『少年探偵』書籍レビュー

評者:福井健太

かつて子供だった人々を懐かしい世界に誘う野心的なオマージュ

かつて子供だった人々を懐かしい世界に誘う野心的なオマージュ

江戸川乱歩は一八九四年に三重県で生まれ、一九二三年に「二銭銅貨」でデビューを遂げた。その業績は創作のみならず、ミステリ評論、雑誌編集、新人発掘など多岐にわたるが、三六年から六二年にかけて書かれた〈少年探偵団〉シリーズ(全三十四作)はとりわけ有名だろう。

このシリーズは小説以外のメディアでも人気を博し、多彩な漫画家たちがコミカライズを手掛け、ニッポン放送のラジオドラマ、松竹や東映の映画シリーズ、日本テレビやフジテレビのテレビドラマなども製作された。これらの作品をきっかけとして、ミステリの作家やマニアに育った者も少なくない。名探偵・明智小五郎、小林芳雄と少年探偵団、怪人二十面相といった面々の織り成す冒険譚は、読者の心に深く根を張ったのである。

書誌データにも触れておくと、かつて〈少年探偵団〉シリーズは光文社から刊行されており、ポプラ社は大人向けの作品をリライトした〈名探偵 明智小五郎文庫〉を扱っていた。ポプラ社は六四年に両者を合わせた〈少年探偵 江戸川乱歩全集〉(全四十六巻)を編纂したが、現在は前者に相当する〈江戸川乱歩・少年探偵〉シリーズ(全二十六巻)のみが販売されている。二〇〇三年から〇五年にかけて光文社文庫版〈江戸川乱歩全集〉も発行されたが、読者の殆どは旧来の単行本で彼らに出逢っていたはずだ。

一四年には江戸川乱歩生誕百二十年記念プロジェクトとして、ポプラ社から〈少年探偵団〉シリーズのオマージュが相次いで出版された。十一月刊の『みんなの少年探偵団』は万城目学、湊かなえ、小路幸也、向井湘吾、藤谷治の五人が・少年探偵団と怪人二十面相の対決・を綴ったアンソロジー。十二月刊の藤谷治『全員少年探偵団』は書き下ろし長篇だった。いずれも原典を彷彿させる装画が印象的なので、書店で目を惹かれた人も多いに違いない。

プロジェクトの第三弾にあたる小路幸也『少年探偵』は、一五年の一月に上梓された。小路幸也は一九六一年北海道生まれ。広告制作会社の社員、ゲームのシナリオライター、専門学校講師などを経て、二〇〇二年に『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第二十九回メフィスト賞を受賞してデビュー。現在までの著書は六十冊を超えており、代表作に〈東京バンドワゴン〉シリーズがある。ちなみに〈花咲小路〉シリーズの第一作『花咲小路四丁目の聖人』は、イギリスで伝説化した怪盗が日本の地方都市に住み、商店街を守るために奮闘するジュヴナイルだった。もとより怪盗やジュヴナイルと親和性の高い書き手なのだ。

そんな著者の『少年探偵』は、語り手の少年「僕」が自殺するために東京駅を訪れ、柔和な紳士に命を救われる?というシーンで幕を開ける。「ついにその名は、人々が顔を合わせれば時候の挨拶の様に口にする様になってしまいました」という冒頭文が、乱歩の『怪人二十面相』の有名な書き出し「そのころ、東京中の町という町、家という家では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました」を踏まえていることは明らかだろう。

次の章では帝都新聞記者の「俺」こと間山房之介が、曰くありげな知人・五圀・に「一緒に《怪人二十面相》を追ってくれ」と依頼する。さらに次の章では、家出した弟が謎の人に託されることに驚き、父親と喧嘩した「私」?西四辻伯爵家の令嬢・麻由美と親友の篠原池子が、元運転手である加藤の息子・修の勤める鉄工所へ行き、社長が何者かに脅されて「おかしなもの」を作っていると聞かされる。

ストーリーは三人の視点を切り替えながら進行し、彼らの関係も徐々に判明していく。やがて怪人二十面相は・蛾男・事件で世を騒がせ、明智小五郎が陰謀に立ち向かい、小林少年もまた戦いに身を投じる。浮世離れしたナンセンスさも相まって、ここには確かに怪人対名探偵の浪漫が再現されている。明智、小林、二十面相などの名前を小出しにすることで、著者が読み手の期待感を煽っているのも巧いところだ。

誤解を避けるために断っておくと、本作は原典のモノマネではない。借景によってノスタルジーを醸しながらも、現実社会の苦みをブレンドし、紆余曲折を経た(明智と文代が結ばれていない)十数年後を描くストーリーは、紛れもなくかつての子供たちに向けて書かれている。華々しい時代が終わり、隠居を決め込んでいた明智は、自らの過去と対峙していく。その点ではネガティヴな物語と呼べるかもしれない。

しかし過去との決別は新たなスタートにも通じる。あえてマイナスの状況を設定し、若い仲間を与えて明智を復活させたことは、かつての子供たちの中に〈少年探偵団〉の世界を再建する手続きにほかならない。正体不明の紳士、殺人スモッグを撒く蛾男、消える幽霊列車などのクラシカルな絵空事を描きながらも、身分の差や体裁といった世俗的なしがらみを生々しく導入し、リアリティの骨格を強めたアグレッシヴな野心作なのである。

浪漫の香りと胡乱さを保ちつつ、ビターな味わいを加えることで、本作は広い層にアピールしうる物語になった。かつて〈少年探偵団〉シリーズに魅せられた人々を、もう一度あの世界に呼び戻してくれる一冊だ。

『少年探偵』
小路幸也
装画:遠田志帆
定価:本体1500円(税別)

少年探偵表紙

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Profile

福井健太
著書に『本格ミステリ鑑賞術』がある。

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