『ミナトホテルの裏庭には』寺地はるな

評者:藤田香織

この作家が好きだ! と、大きな声で叫びたい!

この作家が好きだ! と、大きな声で叫びたい!

 まだ互いによく知らない人との飲み会の席などで「好きな有名人は誰?」という話になることがある。例えばそれがアイドルや俳優、ミュージシャンや芸人、スポーツ選手であれば迷うことなく応えられるが「好きな作家は?」と限定されると、大いに悩んでしまう。もちろん、心のなかには何人もの名前があるのだけれど、いずれにしても好きな理由を端的には説明できないからだ。
 そもそも、一見して容姿が好みだったり、テレビ番組でのネタや言動が面白かったから、といった些細なきっかけで「好き」が発動する芸能人と違って「作家」は好きになるのに時間がかかる。ひとつの作品を読むにも最低数時間は必要で、たとえ好みに合っても一作だけではその「作家」が好きだとは言いにくい。読んで読んで読み続けている作家でも「好き」というわけではない(そこがまた読書の奥深さでもあるのだが)ことだって珍しくない。「好きな作家」には、そんな微妙かつ複雑な思い入れがあるのだ。
 でも、だけど。ごくごく稀に短期間で「あぁこの作家が好きだ!」と確信に至ることもある。二〇一四年第四回ポプラ社小説新人賞を受賞した『ビオレタ』で昨年デビューした寺地はるなは、私にとってそんな稀有な存在だ。
 その理由は後で明かすとして、まずはそう確信するに至った第二作『ミナトホテルの裏庭には』の概要に触れておこう。
 主人公となる芯こと木山芯輔は二十五歳の会社員。大学入学と共に実家を離れ祖父と同居し、就職した今もふたり暮らしを続けている。年金暮らしの祖父・覚次郎には「互助会」と称し頻繁に会っていた中学時代の同級生たちがいるのだが、仲間のひとりが昨年亡くなり、その一周忌が近付いてきたことから物語が動き出す。
 亡き「陽子さん」は、生前、大正末期に建てられた二階建てのビルで息子の湊篤彦と暮らしながら、小さな宿泊施設を営んでいた。その、全六室で風呂トイレは共同という「ミナトホテル」には、一年中様々な花が咲いている美しい裏庭があったのだが、陽子さんの死後、裏庭へ続く扉の鍵が見つからず、閉鎖されたままになっていた。
 そんなある日、かつて陽子さんが記した〈私のお葬式は、裏庭でやる〉という書を入手した覚次郎が、せめて一周忌にはその願いを叶えてやりたいと思い立ち、芯に陽子さんの自室から裏庭の鍵を捜し出すように命じる。当然、芯はなんで自分が? と疑問(と不満)を抱くが、「若いから」という至極簡単な理由を説かれ、首尾よく見つけられたあかつきには〈金一封差し上げる〉と言われ従うことに。ところがその初日、芯の目の前でミナトホテルの階段から篤彦が転げ落ち骨折。全治三カ月と診断され、挙句、飼い猫が行方不明になり、芯は成り行きで鍵捜しのみならず、アルバイトで猫捜しとホテルの手伝いもまとめて引き受けることに。
 普通に会社勤めをしていて、借金もローンもない芯が、なぜ「金一封」につられ、頼まれたとはいえアルバイトまでするのか。現在三十七歳の篤彦がまだ幼かった頃に書いた陽子さんの願いを、覚次郎はなぜそこまでして叶えようとするのか。行方不明になった猫の名前が「平田カラメル」とはどういうワケだ? 周囲から「わけありホテル」と呼ばれているミナトホテルの実態って? などなど、小さな謎がちりばめられたストーリーそのものも派手さはないが、興味を惹かれずにはいられない。
 加えて覚次郎たちの互助会が〈内なる我儘を解き放つため〉行っていた「我儘書道」だとか、「よその会社の面倒ごとを引き受けている」芯の勤務先の仕事内容、覚次郎が「きっと役に立つから、いつも持っていなさい」と芯に渡した麻袋の中身といった設定や小道具のアイデアも絶妙に巧い。決して少なくない登場人物すべてにも、姿が頭のなかに描けるほど、血が通っている。
 けれどそれ以前に、もっとずっと基本的な部分に寺地はるなの魅力はあるのだ。それは大仰ではなく柔らかで、リズムとユーモアがある筆致だ。「声」の良いミュージシャンのような、語り口に独特の味がある落語家のような、聞いていて=読んでいて自然に頬が弛む心地好さがあり、文章を追うこと自体が楽しく、にもかかわらず「個性を押しつけられている」ようにはまったく感じられない。
 何を書くか、ではなく「どう書くか」。そこを愛せる作家に出会えた幸福を実感できると保証します。

『ミナトホテルの裏庭には』
寺地はるな
定価:本体1500円(税別)

Profile

藤田香織
書評家。著書に『だらしな日記』『ホンのお楽しみ』、共著に『東海道でしょう!』などがある。

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