書評:スポーツ青春小説の粋がここにある――『ヨンケイ‼』

評者 大矢博子

書評:スポーツ青春小説の粋がここにある――『ヨンケイ‼』

書評:スポーツ青春小説の粋がここにある――『ヨンケイ‼』

 リレーを日本語で継走というのだそうだ。だから一周四〇〇メートルのトラックを一〇〇メートルずつ四人で走る種目は「4継」と呼ばれる。リオ五輪で日本男子チームが銀メダルを取り、大きなニュースになったのを覚えている人も多いだろう。

 といっても本書はオリンピックの話ではない。伊豆大島の小さな高校の、部員数たった五人(しかもそのうちひとりは女子)の陸上部の物語である。
 転校生の脊尾の入部でスプリンターが四人になり、顧問の佐藤は「リレーをやってみませんか」と提案した。個々の走力から考えて、支部予選や都大会を突破して関東大会が狙えるはずだ、と。だが個人の能力は高いはずなのに、練習はなかなかうまくいかず......。
 物語はスプリンター四人が走る区間順にひとりずつ、持ち回りで主人公を務める連作形式で描かれる。

 第一走は一年生の受川星哉。スプリンターだった兄に憧れて同じ道に入ったが、やってもやっても、兄の成績には届かない。高校時代の兄は4継でエース区間とされる第二走を任されたが、受川に与えられたのは第一走で、ここでも兄との差を突きつけられる。さらに、憧れの第二走になった同じ一年の雨夜莉推はスランプ中で記録が伸びず、受川のイライラは募るばかり。

 その第二走の雨夜は、陸上部をやめるつもりでいた。中学で一緒に陸上をやっていた幼なじみよりいい記録を出して以来、関係がぎくしゃくしたことがトラウマになっていたのだ。そして今回、自分が第二走になったことに不満を抱く受川の態度がその幼なじみを思い出させた。人に嫌われてまで走る意味があるのか、と雨夜は悩む。

 第三走は転校生の脊尾照だ。東京の陸上強豪校にスカウトされて入学。だがそこで結果を出すことができず、結局退学してしまう。島の高校で誘われるままに陸上部に入ったものの、走るモチベーションはまったく湧いてこない。

 そしてアンカーの二年生、朝月渡。この中で唯一、前向きにリレーに取り組む部長である。だが一向にまとまろうとしない部員たち、特に自分にバトンを渡す役目である脊尾とまったくコミュニケーションが取れず、これが最後の大会なのにと朝月は次第に焦り出す......。

 それぞれ異なる問題を抱えた四人が、四月の進級を挟んで、支部大会、都大会と挑戦する様子が描かれる。
 彼らが直面するそれぞれの悩みをどう乗り越えていくかがもちろん最大の読みどころなのだが、面白いのは物語の構造もリレーになっていることだ。第一走の受川は第二走の雨夜との関係を通して、次第に自分の役割に目覚めていく。第二走の雨夜は受川から得たもので自分を取り戻し、第三走の脊尾の背中を押す。脊尾は雨夜に刺戟されて走る喜びを思い出し、第四走の朝月にぶつかっていく。そして朝月は、一度は見限った脊尾を受け止め、走り出す――。 

 まるで「乗り越える」と書かれたバトンが一走から二走へ、二走から三走へと渡っていくかのようだ。もちろん個々の物語も充分読ませる。劣等感を苛立ちという形でしか表せない受川や揃わない足並みに苛立つ朝月には、自分を重ねる読者も多いだろう。彼らの変化は間違いなく読者を励ましてくれる。だがやはり本書の核は、それがつながる――いや「継がれる」ことにあるのだ。  

 彼らは誰かに直接説得されたり説明されたりして悩みを乗り越えるわけではない。前後の走者との関わりの中で、自分の問題に気づき、乗り越えていく。他者と比べ、その違いを考え、自らを振り返り、新たな発見をし、そして一歩を踏み出す。時には自分でも気づかないまま、他者に大きな影響を与えることもある。人が変わったのを見て、自分も変わる。その変化の連鎖がここにある。 

 走っているときは自分ひとりだ。だがバトンパスには相手がいる。相手のことを理解し、自分と相手が最高のコンディションでバトンが渡せるように工夫する。努力する。その結果、タイムが縮む。これは人生も同じだ。自分ひとりの人生だけど、人と関わることで人生は変わる。その連鎖で、この世界はできている。 

 一走から順を追って少しずつチームが変わる様子にわくわくする。話が進むにつれ、どんどん高揚感が増した。それはまるでバトンが渡されるごとにスビードが増すリレー競技そのものを見ているかのようだ。 

 もうひとつ、本書には大きな魅力がある。競技描写のリアリティだ。スタートダッシュの細やかな描写、走っているときの体感、バトンが手の中に入ってくる感覚、無酸素運動がもたらす呼吸の苦しさ――そういったスポーツ小説ならではの描写が実に見事で、彼らの息遣いや地面を蹴る音が間近で聞こえるような気がした。 

 さらにはリレー技術を誠実に描いているのもいい。高校生の部活ものは成長や友情がメインになるため、競技の詳細が二の次にされることも時々あるのだが、本書はバトンパスを中心にリレーのテクニックを具体的にわかりやすく描いているので、競技そのものへの興味がぐっと増した。だがそれだけではない。よく読めば、バトンパスの描写が「人を理解する」ことのメタファーになっていることに気づくだろう。実にテクニカルな構成である。 

 拗ねたり焦ったりしながらも、前後の走者との関わりの中で少しずつ成長していく四人の高校生たちと、臨場感あふれる競技描写。スポーツ青春小説の粋がここにある。

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ヨンケイ‼』天沢夏月
定価:本体1500円(税別)

Profile

評者 大矢博子
名古屋在住の書評家。著書に『読み出したら止まらない! 女子ミステリーマストリード100』『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』などがある。

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