才能の分岐点

おおたとしまさ

才能の分岐点

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柔道生活の苦しみから、自殺を考えたこともある(1)


プロ格闘家・青木真也さんインタビュー【前編】

「趣味」で終わるのか、才能を開花させ「プロ」の道を歩むのか――。教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏が、「才能の分岐点」と題して、「習い事」と「才能」の関係について探っていきます。今回は新刊『空気を読んではいけない』(幻冬舎)が話題になっている、プロ格闘家の青木真也さんへのインタビュー前編。才能を見つけ、伸ばしてやりたいのが親心。しかしレベルが上がれば上がるほど、払う犠牲も大きくなるという「現実」も、親は知っておかなければならないでしょう。それは習い事だけではなく、部活動の現場からも同じことが言えそうです。


スポーツエリート育成システムの闇

 プロレス、キックボクシング、柔術、空手、レスリング......さまざまな格闘技の道を経て集まってきた猛者が、それぞれのルールの枠を超えてしのぎを削るのが総合格闘技。文字通りの弱肉強食のリングで、青木真也さんは世界王者に君臨する。
 小学3年で柔道を始め、中学、高校、大学まで柔道で進学した。大学は早稲田大学。「寝技の天才」と呼ばれると同時に「高学歴の格闘家」としても知られるが、本人は「寝技で進学したので、寝技エリートです」と笑う。
 「強豪校に入れてガチガチやらせれば、ある程度の才能がある子なら県大会の1番くらいにはなれて、それである程度進学もできてしまいます」
 「柔道で早稲田に行けるのなら、それもいいかも!」と思ってしまう人も多いかもしれない。しかし青木さんは、柔道漬けで逃げ場がなかった少年期を振り返り、「プロ部活」はなくしたほうがいいと訴える。
 「プロ部活」とは、学校の部活を通してプロやそれに準ずるレベルの選手を育成する構造だ。似たような構造が、柔道界だけでなく少なくともレスリング界でも見られるという。どちらもオリンピックにおける日本の「お家芸」。学校という公的なシステムの中に、それぞれの競技のエリートを育てるシステムが不健全に寄生していると青木さんは指摘する。
 「中学の指導者は、中学生の大会で一番になることをやっぱり求めます。その場で成果を出そうとします。そのためにバカバカやらせるばかりで、高校でどうなるかとかは考えないわけですよ。子供は子供で中学でいい成績を残さないと高校に行けないと思うから必死でやります。どんどん目先にとらわれていく不幸な構造です」
 青木さんはそのような環境の中でも成果を出し続け、生き延びてきた。しかし自身のことを「無数の屍の上に立っているみたいな気分です。生き残れたのは運。宝くじよりも勝つ確率の低いギャンブルだと思いますよ。僕みたいなケースは奇跡です」と断言する。
 幼いころから学習塾に通わせガンガン鍛えて東大に入れる「受験エリート」育成に対する批判はよくあるが、「部活エリート」「スポーツエリート」育成については美談ばかりが注目される。しかしその裏には、受験エリート育成以上の闇があるというのだ。
 「自分の子供には絶対に同じ道は歩ませません」


柔道の先生の暴力に耐えかね、一度は離脱

 「バルセロナオリンピックで田村亮子(現在の谷亮子)さんとか吉田秀彦さんとかが大活躍した1992年、彼らに憧れて柔道を始めました。柔道が最も輝いていた時代と言ってもいいでしょう。小学校の3年生でした」
 柔道を始める時期として、小学3年生は早くもなく遅くもなく標準的。もともとやんちゃ坊主で、強くなるための方法として柔道を選んだ。地元の柔道教室に入門し、週2回、1時間半くらいの練習をした。しかし約1年半でやめた。
 「最初に入った教室の先生が凶暴だったんです。厳しいなんてレベルじゃない。小学生相手にバッカンバッカン殴るし、コンクリートの上で長時間正座させられたり、めちゃくちゃでした。でも親は行けと言う。仕方ないから何度か家出して、ようやくやめることを認めてもらえました」
 それでも柔道に対する愛情は冷めなかった。「あの先生は嫌だけど、柔道はやりたい」。3〜4カ月のインターバルをおいて、別の教室に入門した。週3回、1時間ずつ、最初の教室に比べればだいぶゆるい指導の教室だった。しかしそこで才能が開花する。
 「前の教室では一番良かった成績が市大会で3番とかだったんです。3番と言っても1回か2回勝てばいい話ですからレベルとしてはたいしたことはない。でも、めちゃめちゃゆるい教室で練習するようになったら、毎回1番になれるようになって、柔道が楽しくなっちゃいました。柔道って怒られなくてもできるんだと、子供心に思いました。練習がない日も自宅で自己流のトレーニングをしました。まあトレーニングというほどのものではなく、頑張りをアピールするための自己満足でしたけど(笑)」


自殺を考えるほどつらかった中学時代

 気づけば静岡県下で3本の指に入る小学生柔道家になっていた。強い柔道部がある私立中高一貫校にスカウトされた。中学受験塾に通わず、私立中高一貫校に進学できたわけだ。
 「入学した当初は、それこそVIP待遇でした。しかしそれは最初だけ。練習が始まるとこれがまた厳しくて。自殺を考えることすらありました」
 指導者は学校の教員である。しかし柔道エリートとして入学してきた生徒を預かる身。中学生のうちに実績を出させないと自分の立場もなくなる。そのために、手段を選ばなくなる。
 「何がきつかったかって、とにかく先生が生徒をぶん殴る。『この野郎!』ってバッカンバッカン殴るんです。本当に、そこからそこまで3往復するくらい」
 インタビューを行っていた出版社の会議室の端から端を指さす。
 「当然3年生も殴られるわけです。そうすると人間面白いもので、さらに弱い者を殴るんですよね。だから3年生が2年生と1年生を殴る。2年生は1年生を殴る。1年生は常に誰かから殴られるんです。でも最悪なのは先生がいないときの練習です。先生は絶対的な恐怖政治体制を敷いていて、それはそれで十分怖いんですけど、その秩序すらなくなると完全に無法地帯化するんです」
 いつも誰かがターゲットにされてボコボコに痛めつけられる。「次は自分じゃないか」と思って常におびえていた。合宿では吐くまで食事を詰め込まれる。実際に吐いてしまうので、太れない。大会に出場するための遠征先で、布団の中で涙を流すこともあった。遠征から帰ったら帰ったで次の遠征に行きたくなくて涙を流す、そんな日々。
 練習は毎日、90分から2時間くらい。ただしそのうち30分くらいは殴られる時間だった。殴られるのが怖くて言われたとおりにやるから、それなりに強くはなる。柔道の道を究めるというよりは、調教である。
 中学3年のとき、青木さんはとうとう追いつめられる。中学の柔道部の顧問だったその凶暴な先生が、翌年からスライドで高校の柔道部の顧問に着任するという話が浮上したのだ。
 「あの人の下であと3年もやるなんて絶対ガマンできないと思って、別の高校に行くことにしました」
 柔道の強豪校ではあるけれど自由な雰囲気で知られていた別の私立高校を選んだ。スポーツ推薦枠かと思いきや、一般入試枠での合格だった。
 「これもまた面白いんです。柔道での推薦枠は2人しかないはずなのに、柔道で入学した同級生が4人いました。実績からすると僕が最初の推薦枠をもらえるはずだったのですが、落とさないから形式上一般入試を受けてくれと学校から頼まれたんです。僕は中学校の評定もある程度良いし、少なくとも字が書けるからという理由で(笑)。別の2人が字もろくに書けないくらいに本当に勉強ができないやつだったんです。だからそっちに推薦枠は譲ってくれと」


スポーツに打ち込むことは効率の悪い投資

 進学校として知られる高校だったが、青木さんは「スポーツクラス」で授業を受けた。
 「あの環境で人生が狂いましたね。もう勉強なんてしなくていいんだというクラスなんです。世の中ってこんなもんだとなめちゃっていた。どんだけひどいクラスだったかって、3年間、僕が学級委員長ですよ(笑)」
 高校の柔道部の先生はおおらかで体罰はなかった。
 「あの先生のおかげで人間の幅というか懐みたいなものを知ることができたと思います」
 しかし練習はハードだった。朝6時から朝練を1時間。学校で朝食用の弁当を食べて放課後に3時間くらい全体練習。そのあと自主練が義務づけられていて、帰宅するのは毎日20時から21時。しかもたびたびOBがやってきて、徹底的にしごかれた。
 小学校、中学校、高校を通して、柔道の練習でいい思い出はほとんどない。常に「地獄」だった。
 「信じられないのは、女の子でも同じなんです。女だから、男だからというと差別に聞こえてしまうかもしれないのですが、僕はやっぱり、30代や40代の屈強な男性が、しかも教員という立場の人間が、中高生の女の子をビシバシ殴っているのはおかしいと思う。泣いて逃げだそうとするのを捕まえて、さらに殴るんです。親もそれを知っているのに止めない。みんな完全に麻痺してしまっているんです。仮にそれで高校日本一になったとしても、何の価値があるのかと思ってしまいます。ほかのスポーツでも似たようなことはありますよね。今はオリンピックで金メダルを取っても人生が保証されない時代だというのに。あまりに効率の悪い投資です」

後編公開予定は10月19日!



Profile

おおたとしまさ

育児・教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。上智大学英語学科卒業。リクルート入社後、2005年に独立。育児・教育に関する執筆・講演活動をおこなう。心理カウンセラー、中高の教員免許を持ち、私立小学校の教員経験もある。著書に『男子御三家』(中公新書ラクレ)、『名門校とは何か?』(朝日新書)、『ルポ塾歴社会』(幻冬舎新書)、『ルポ父親たちの葛藤』(PHPビジネス新書)などがある。

Pick Up Book

  • かがみの孤城
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『あざみ野高校女子送球部! 』(ポプラ文庫ピュアフル、680円+税)の刊行を記念して、小瀬木麻美さん トーク&サイン会を開催いたします。

場所 :リブロ港北東急SC店特設会場  日時 : 2017年7月16日(日) 午後2時~

参加特典として、小瀬木麻美さんが今回のイベントのために書き下ろした「『あざみ野高校女子送球部!』番外編」をもれなくプレゼント!センター南が舞台になった短編小説です。

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達人たちの仕事場にお邪魔したら、楽しい驚きがいっぱい。まさに大人の社会科見学!ふむふむ、へーと読んでいるうちに、むくむくとやる気が湧いてくるお仕事エッセイです。

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