしている。

Profile

吉川トリコ
1977年静岡県生まれ、名古屋市在住。2004年「ねむりひめ」で、第3回「女による女のためのR-18文学賞」大賞・読者賞をダブル受賞。著書に『名古屋16話』『ミドリのミ』『グッモーエビアン!』など。

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