那須正幹 「ヒロシマ」三部作 書籍レビュー

評者:児玉憲宗

焼け跡からの「復興」をいきいきと描き、歩き出す力を与えてくれる

焼け跡からの「復興」をいきいきと描き、歩き出す力を与えてくれる

一九四五年八月六日、一発の原爆によって何十万もの命が奪われ、広島の街は廃墟と化した。映像や写真で何度も目にしてきた凄惨たる光景を忘れることはない。
 わたしが小学生の頃、八月六日は登校日と決まっていた。広島県の小学校は皆そうだったと思う。黙とうをし、平和学習をした。放射能のせいで、戦後、何十年経っても多くの人が病気で苦しみ続けていることも、そのことで差別を受けてきたことも教わった。
 今、小高い場所から見る中国地方随一の大都市・広島は、七十年前の光景と重ならない。広島の人たちは、どんな魔法をつかって復興を成し遂げたのだろうか。
 長年、抱いてきた疑問を、この三冊が解決してくれた。那須正幹さんの「ヒロシマ」三部作、『歩きだした日』『様々な予感』『めぐりくる夏』。そこには、教科書では教えてくれない、史料には綴られていない「戦後」があった。悲しみや苦しみを乗り越え、明るくしたたかに生きる人たちの姿があった。
 最初の主人公である市橋靖子は、爆心地から一・五キロの長屋で被爆した。家の下敷きになった夫を残し、炎の中、赤ん坊を連れて逃げた。
 あれから数年が経ったというのに右足が痛む。
「あんたは足じゃけえ、運がええんよ。顔やら手やらにケロイドがあるひとも、いっぱいおるんじぇけえ」
 母のマサはそういってなぐさめてくれるが、それはケロイドのない者のいうことだと思う。
 靖子は、避難した実家のそばにバラックの店を建て、なんとか駄菓子屋で生計を立ててきたが、やがてお好み焼屋を開店するのである。
 本書によると、戦後生まれた広島のお好み焼の店には、二つの流れがあった。一つは夜の酔客相手の屋台店、もう一つは住宅地の中の店舗。後者は戦争で夫を亡くし自身が柱となって生計を支えていかなければならなかった女性が営むものが多かった。
 靖子の娘、和子は、高校を卒業し、東京のレストランに就職する。職場では仕事ぶりも認められ、恋もする。白血病で倒れた母の容態が急変したという知らせで帰広した靖子は、まさに最後の力をふりしぼる母から、自分の出生の秘密を聞かされる。
 これもまた戦争が生んだ悲劇。こうした話が特別でない「時代」があったということだと思う。
 そして、和子の娘、志乃。父は、両親が結婚の約束をした矢先に、交通事故で死んだと聞いた。だから、志乃は父の顔を知らないし、家には父や両親の結婚式の写真がない。中学に進んだ志乃は、同じテニス部の美紀に、亡くなったはずの父親と同姓同名の親戚がいることを聞く。
 三人の主人公はそれぞれ、重い運命を背負い、生きてきたのである。
 とりわけ、『ヒロシマ1977 めぐりくる夏』第四章「写真のひと」には泣いた。この時代に生きてきた人は、多くに耐え、多くを許してきたのだろう。言葉に発しない優しさに感動し、文字が霞んで読めなくなった。
 お好み焼の店は、靖子の娘の和子、その娘の志乃へと受け継がれる。三冊に及ぶ長い長い物語は、お好み焼屋の女店主三代記。三代の女性の人生と、彼女たちを通して広島の復興を描く。
 この作品を最初から最後まで、楽しく読んだのは、わたしが広島県人だったこともあるだろう。大学生だった四年間は、著書自身の故郷であり、この物語の舞台である「己斐」の近くに住んでいた。登場する地名や学校、公共施設などは、ほぼ実名が書かれていたので、その風景が鮮明に浮かんだ。『めぐりくる夏』で、主に描かれている志乃は、ほぼ同世代だ。挿し込まれる象徴的な事件やエピソードに懐かしさを感じながら読んだ。
 しかし、本書が、広島ゆかりの人だけが楽しめる作品と思われると困る。
 三部作『ヒロシマ』ですばらしいと感じたのは、戦後の風景を感情的にならず、誇張せず描いているところ、登場人物の思いや暮らしぶりを省くことなく、丁寧に描いているところ、その時代の出来事をうまく挿し込んでいるところである。広島でこの時代を生きた著者でなければ、ここまでいきいきと、描くことはできないだろう。
 いきいきと描かれているから、登場人物に感情移入できる。いろんな局面や決断のとき、自分ならどうするだろうと考えさせられる場面も多かった。
 いきいきと描かれているから、わたし自身の思い出と重ね読むことができた。これは貴重な読書体験だった。
 最後にあとがきにあった文章に感動した。
「作品の著者校正を始めた直後、東日本大震災が起こった。(略)テレビ映像を観たとたん、六十数年前の広島の光景がよみがえってきた。(略)被災者のみなさんも、おそらくあの日のわたしと同じ思いで、変わり果てた故郷をながめておられるのだろう。しかしながら、人間はそれほど柔ではない。なんど打ちのめされても起き上がり、明日に向かって歩き出す生物ではないだろうか。それが六十数年前のあの日を体験した作者の実感なのだ。」
 多くの人がこの作品に出あい、逆境の中で立ち止まったときに思い出すことで、再び、歩き出すあと押しになることを願っている。

『ヒロシマ 1949 歩きだした日』
『ヒロシマ 1960 様々な予感』
『ヒロシマ 1977 めぐりくる夏』
那須正幹
定価:本体各680円(税別)

Profile

児玉憲宗
啓文社勤務。著書に『尾道坂道書店事件簿』(本の雑誌社)がある。

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