才能の分岐点

おおたとしまさ

才能の分岐点

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11歳で「絶対に音楽家になる」と親を説得(2)


NHK交響楽団首席奏者・佐々木亮さんインタビュー【後編】

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世界最高峰ジュリアード音楽院へ


 大学では田中千香士さんに師事し、卒業。さらに上を目指し、ニューヨークにあるジュリアード音楽院に進学する。ハーバード大学に入るよりも難しいとさえ言われる世界最高峰の音楽大学院だ。ジュリアードではドロシー・ディレイさんと川崎雅夫さんに師事した。
 ジュリアード在学中最後の年にバイオリン科からヴィオラ科に転向する。
 「川崎先生がある日、『明日ヴィオラの仕事があるから行って弾いてこないか』と言ったんです。ヴィオラを弾いた経験は全くなかったのですが、バイオリンとヴィオラは非常に似た楽器ですから、軽い気持ちで引き受けました。そこで最初の一音を出した瞬間に、『ああ、自分はこの楽器を一生弾いていくんだろうな』と直感しました」
 結局ジュリアードには5年間在籍した。
 「ジュリアードで妻と知り合いました。将来のことも考えると、理想ばっかり求めるんじゃなくて実際にどうやって食べていくかということも考えなければいけません。ジュリアードの卒業生でも音楽だけで食べていける人は約2%しかいないと言われているんです」
 ジュリアードを卒業しても茨の道は続くのだ。
 「小さいころはみんなソリストを目指すんですけれど、大学生くらいになるとだいたい現実が見えてきます。本当に天才的な人しかソリストにはなれません」
 ソリストとは、個人の音楽家として1回何百万円というギャラで演奏会を開いたり、CDがたくさん売れたりするようなスーパースターのことである。
 ジュリアード卒業後は、ソロで、室内楽で、オーケストラで、フリーランスの音楽家として6年間全米で演奏した。その中でNHK交響楽団の人に出会い、入団を誘われ、帰国した。現在はN響首席として活躍するほか、室内楽での演奏、桐朋学園大学での後進指導も行っている。


迷いがあるくらいなら最初からあきらめたほうがいい


 音楽をやっていていちばんつらかったのはいつごろだったか。
 「音楽自体をやめたいと思ったことはありません。25歳でヴィオラを始めて、最初の数年は思ったような結果が出せず、『バイオリンに戻ろうかな』などとちょっと心が折れそうになったことはありましたけど(笑)」
 子供のころ、バイオリンの練習のために犠牲にしたものはなかったか。
 「それはもう。この道を進むのであれば必ず。放課後に友達と遊ぶ時間はほとんどありません。夏休みに祖父母の家に遊びに行くと、いとこたちは朝から遊んでいます。でも僕はその声を聞きながら、1人で練習をしていなければいけませんでした。それはつらい時間でした。中学生のころの夏休みには1日3〜5時間くらい練習をしていましたけれど、1時間が3時間くらいに感じました。なんでこんなことをしなくちゃいけないんだろうと思うことはたくさんありました」
 中学受験生が友達と遊ぶのを我慢して勉強するのとそこは似ている。
 「だから小学生で地元のジュニアオーケストラに参加したときはとても楽しかった。プロを目指すような子供たちは少ないのですが、僕はいつも1人で練習していましたから同年代の友達といっしょに音楽ができることがものすごく楽しかったんです。合宿なんかもあって」
 自分のキャリアを振り返り、後悔のようなものはないか。
 「ありますね。学生時代にコンクールに出場することに夢中になりすぎて、音楽の本質を見失っていたことがありました。音楽そのものよりも競争が目的化してしまっていたんです。まったく音楽と関係ないところで意識が走ってしまった部分が、学生時代を通して相当あったんですね。でもたとえばベートーベンとモーツァルトではまったく弾き方が違うわけです。ベートーベンとブラームスも違う。そういった、音楽家が本来もっていなければならない繊細な、ちょっとしたことに気づく能力みたいなものが、当時は非常に鈍っていたんですね。テクニックばかりを追い求めていた。人に負けたくないという意識をもつことも多少は良いと思いますけれど、ただそればかりになっていた学生時代の僕は非常に幼かったなと思います」
 プロの音楽家になれた人と、その夢をあきらめなければならなかった人との違いは何だと思うか。
 「才能も大事なのですが、ほかにも要素があまりにも多くあるんですよね。出会いとか、タイミングとか、もちろん頭も大事ですね。いくら良い才能をもっていても、それを使いこなすためにはやはり頭がある程度良くなくてはならない。また、音楽の才能があることと、特定の楽器を演奏するのに向いているかどうかは次元の違う話です。僕が弦楽器には向いていたけど、ピアノには向いていなかったみたいに。身体的な特徴も必要なんです。その意味では自分に合った楽器を見つけられるかということも大きい要素です。本当に気の毒なんですけれど、ものすごい音楽のセンスや感性をもっているのに、それを楽器で表現できない人もいます」
 プロの演奏家の立場から見れば子供の才能はわかるものか。
 「かなりの確率でわかります。しかし音楽家として成功するかどうかは別の問題です。さきほど挙げたような点のほかに、親に恵まれるかどうかも大きい。親が潰してしまうケースも多いように感じます」
 音楽に限らず、子供の才能を伸ばしたいと思っている保護者へのメッセージを。
 「子供自身が、音楽の世界に行くか、一般の世界に行くか迷うくらいなら、音楽の道は選ばないほうがいいだろうと僕は思います。というのも、音楽家になるためには才能以上に、どれだけ意志が強いか、どれだけ競争や厳しい現実に耐えられるかといった要素が大きいからです。しっかりとした覚悟ができるまで、じっくり考えてください」


【NHK交響楽団首席・佐々木亮さんプロフィール】
1969年埼玉県生まれ。3歳からピアノ8歳からバイオリンを始める。東京芸術大学附属高校から東京芸術大学へ進学、卒業。さらにアメリカのジュリアード音楽院を卒業。1991年日本現代音楽協会室内楽コンクール第1位、「朝日現代音楽賞」受賞。1992年東京国際音楽コンクール室内楽部門第2位。2004年NHK交響楽団入団、2008年1月より首席奏者。



Profile

おおたとしまさ

育児・教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。上智大学英語学科卒業。リクルート入社後、2005年に独立。育児・教育に関する執筆・講演活動をおこなう。心理カウンセラー、中高の教員免許を持ち、私立小学校の教員経験もある。著書に『男子御三家』(中公新書ラクレ)、『名門校とは何か?』(朝日新書)、『ルポ塾歴社会』(幻冬舎新書)、『ルポ父親たちの葛藤』(PHPビジネス新書)などがある。

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